初めての朝
カナミとスズは、その後もしばらく会話を続けた。
今度は村の事や生活のことよりも、お互いの好きな物や普段の過ごし方について話していた。
「ここってね、おっきなお風呂あるんだよ」
「お、大きなお風呂、ですか……?」
「うん、みんなで入っても大丈夫なくらいおっきいよぉ」
「そんなに!?」
年齢もそう離れていない為か、二人が打ち解けるのにはそう時間がかからなかった。
そうして話しているうちに、少しずつここの住人達が目覚め始め居間へと集まってくる。
まず現れたのはミズホだった。
「あら、二人ともおはよう。カナミちゃん、よく眠れた?」
「は、はい、昨日はありがとうございます」
そうミズホにお礼を言うと、彼女はにこりと微笑む。
「スズちゃん昨日カナミちゃんと会えなくて寂しそうだったけど、今はもうずいぶんと仲がよさそうね?」
「廊下で偶然会って……ねー?」
「は、はい、えへへ」
「そう、よかった。カナミちゃんがみんなと仲良くしてくれると私も嬉しいわ」
ミズホは優しい笑顔でそう言ってくれる。
カナミにとっても彼女の優しさはとても安心できるものであった。
「そそ、うちとも仲良うしてくれると嬉しいわぁ」
そう言うと、いつの間にやらまた背後からぬるりと白蛇が現れる。
姿は人であるにも関わらず、その動きはやはり蛇のようでありカナミを恐れさせる。
そうでなくても突然後ろから話しかけられれば驚くというものだ。
カナミは決して白蛇には緊張を解かず、むむむと表情を強張らせた。
「ミズホー、カナミが冷たいんよぉ、なんとかしとくれやすー」
「もう、白蛇ちゃんがカナミちゃんを怖がらせてばっかりいるからでしょ!」
白蛇はミズホにまた泣きつくようなふりをしてぎゅっと抱きつく。
「スズさん……あの、白蛇っていつもああなんですか?」
「カナミちゃんが来たからはしゃいでるんだと思うよ……悪い人?……蛇?じゃないんだよ」
「ええー……」
スズも白蛇に関しては悪い印象をあまり持っていないらしい。
一緒に過ごせば何か変わっていくのだろうか。
それとも何かまじないようなことをしてじわじわと心をむしばんで……?
カナミが少し怖い想像をしている間に、再び居間の扉が開く。
「おはようさん、ああカナミ。よく眠れたようだね」
「あ……ヒイラギさん、おはようございます。はい、おかげさまで」
「カナミはずいぶん礼儀正しいねえ、俺とは大違いだ」
ヒイラギは愉快そうに笑うと、机の前にどかりと胡坐をかいて座る。
当然のように、昨日持っていた刀も一緒だ。
「ヒイラギはまた外駆けまわってたん?」
「当然だろ」
「毎日毎日ご苦労さんやこと、うちにはとてもとても真似できひんわあ」
「はん」
どうやらヒイラギは今起きたわけではなく、もっと早くに起きて外から帰ってきたところらしい。
それよりも、カナミには白蛇とヒイラギはあまり仲が良くないように見えた。
もしかしたら白蛇にまじないをかけられていない唯一の人なのかもしれない。
と、白蛇がまじないをかけたという根拠もないのに勝手にそう考えていた
「……おはようございます……」
「おはようチヅルちゃん、今日は徹夜してないでしょうね」
「…………」
「チヅルちゃーん、目を合わせなさーい」
チヅルはミズホの質問に何も答えず静かに座ると、何やら書物を読み始める。
その様子を見てミズホは少し怒ったように口を尖らせた。
「チヅルちゃん、新しくカナミちゃんも来たんだから、少しは模範になるように生活を改めて……」
「二十年前にも言ってたな、それ」
「十年前にも聞いたよ」
「もう!」
ヒイラギとスズがそういうとミズホは深いため息をついた。
そう、ここの住人はどれだけ短くてももう十年以上ここで共に暮らしているのだ。
カナミにはやはりそれは少し恐ろしいことで、途方もないことのように思える。
自分も、ここに何十年と暮らすことになるのだろうか。
スズにそのことに不安はなかったのか聞いてみたかったが、先程のスズの涙を思い出し思いとどまる。
やはりもう少し、お互いのことを知る必要がありそうだとカナミはそう思った。
「おはよぉぉぉ……」
「おはようございます、サクラコさん」
「んんー……あぁー……朝は眠いわぁ……」
その次に起きてきたサクラコは大きなあくびをすると、机に突っ伏すように座る。
ずいぶんとうつらうつらしているようだ。
「サクラコちゃん、朝は弱いんだよ」
「そうなんですか……」
「んんースズー……乙女の秘密を勝手に暴いちゃだめー……」
「秘密も何も見りゃわかるけどな、サクラコも少し走ってきたらどうだ、すっきりするぜ」
「無茶言わないでよ……ヒイラギみたいに脳みそ筋肉じゃないのあたしはー……むに……」
サクラコはなんとか起きているといった感じで目を閉じたまま対応をしている。
昨日のしゃっきりとした印象とは違い、本当に眠そうである。
カナミは、もしかしたら昨日の自分もこんなだったかもしれないと思うとなんだか少し恥ずかしくなってきた。
「さてと、あとは……」
ミズホがそう言って軽いため息をつく。
カナミはここにいる住人たちを指折り数えた。
ミズホ、サクラコ、チヅル、ヒイラギ、スズ、そして白蛇。
あとここにいないのは……その時、居間の扉がやや乱暴に開く。
「………………」
そこには昨日には会った事がないのではないかと思うほどぐったりとした表情のヒバナが立っていた。
サクラコよりもよっぽど人が変わったその姿に、思わずカナミは慄いた。
ヒバナはぼさぼさの頭をふらふらとよろめかせながら、台所へと歩いていく。
「……酒……」
「だーめ」
その言葉をミズホが素早く却下する。
ヒバナはミズホに、ふらりと寄るとわなわなと震えた。
「アタシの部屋の酒……誰が……飲んだ……」
「飲まない、隠したのは私」
「何故、何故そんなことを……!!」
「カナミちゃんも来たんだから少しは禁酒しなさい!」
その言葉にヒバナは膝から崩れ落ちた。
「そんなことされたら……今日の朝飯は作らないぞ!!いいのか!!」
「ヒバナ、昨日炊き込みご飯の仕込みしてたじゃないか」
「そ、なので朝ごはんは問題ありません」
「はかったなぁあああ!!うぷ……」
ヒイラギとミズホの言葉にヒバナは叫び、そして気持ち悪そうに呻いた。
その様子を呆気にとられた様子で眺めていたカナミに、スズが声をかける。
「たまにこうやってお酒隠さないと、本当にいつも飲んでるんだよねヒバナさん」
「はあ……」
「……まあ、どうせすぐに見つけだして勝手に飲むでしょう……」
本に目を向けたまま、チヅルが付け加えるようにそう呟いた。
「……それこそ、私のことなんかよりも何度も繰り返されてますからね……」
「そうだね……」
「んに……」
チヅルの言葉にスズが同意する。
サクラコもおそらく同意したのであろう、むにゃむにゃとしたままわずかに声を出した。
「……どや?朝から騒がしいやろカナミ」
「白蛇……」
「これが……うちらの家や、騒がしいけど……とっても愉快なところよ」
白蛇がそう言って微笑む。
それは心の底から嬉しそうな、さわやかな朝日のような輝いた笑顔にカナミには見えたのだった。
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