人身御供とおいしいご飯
「きみたちー、ご飯できたぞーい!」
もやもや残る感情を吹き飛ばすかのようにヒバナの陽気な声が響いた。
サクラコがはーいと言いつつ離れ、改めて先程まで座っていた場所に戻っていく。
カナミは、先程まで撫でられていた頬をそっとさわってぼんやりと立っているとミズホが近づいてきた。
「好きな場所座って大丈夫よ、カナミちゃん」
「あ、は、はい……」
カナミが適当に座ると、ちょうどサクラコが目の前にいる。
にこりと微笑むサクラコにカナミは少しだけはにかんで俯いた。
「んーと、それじゃあチヅルちゃんは部屋にいるよね、呼んでくるわね」
そう言ってミズホが扉の前に立った瞬間、扉が開きミズホはおでこをぶつけた。
「あうぅっ!?」
「あ……すみません……扉の前にいるとは思わず……」
「う、ううん……平気……ちょっとぶつけただけだから……もう来てたのね、チヅルちゃん」
ミズホは頭をさすりながら入ってきた女性に話しかける。
カナミがそちらを見ると、すらりとした印象の女性が気だるげな表情で立っていた。
長い髪が顔を少しだけ隠しているが美しい顔立ちをしているのが見て取れた。
「……本当に大丈夫ですか……?」
「う、うん、平気平気」
「ミズホ、しょっちゅうぼんやりして壁にぶつかったりしてるもんねー」
「さ、サクラコちゃん!しーっ!」
「……?……今更隠すことでも……ああ」
チヅルはカナミの方を見て、なるほどと小さく呟いて掘り炬燵へと歩き始めた。
カナミがおずおずとチヅルを目で追っていると、チヅルはカナミから離れた位置に座り、そして目が合った。
不機嫌そうな顔にじっと見つめられ、カナミは少したじろいでしまった。
「この子、チヅルね。ちょっと暗いし人付き合いもよくないけど悪い子じゃないから安心してね」
「……サクラコさん、そのような紹介をされるのは心外なのですが……」
「そうそう、ちょっと人見知りなだけよね?」
「……ミズホさん、余計に悪化しています……」
チヅルが片手で頭を抱えてため息をついた。
そんな会話をしていると、一升瓶を持ったヒバナが掘り炬燵へやってくる。
「なぁあー!飯食おうぜ、冷めちまうってのー!」
「でもまだヒイラギちゃんとスズちゃんが……」
「飯の時間に帰ってこねえほうが
「むえ……っ」
カナミはいきなり頭をわしゃりと撫でられ、目を白黒させた。
ヒバナは屈託ない笑顔を見せながら一升瓶から酒をぐいと呷る。
「お、お腹は、その……すいて……ますけど……」
「ほら!」
カナミはちびすけ呼ばわりをやや不服に思いながらも、自らもずいぶん前から空腹であることを正直に告げると、ヒバナがさらに嬉しそうな顔をする。
ミズホはそんな顔を見て、仕方ないといった表情をする。
「そうね……じゃあ先に食べましょうか」
「せやねえ、うちもお腹すいたわぁ」
「……!?」
カナミが驚いて声のした方を見ると、いつのまにか白蛇が隣に座っていた。
隣はおろか、いつこの部屋に来たのかすら全くわからなかった。
「……白蛇はいつもこうですから、気にしないほうがいいですよ……」
「いっつもいつの間にかいるんだよなぁ」
チヅルとヒバナがそう言うと、白蛇がにっこりと微笑む。
カナミがそろりと離れようとすると、白蛇が今度はにやりと笑ってカナミの袖をつかんできた。
「まあまあそう嫌がらんと、仲良うしようや、ねえ?」
「うう……」
「あんまりいじわるしちゃだめよ、白蛇ちゃん」
ミズホはそういうと、カナミのもう片側の隣に座る。
そしてヒバナが料理を持って意外にも手際よく、ひとりひとり目の前に白い米の入った茶碗と大きな魚が乗った皿を置いていく。
カナミはその料理に目を丸くした。
「……な、なんですかこれ」
「酒蒸し!」
「ヒバナ、酒蒸し好きよねえ、いっつもお酒飲んでるのに」
「酒蒸し食いながら酒飲むのが最高なんだろー?」
サクラコの言葉にヒバナが酒を呷りながら反論する。
しかしカナミが聞きたいのはそういうことではなかった。
「……こ、こんな大きなお魚、お祭りでも見たことないです……それに、こんなに白いご飯なんて……」
カナミは、こんなに豪華な食事を見たのは生まれて初めてだった。
「味噌汁もあるぞぉー」
「味噌汁!」
米と魚だけでもひっくり返りそうなほど驚いていたカナミだったが、味噌汁が出てきていよいよカナミはひっくり返った。
カナミにとっては味噌汁など、噂でしか聞いたことのない幻の食事であったのだ。
目の前に並んだ食事の数々にカナミは我を忘れてとびかかりそうになるのをなんとかこらえていた。
「……ごくり」
「じゃあとりあえず、今日はカナミちゃんの歓迎会ということで……本当はみんなでそろって食べたほうがいいんだけど……」
「……」
「カナミちゃんも我慢できないみたいだし、いただきましょうか」
「よーし!いいぞちびすけ!食え食え!」
「い……いただきます!」
カナミはなんとか理性を保ちながら、初めて見る真っ白な米を口に運ぶ。
「……!!」
そのお米のなんと美味いことだろう。
心地よい熱さとその粘り気の中にほんのりと甘みを感じ、そしてそれが噛めば噛むほどふくらんでいくのだ。
カナミはたまらず魚にも手を出す。
ほこほことした肉厚な身がお酒の香りに包まれている。
とはいっても嫌な匂いでは全くなく、むしろ魚自体の香りをより高めて口の中でほろりと美味しさとともに溶けていくのだ。
カナミは味噌汁というものを初めて飲んだが、これがまた非常に美味であった。
これほど塩気があるにもかかわらず全く嫌にならない、むしろこれを口に含むと他の食事の味が際立って、今までわからなかった美味しさがわかるような気さえした。
中に入っている野菜も全く見たことがないものであったが、カナミはもはやそんなことまるで気にせず無我夢中で噛みしめた。
それは村で食べるどんな野菜よりも味が濃く、カナミをひたすらに幸せな気持ちにさせる。
カナミが我に返った時、目の前の食事は半分以上消えてなくなっていた。
「あ……え、と、その……」
「カナミちゃん、本当にお腹すいてたのねえ」
「ほんに美味そうに食いよるわぁ、今まで見た中で一番食いつきよかったわぁ」
白蛇が隣でにやにやと嬉しそうにカナミの顔を見る。
カナミは思わず顔を赤くしたが、それでも箸が止まる様子はなかった。
「よしよし、いくらでも食えちびすけ!美味いものを食うのは何より幸せなことだぞぉ!」
そういって、ヒバナはまた屈託のない笑顔でカナミの頭をわしゃりと撫でるのだった。
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