【No. 112】わたしの異世界
知り合いのお店にごく親しい友人達と買いに来た時に、その事件は起こった。友達の男の子が、何を思ったか傍にあった魔法アイテムをわたしに押し付けたのだ。
最初はなにが起きたか判らなかった。
彼が握る魔法アイテムがわたしの腕に押し付けられたその瞬間、ペンダントというには大きすぎる装身具がトクンと脈打つように感じた。
次の瞬間、装身具からわたしの意識に情景が奔流のように流れ込んでくる。情景が次から次へと目の前に現れては消えて行く。頭の中で人々がわたしに次々に命令する。耐えきれなくて目を瞑り丸くなって耳をふさぐ。『やめて。お願い』と叫ぶがそれは声にならなかった。
情景に伴う膨大な情報はわたしの精神を穿ち叩きこじ開けようとする。必死に精神の手綱を手放さないよう耐えていた。ここで手放したら、わたしという意識は飲み込まれ消し飛んでしまうことは、誰に問う必要もなかった。
時間をゆっくりと感じ、袋にあいた穴から流れ出す水がいずれ勢いをなくすように、流れ込む情報がゆっくりになってきた。
いや違う、わたしが慣れて意識的に知覚できるようになってきたからだった。ある情景に意識を向けると、色々な事が判る。いくつも読み取る中でわたしは理解した。これは、魔法アイテムに刻み込まれた代々の持ち主、魔法使い達の意識の記録だと。
次々に情景を読み取ってみる。そのうちに、違和感を覚えた。ある情景は伝説の世界に思われた。巨人が徘徊し、英雄が戦っていた。情景はそれぞれがひとつの世界の様に記録されていた。ある情景にドラゴンの姿を認めたとき、わたしは本当に理解できた。これは、単なる記録ではない、代々の魔法使いが己の理想や恨み、欲望と共に夢想した世界が刻み込まれたものだ。
そのときわたしは致命的な誤りを犯してしまった。その世界の多様性に感動し、考えてしまったのだ『ひとつひとつが世界なんだ。じゃあ全てが実現した世界はどんなだろう』その意思に従い魔法が発動されるのが判った。あっ、まずいと思ったときには、もう遅かった。
件の魔法アイテムからわたしに向かい記録されている全てが流れ込む。わたしの意識がそれを無意識の魔法演算領域に転送する。得意だった造形魔法が、原子・分子の配置や結晶構造・化学結合を制御する
量子定数の違う空間は、互いにその部分となることができない。相互作用できず因果が切り離され互いの距離というパラメータが意味をなくす。そして別の世界が誕生した。
かろうじて目を開けると、魔法アイテムをわたしに押し付けた姿勢ままの彼がそれを凝視しているのが見えた。ゆっくりとわたしに視線を向ける彼に、謝罪の視線を送るのがやっとだった。魔法アイテムは光の奔流を発し、光の速さで新たな宇宙が広がっていった。
魔法が創り出した世界はわたしのものではなかった。確かにわたしの魔法だけど、歴代の魔法使い達の夢想がわたしを縛り、
わたしの意識は光の中を異世界に向かって落ちていく。
瞬間意識が白くなり、次の瞬間わたしはベッドに横たわっていた。体を動かそうとするが動かない。目を開けることもできない。でも魔法的感覚で目で見るかのように感じ取ることができた。
病院のベッドではないことはわかった。意識を向けることで自分の姿を知覚する。そして驚愕した。わたしはわたしでありわたしではなかった。横たわるのは歳の頃は二十代後半くらいに見える。髪の毛は緑がかった金髪で腰のあたりまである。顔は大人の色気をもった美人で自分の顔とはだいぶ違う。
自分を見つめていると頭の中に響く声があった。
『初めまして。私の中にいるあなた。
わかります。あなたはこの世界の創造者。あなたがどのようにこの世界を創ったか、その知識は、いまや私のものでもあります』
『えっ。わたしと貴女は違う人間なの?』
『はい、私はこの世界で生まれ、育ち、いまはこの世界の魔法のバランスを司る『花の姫』と呼ばれる者です』
『わたしは、……』
自分の名前が思い出せない。彼が魔法アイテムをわたしに押し付けた時から前の記憶が曖昧になっている。みんなの事は覚えている。でも個人に付属する情報が抜け落ちている。
それを察したのか『花の姫』が話しかけてきた。
『戸惑いは判ります。
でも、今は猶予がありません。この世界はまだ不安定です。
創造者のあなたにお願いがあります。この世界が独り立ちできるように私に力を貸してください』
『なにをすればいいの?』
その言葉は肯定の意味。二人の意識は繋がりひとつになる。その繋がりを通じてこの世界がわたしの一部となる。いまやこの世界の歴史はわたしのものでもあった。
『私は因果を調整する魔法は使えません。世界を創り育てる力はありませんが、あなたより遥かに魔法力があります。力を合わせて世界を独り立ちさせるのです。
一から創るのではありません。いまが安定するように過去に遡り調整するのです。
大丈夫です。できます』
最後の言葉は決心だった。
もう戻ることはできない。この世界が崩壊すれば、このわたしも失われてしまう。わたしの魔法が生み出した世界、それを守りたい。そこに人々が生きて暮らしている。それを放り出すなんて事はもうできない。
二人の魔法に、この世界を確固たるものにすべく、全ての力を注ぎ込んだ。
あることに気がつく。友人達もこの世界に繋がっていた。わたしは何もできない、かろうじて彼らに
もう自分で目覚めることも、意識を元の世界に戻すこともできなくなっている。
わたしの意識は朧気で夢境を
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