「光と闇編」
【闇042】久遠/静龍/暗殺者(アサシン)
20メートル四方はある広い部屋である。片隅では室内管弦楽団が音楽を奏でている。けばけばしく飾り立てられた部屋には、背中が大き開いた煌びやかなドレスで装った女性や、高級スーツを着こなす男たちが談笑している。
トレイに酒のグラスを載せたウエイトレスやウエイターたちがラッシュ並みに混み合った客の間をぎこちなくも泳ぐように歩き回っていた。
その男は、ある一団に向かって移動していた。猫科を思わせる良く締まった細身の体は、不規則に動く人々の間を
ひとしきり大声と派手な身振りで話している男がいる。彼はこのパーティーの
ホストの少し手前でボディガードに立ち塞がられる。
彼は会釈を返し方向を変える。数歩歩いたその行く手を笑い声をあげ大げさな動作で歩き出したホストが邪魔する。その時、彼は不自然なほどよろめいた。立ち塞がるホストを軽く払うことで体勢を立て直し、軽く会釈してその場を立ち去った。
二日後その男は、旅客機の席で情報端末を操作していた。
ビジネスクラスのゆったりしたシートに身を沈め、世界のニュースを見ていた。さして大きくないスペースに表示されるその記事の見出しに目を通した時、顔に張り付いた無表情がわずかに動いた。それは微笑みなのか、苦笑なのかは判別としなかった。その見出しにはこうあった。『新興国の新星、原因不明で死亡』続いてこうある『数日前まで元気だったが、突然不調を訴え、短時間の後、多臓器不全で病死。病原菌も毒物も検出されておらず、原因はわかっていない』
その男は名を
彼はホテルの客室で
「祥雲がいるのか。
…… 生きていたとは」
いつも
それから、毎日学校が終わると歩いて隣村まで通い修行に明け暮れた。数年たち、李は丈夫になり、周と互角に戦えるようになっていた。そして、入門して十年近い年が過ぎた。ある日二人は師父に呼ばれ、拝師式を伝えられた。晴れて正式な弟子として極意を伝授される資格が与えられるのだった。兄弟になったのだ、その日のことは忘れられない。
だが、良い時はそれほど長く続かなかった。故郷はさほど豊かな
周はかろうじて、兄弟子と共に逃げ延びた。その事件で生まれ故郷は消え去り、家族も李も消息不明になった。
周は兄弟子とともに秘密組織に入り、
しかし親友祥雲の名が次のターゲットのボディガードの中にあった。しかもそのターゲットは、故郷を消し去ったあの作戦の指揮官だった。いまや、中央政府でそれなりの地位を得ているという。依頼者は誰か知らない。きっと政権内でそいつを疎ましく思っている誰かだろう。
信じられなかった。ターゲットが探していた相手だったこと、祥雲が生きていたこと、そして親友が護っていること。仇を討てるという期待で胸が高鳴る。と同時に、親友と戦うことになるという陰鬱な影を彼に落とす。
彼は自分に驚いていた、まだ人間的感情が残っていたことに。
彼はいまターゲットが出席する国際会議場の隣の
胸のロケットを開く。唯一彼がもつ家族の写真を眺める。中には両親と姉、自分、弟、祥雲が笑っている。これは、ルーティンだ。しかし、今日は精神の揺らぎを抑えきることができないでいる。彼は首を左右に振る。目を瞑り、開いた時には顔から表情が消えていた。
時間だ。足取りはいつもの彼の揺らぎのない滑るような足取り。佇み歓談する人々の間を踊るようにすり抜けて行く。もう、迷いはない。
そして、彼の姿は二度と人々の前に現れることはなかった。その後の消息を聞いたものはいない。知るものも口を閉ざし開くことはなかった。
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