匿名短編コンテスト参加作品集

灰色 洋鳥

「始まり編」

【No. 058】星の心臓

 太陽は中天をとうに過ぎたものの相変わらず、強い日差しが照りつけている。日干しレンガで作られた住居の窓から外を眺めていた白髭の老人は嘆息ためいきをついた。窓の外に一塊りの低木の茂みはあるとはいえ、そのむこうには黄白色の砂の海が続いている。ここも五十年前には豊かな緑に囲まれた場所だった。いずれ砂漠の一部となってしまうのだろう。


 手を止め、還らない過去に思いを馳せている老人の部屋に、甲高い声をあげ十五歳くらいの少年が走り込んできた。

「お、お師匠様!

 あの魔法道具できました?」


 生成りで緩い作りの服の袖をはためかせ老人は腕を振り上げる。その腕が振り下ろされることはなかったが、厳しい表情で少年を叱りつけた。

「えい、騒々そうぞうしい。

 ルート。

 儂はおまえの師匠ではないわ。まだ、入門の儀式は済ましておらんからの。

 儂のことは先生と呼べといったろうが」

 しかし、目は言葉の割に優しげな光を宿していた。


「わかってます。

 だから、早く弟子にしてください」

「お前は、魔法使いの弟子にするにはまだ若すぎる。

 それに、もう少し体を鍛えて、知識も蓄えんとな」

「えー。三ヶ月後には、帯解きの儀式をするんだから、もう大人みたいなもんですよ」

 ルートと呼ばれた少年は、茶色の帯を握ると左右に動かす。16歳になれば大人と認められ『帯解きの儀式』で大人の証の白い帯を締めることが許されるようになるのだ。


 諦め顔で老魔法使いは答えた。

「この、中心コアになる『星の心臓』が難物でな」

 そう言って、老魔法使いは少年に直径二センチほどの塊を示した。

「この石が、星の心臓?

 見た目は水晶みたいだ」

「これは金剛石だ。この石が天空に浮かぶ星の中で作られ、星を割る衝撃をくぐり抜けたものだ、ということは儂の魔法で読み取れた。

 だから星の心臓と名付けたのだが、こいつの中心にある何かを儂では読み取れん」


 老魔法使いは悔しそうに顔を歪める。

「砂漠では時々場違いなものが見つかる。これも、空から落ちた星の欠片かけらというから手に入れてみた。

 占いの触媒にできるかと思っとったが大損だわ」


 そう言いながらも嬉しそうな顔になる。

 ルートは、もうすぐ師事することになる、老魔法使いの一挙手一投足を見逃さないよう目を見開き見つめていた。

「だがしかし、こいつは思っても見なかった掘り出し物だ。

 占いには使えんが、面白い性質くせがある。

 いいかほら、お前でもわかるだろう」


 この世界では魔法を使える人間はごく少ない。魔法使いは生まれつきの能力で滅多に生まれない。そして、魔法の才能がある者は、成人すると同時ともに魔法使いに弟子入りするのが当時の習慣ならわしだった。そして、ルートは数少ない魔法使いの卵だった。


「これは……」

 老魔法使いに導かれるように、魔法感覚を石に向けた。

 ルートは息を呑む。

 目の前に景色が浮かぶ。いつもの魔法感覚では頭の中に映像や音楽が浮かぶが、これは違う。まるでいまその場に居るかのように風景が見えた。そして、強烈な感情が沸き起こった。心を締め付けるような郷愁感に戸惑ってしまう。


 頭を振って、気持ちを切り替えると気がつく。景色には見覚えがあった。

「これは、村の西側?

 でも、雰囲気が違う。こんな草原や木立はないはずだ」

「そうだ、五十年前の風景だ。

 儂の頭の中に、記憶に残る風景だ。初めてこの村を訪れた時に見た風景だよ」


 老魔法使いは静かな声で話を続ける。

「最後に落ち着くまで、何度もこの村を訪れた。

 いまはない儂の故郷の村に似ていたのだ。

 都市での政治や闘争に疲れると、休暇を取ってやってきたものだ。

 その当時は、この辺りにはもっと緑が多かったんだ」


 信じられない話だった。だが、ルートは目の前に見える風景と老魔法使いの言葉をそのまま受け入れた。信じない理由はなかった。

「俺の生まれるずっと前なんだ。

 緑の草原なんて初めてみた。あそこに寝転がったらどんなだろう。

 師匠の見た風景かぁ」


 ルートは驚いた顔で振り返る。

「えっ。と言うことはこの石があれば昔の風景がいつで見られるとか?」

「いや、昔の風景だけじゃないぞ。

 魔法使いの心の中を刻み込み、再体験させることができる」

「すごいです。早く完成したものを見たい」

「おお、それが儂の最後の仕事になりそうだがな」

「そんな、俺が弟子になるんだからそんなこと言わないでくださいよ」

 風で吹き込む砂で埃っぽい部屋に二人の笑い声がしばらく響いていた。



 それは突然おとずれた。

「お師匠様。大変だ。

 早くここから逃げてください」

「儂はお前の師匠ではないと……

 なにが、あった」


 駆け込んできたルートが、息を整える間も無く大声を上げる。

「み、見慣れない兵士たちが、はあはあ、魔法使いをさがしてます。

 『大王の布告だ。今後は認可された魔法使い以外は禁止だ』と言って家探しを……」

「そうか、とうとうここまできたか。

 奴は王に取り入り、儂は敗れた。

 ここで隠遁していたが、奴はそっとしておいてくれなかったようだ」


 老魔法使いは、宙を睨むとやおらルートに目を向ける。

「お前はまだ魔法使いに弟子入りしていない。

 見逃してくれるだろう。だからお願いがある。

 あの魔法道具を引き継いで後代に伝えてくれ。あれは、代々の魔法使いの想いを刻み込み後世に伝えてくれるだろう」

「そんな、お師匠様……」


 ルートはそれ以上言葉にすることができなかった。次の言葉が音になる前に三人の兵士が踏み込んできた。抜き身の剣を構え部屋を見回す。老魔法使いに気が付くや否や剣を突きつけ詰問した。

「魔法使いシヌアル殿とお見受けする。我々とご同行願おう」

「確かに儂はシヌアルだ。乱暴する必要はない。抵抗などしない」

 兵士の一人がルートに目をやる。それに気がついたシヌアルは慌てるでなく説明した。

「そいつは、小姓として雇ってる村の子供だ」

「確かに、まだガキだな。おう、いくぞ」

 兵士はルートの茶色の帯に目をやると関心をなくした。


「先生……

 わかりました。あれは言われた通りにします」

 ルートは、師匠と呼びかけたい気持ちを抑え込み、涙をこらえ老魔法使いの最後の願いに誓いとして返事をしたのだった。


 そして、その魔法道具は数十代の魔法使いの手を経て、数千年後ある魔法使いの卵の手に渡る。そして物語が始まる。

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