「パートナー編」
【No. 041】俺の半身
軽くスロットルを開けて、キルスイッチを入れる。エンジンがストンと止まりあたりに静寂が戻ってきた。俺のバイクはノーマルだがそれでもかなりうるさい。いつもなら気にもならないが、今日はどこか違う。
バイクのシートに寄りかかり、
ここには、もう何度来ただろう。峠の見晴台。妻のお腹が大きくなる前には、
バイクのタンクを手のひらで軽く叩く。ほとんど空のタンクはポコンと軽い音がした。思えば
あれは、真冬だった。出張に新幹線を使わず
深夜の山道をガソリンが切れることを恐れながら走った事もあった。桜の山道を巡った事もあった。夏の渋滞で蒸し焼きになりそうになった事もあった。苦しい事も楽しい事もいい思い出だ。
妻との出会いもバイクが縁だった。会議に遅刻しそうになり焦って会社の前にバイクを止めた時、場所が悪かった。出口から走り出た彼女がぶつかって来て、またがったまま立ちゴケした。
「うあぁ。バイクが、バイクが」と慌ててる俺を尻餅をついたままで彼女は唖然として眺めていたそうだ。「あの時は、尻餅を着いた私を放ったまま、なんて奴って⁈、思ったわ」と何度言われた事だろう。でも、すぐに気がついて助け起こしたから、今の人生があるとも言える。
まあ、ぶつかって来た彼女も負い目があったから、お詫びの食事の誘いに乗ってくれたんだけどね。それから、二人と一台でいろんなところにタンデムでツーリングに行った。
日帰り、初めての泊りがけ……。
俺はしんみりとした気持ちで
スロットルを開けてレッドゾーン寸前に、ギアを蹴上げてセカンドに上げる。クラッチを繋ぐともう時速100kmに迫っている。ほんの数秒のことだ。体にかかる激しい加速、跳ね上がる鼓動。山道をバイクと一体になりながら駆け抜けていく。どれも、なににも代えがたい快感だった。
今は諦めよう。身重の妻の願いと身に背負う重荷は
だが、いずれまた……
気がつくと景色は夕刻の光に染まり始めていた。
俺はヘルメットを被ると、
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