彼女達は生きている
それはカナミにとって驚きの連続であった。
布団から出て足を踏みしめると、地面は藁でも土でもなく木で出来ているようであった。
壁もよく見れば土くれではなく、石で出来ているようである。
単なる部屋の扉でさえ、これほど立派なものはカナミは見たことがなかった。
とにかく、今まで暮らしていた家とは良くも悪くもまるで居心地が違う。
「都会はこんな家が普通なんですか……?」
「んー、私もそのあたりはよくわからないんだけど……スズちゃんならわかるかな」
カナミはミズホに連れられて、別の部屋へと向かっていく。
白蛇はひとりでさっさとどこかへ行ってしまったので、カナミは幾分か安心して周りの様子を見渡すことが出来た。
今歩いている場所は廊下なのだろうが、カナミにとってはこれがもはやひとつの家なのではないかと感じる広さであった。
カナミが暮らしていた村が田舎だったことも大きいが、この家が豪華であることには間違いない。
「こんな豪華な家に邪神と暮らすだなんて……バチが当たるのでは……?」
「今のところ当たった記憶はないから大丈夫だと思うけど……」
カナミにとっては決して冗談ではなかったのだが、ミズホは少しだけ愉快そうに返す。
「それより、動きづらくない?大丈夫?」
「あ、はい……大丈夫です」
カナミは改めて、先程着替えた赤い色の着物を眺める。
村では見たこともないような可愛らしい柄と、綺麗な生地で仕上がったその着物は非常に動きづらいどころか、軽やかに動くことができるようであった。
「あのいかにも儀式用でござい、って感じの着物じゃかわいくないからね」
「か、かわいい、ですか?」
「うんうん、元がいいんだからおしゃれしないと、ね!」
「は……はあ……」
あまり言われたことのない言葉にカナミは思わず頬を赤くする。
そして照れ隠しに頭につけてもらった花の髪飾りを指で軽くなでる様子に、ミズホは思わず顔を綻ばせた。
それに気付いたカナミは、慌ててミズホに話題をなげかけた。
「そ、それにしても!こんな丁度いい大きさの服、よくありましたね!」
「もともと色んな大きさの服は作ってるのよ、ここに来る前は仕立て屋でね。こっちでもずっと服を作ってたの」
「ここに来る前……ミズホさんも、生贄、だったんですよね」
「うん、そうね……あ、もうすぐ居間だよ」
「……」
カナミはいろいろな事が気になった。
ミズホがここに初めて来たとき、一体どうしたのか。
どうしてこの状況を受け入れているのか。
生贄になる前は一体どんな生き方をしていたのか。
だがそれらをいきなり聞くのはなんだか不躾な気がして、今はただ扉を開くミズホを眺めるだけだった。
居間は、今までの部屋の中で一番広く、台所と一体になっている。
そして中心に大きな掘り炬燵があり、そこに桃色の着物を着た一人の少女が座っている。
少女は14、5歳といったところだろうか。
少しだけ口を尖らせて、退屈そうに頬杖をついていた。
横に二つ括りにした髪が揺れ、目はぱっちりとして、カナミが思わず見つめてしまうほどの美少女であった。
「あ、新しく来た子、やあやあ」
「え、あ、ど、どうも、こんにちは」
その少女はカナミと目が合うと気さくに話しかけてくる。
ぱっと明るい笑顔を見せ、眩しいと感じさせるほどであった。
「ふーんふんふん、結構かわいいじゃん、座敷童みたいで」
「ふえ、あ、え?」
褒められたのか馬鹿にされたのかよくわからないことを言われ、カナミは狼狽える。
少女は、言葉に邪気がないことを示すようにカナミにまたぱっと微笑みかける。
そしておもむろに立ち上がりくるりと回転してみせた。
「あたしはサクラコ、見ての通り……美少女よ!!」
「ほぁ」
堂々とした言い切りに思わず妙な声が出るカナミ。
実際美少女であり、その挨拶の姿も非常にかわいらしかった。
そんなサクラコに、ミズホは特に気負いもせず話しかける。
「サクラコちゃん、チヅルちゃんはいる?」
「んー?まだ部屋にこもってるんじゃないの?」
「ヒイラギちゃんは?」
「また狩りだか修行だかしてるんじゃないの?」
「スズちゃんは?」
「あのねー、そんなあたしが逐一誰がどこにいるとかわかるわけないでしょー」
サクラコが不満げに口を尖らせると、ミズホはまた少し可笑しそうに笑った。
今のがここにいる人たちの名前なのだろう、カナミは少しだけそわそわしてミズホたちを見る。
その時台所の方から声が響いてくる。
「もうすぐご飯できるかんねー!んぐっ、うへへへへ!」
顔を出してきたのは先程少しだけ顔を合わせたヒバナという女性であった。
癖っ毛なのかぼさぼさの髪の毛から覗く顔はほんのりと赤く染まっている。
どう見ても小脇に抱えている一升瓶のせいだろう。
カナミは本当にまともなものが食べられるのか少しだけ心配になる。
そんな時、カナミはある違和感を覚えた。
少しだけそれを考えて、ようやくその理由がわかった。
「あの……ミズホさん、その……なんというか……」
「ん?どうしたの?」
「その……生贄って……十年に一度……ですよね」
「あ……あー……えーっと……」
ミズホは何かを察したのか顔を少しだけ背ける。
生贄は十年に一度。すなわち全員ここに来たのは十年以上前のはずである。
そう、全員若すぎるのだ。
「それねー、なんかよくわかんないんだけど、ここに来ると成長とかそういうの、止まっちゃうらしいんだよねー」
「え……」
カナミの疑問を、あっけらかんとサクラコが明らかにする。
成長が止まる。
なるほど、それならつじつまは合う。
「んだからさー、ミズホさんって本当はここに来たの、六十年前?だからもう……」
「サクラコちゃん?サクラコちゃん?」
「あ、いや、な、なんでもなーいーよー?」
つじつまは合う。
だが、それは、それはあまりにも。
「お……おかしいですよ!」
「カナミちゃん?」
「そ、そんなの……笑って話せることじゃないでしょう!?成長が止まるって……そんなの……もう……おかしいじゃないですか!」
そんなのおかしい、とここに来て何度思っただろうか。
それでも、どうして彼女たちはここに住んでいるのか。
カナミは不思議で仕方がなかった。
「そんなの、本当に……生きているって言えるんですか!?」
「言えるよ」
カナミは、その迷いのない声にはっと息をのんだ。
声の主であるサクラコは、カナミに視線を合わせる。
先程美少女とは思った時とは少し違う、優しい顔をしていた。
「うん、そうだよね。不安になったり、混乱しちゃうよね。でもね、あたし達は、確かに生きているの」
「……」
「カナミちゃん、生贄に決められてさ、きっと不安で……大変な目にあったよね」
「……それは」
「……でもね、今、あたし達は確かにここで生きてるの」
それって、すごく素敵なことなんだよ?
サクラコはそう言ってカナミの頬を撫で、太陽のように笑った。
疑問は消えなかったし、不安はカナミの中に残り続けていた。
それでも、頬に触れるサクラコの手は、とても暖かかった。
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