人身御供の自己紹介・前編

「それじゃあ、みんな改めて自己紹介しましょう!」


 ミズホがそう言ったのはカナミが茸の炊き込みご飯を食べている最中のことであった。

 炊き込みご飯にはたくさんの茸が入っており、醤油で味付けされたその米と茸たちは非常に香り高く、噛みしめれば噛みしめるほど素材の味がじんわりと染み出してくる。

 これにカナミは食欲を抑えきれずに既に三杯目を頬張っているところだった。


「……自己紹介、ですか……」

「そ、みんなでちゃんとカナミちゃんに自己紹介したほうがいいでしょ?」


 小首をかしげるチヅルにミズホが手を広げながら答える。

 カナミはもぐもぐと炊き込みご飯を味わいながらも、自己紹介の必要性について考える。

 確かに一通り紹介はしてもらったが、まだまだ人となりについてわからないことが多い。

 さらに自分のことは殆ど説明していないような気がする。

 しっかりとお互いを知っておいた方がここで暮らしていくにも、脱出を目指すにも良いだろう。そう考えた。


「そ、もぐ、そうでふね、もぐ、もぐ、自己、もぐ、紹」

「あ、カナミちゃん、食べ終わってからでいいわよ?」

「……ぐも」


 カナミは少し照れながらお茶碗の中の炊き込みご飯をさらにもぐもぐと食べ続ける。

 こんなに美味しいご飯は本当に今まで食べたことがないと思うほどであった。


「……あったぁああッ!!!酒ーーーッ!!!」

「えーっ、もう見つけちゃったの!?」


 その炊き込みご飯を作った張本人が一升瓶を両手に一本ずつ持ち小躍りしながら食卓に滑り込んでくる。

 ミズホはその様子を見てがっくりと項垂れ、頭を抱えた。


「やっぱり朝ごはんの間も持たなかった」

「わかってたことだな」

「わかってたことだねぇ」


 サクラコの言葉にヒイラギとスズが同意する。

 カナミはここまでの酒好きは村にもいなかったなあ、と一升瓶からそのまま酒を飲むヒバナを見て少し思うのだった。


----


「こほん、えーっと、それじゃあカナミちゃんから自己紹介してもらえるかな?」

「え、は、はい」


 ミズホに促され、食卓の前にカナミは立つ。

 改めてここにいる少女達からじっと見つめられ、カナミは少し緊張してしまう。


「あ、ええと、その、カナミ、です。ええと、よろしく、お願いします」

「うんうん、みんなカナミちゃんに何か質問とかある?」

「え、質問?」


 ミズホが突然言い出した言葉にカナミはどぎまぎする。

 とはいえ、何か質問されるようなことなどあるだろうか。

 そう思っているとサクラコが手を挙げた。


「はいはーい、そういえばずっと気になってたことあるんだけど、カナミちゃんって都生まれ?」

「え、いえ、違いますけど……」

「あれ?そうなの?」


 サクラコが首をかしげる。

 そこへスズが得意げな顔で割り込んだ。


「名前もない村の生まれみたいだよ」

「え、意外……っていうかスズなんで知ってるの?」

「えへへー、ねー」


 スズが嬉しそうにカナミに微笑みかける。

 カナミもそのスズににへへと微笑みを返した。


「……どうして、カナミさんが都生まれだと、思ったんです……?」


 チヅルがそう疑問を呈する。

 サクラコは頭を後ろ手で支えながら答えた。


「いやさ、カナミって年のわりに言葉遣いとかかなりしっかりしてるじゃん?あんまり田舎育ちっぽくないっていうか」

「あ……ええと……それは……」


 カナミは言葉を詰まらせて指をもじもじと動かす。 

 サクラコはまた首を傾げ、カナミの様子を伺った。


「……その、両親がもともと都育ちだったらしくて、それで……」

「へえー、そうなんだ」


 カナミは少しだけ目をそらしながらそう答えた。

 サクラコは納得したように頷く。


「あ、ええと、他に、何か……ありますか?」


 カナミは話題をそらすようにそう聞く。

 するとヒバナが勢いよく手を挙げた。


「カナミ!お酒はいけるクチかい!」

「未成年に飲ませないの!!」

「白蛇は飲むんだし大して違わないじゃんかよー」

「全然違うわよ!」


 ミズホとヒバナが言い争いを始めてしまう。

 カナミがあわあわしているとヒイラギはカカカと笑いながらカナミに声をかける。


「気にしないほうがいい、このくらいの言い争いはよくあることだよ」

「そ、そうなんですか」

「……ええ、しょっちゅう……ですね……」


 チヅルもそう付け加える。


「……二人とも、もう何十年もここにいるんですよね」

「そうだね、あの二人はここでの古参だよ」

「それでも……こういう喧嘩って、なくなったりしないんですね」


 カナミは少し悲しそうにそう言った。

 その時、背後からぬるりと何かが現れた気がして、カナミはばっと振り向いた。

 そこにはニマニマと笑う白蛇が立っていた。


「……」

「それはちゃうよカナミ」


 警戒するカナミを気にする様子もなく、白蛇は語り始めた。


「ずっと一緒に暮らしてるから、ああやって遠慮もなく何かを言い合えるんよ」

「……そういう、ものですか」

「そういうものよ、な。ミズホ、ヒバナ」

「うーん……そうかも?」

「アタシは酒隠されたこと許してないけどな」

「もう!」


 ミズホとヒバナは結局そうやって言い合ったまま、それでもどこか愉快そうに微笑んでいた。

 カナミはその様子を見て、難しい顔をする。


「……よくわかりません」

「ま、そのうちわかるようになるんちゃう?一緒に暮らしていくんやし、な?カナミ」

「……」


 怪訝そうな顔をするカナミを無視するように、白蛇はふわりとカナミの前に躍り出る。


「それより自己紹介なんて楽しそうなことしてるやないの。次はうちがやってもええ?ええな?」

「カナミちゃんはもう大丈夫?他に何か言っておきたいこと、ない?」

「あ、はい、その、はい」


 カナミは特に何も思いつかず、流されるようにそう答えた。


「そんじゃまあ、カナミもわかっとる思うけど……うちは白蛇、何か聞きたいことあるんならいまのうちやで?」


 そういえば、白蛇のことについてはわからないことだらけであることにカナミは気付いた。

 カナミはこの機会にいろいろと聞いてみるのも悪くないと、そう考えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人身御供シェアハウス 氷泉白夢 @hakumu0906

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ