ふわりとした夢の中
カナミが今後の身の振り方を考え、ぐっと体を伸ばすとほんの少しの眠気を感じた。
思えばあまりにもいろいろなことがあった。
白蛇の生贄として村を出て、そして白蛇に襲われたと思ったら見知らぬ家で目覚めた。
そして出会ったかつての人身御供の少女達。そして少女に姿を変えた白蛇。
服を着替えて、食事をして、いろいろな会話をして……ここで暮らせと言われて。
改めて順を追ってみると現実味がなく、考えすぎると頭が爆発してしまいそうな気さえする。
窓の外を見ると、先程はまだ明るかった洞窟じみた空間がすっかり暗くなっている。
太陽は見えないが、どうやらこの世界にも朝と夜がちゃんとあるらしい。
「カナミちゃん大丈夫?眠くなっちゃった?」
そう言って声をかけてくれたのはミズホだ。
カナミは返事をしようとしたが、どうやら想像以上に疲れが出始めていたらしく、ただ頷くだけに留まった。
「いろいろあったもんねー、ちょっと早いけど今日はもう寝たほうがいいんじゃない?」
そう言ってサクラコが頭をふわりと撫でに来る。
優しい気持ちが伝わってきて少し安心したせいか、さらに眠気が強くなるのを感じた。
「そうね、ここでの詳しい話は明日にして今日はもう寝ましょうか」
カナミがうんと頷くと、ミズホが手を引いてくれる。
ヒバナやヒイラギがおやすみと言ってる声が遠くからふわふわと聞こえてくる。
歩いている最中、チヅルが会釈をしてくれた気がしたのでカナミもふにゃりとお辞儀らしきものを返した。
ミズホに手を引かれてひたひたと廊下を歩き、厠に入った。
さらにミズホに歯を磨くと言われて、ぼんやりした意識のまま口の中をしゃかしゃかと磨かれた。
誰かに歯磨きをされたことはあまりなかった為、口の中がすっきりして気持ちよくなり、なおのこと眠気が強くなった。
その後、ひとつの部屋にたどり着くとあっという間にミズホの手がふかふかした毛布に変わり、その中に包まれてカナミのおぼろげな意識はぷつりと途絶えた。
------
夢を見た。
父と母が遠くに見える。
カナミは、二人の元へ行こうと思った。
だが、目の前が急に何かで遮られる。
白い鱗で出来た大きな壁が。
カナミはそれを必死にどかそうと叩く。
何度も、何度も、何度も叩いた。
だが、壁はびくともしない。
ふと上を見上げる。
白く大きな蛇の頭が自分の頭上を支配する。
白蛇が口を開ける、カナミは恐怖のあまりぎゅっと目を閉じた。
…………
ゆっくりとカナミは目を開く。
目の前には、白髪の少女がにこりと笑って立っていた。
怯えるカナミの頭を、白髪の少女はそっとなでる。
それはとても優しい笑顔で、優しい撫で方で。
カナミはとても心が温かくなるのを感じ、今度はそっと目を閉じる。
そして、ふわりと空に浮かぶように意識がゆっくりとまどろみにとけていった。
「ゆっくりお眠りや、カナミ」
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明るい光が窓の外から注ぎ込んでくる。
その光にカナミは少しずつ瞼を開く。
馴染みのない部屋に、馴染みのない毛布の中にくるまって眠っている自分がそこにいた。
カナミは目をこすりながらゆっくりと体を起こし、その現実を見つめる。
少しだけ頬をつねる。確かな感触と痛みが走った。
「……夢じゃ、ないんだ」
カナミは不思議とそれを素直に受け入れることができた。
昨日の夢のように慌ただしく現実味のない出来事はすべて現実で、これから自分はここで暮らしていかなくてはならないのだということを。
「白蛇の思う通りになんて、なってやるもんか」
カナミは改めてそう決意する。
ここから出る方法を探して、あの白蛇の鼻を明かしてやろう。
村に帰ったら白蛇が何をしているのかをみんなに伝えて、そして……
そう考えていた途中で、カナミはふと寝ている最中のことを考える。
「そういえば、なんだか変な夢を見てた気がするけど、どんな夢だったかな……」
--------
カナミはそろりと廊下の外に出る。
みんなはもう起きている時間なのだろうか。
もしそうだったら起こすのはよくないだろうと考え、そろそろと廊下を歩く。
とりあえずは厠へ行こう。そのあとは……とりあえずあの居間で待っていればだれかが来るだろうとそう考えた。
しばらく経ち、カナミは廊下の真ん中で座り込む。
道がわからない。
昨日はあんまりにもぼんやりしていた上に、ミズホの手にひかれるがままだったため厠の位置も居間の位置もまったくわからなかったのだ。
そもそも、カナミにとってこれほど広い建物を歩くのは初めての経験だった。
どの扉を開けてよいものかもわからないし、自分が先程までいた部屋の位置も自信がない。
下手したら、自分は永遠にこの廊下を歩き続けるのではないか?
そんな不安もほんの少しだけ頭をもたげた頃だった。
「あらあら?」
それは今までに聞き覚えのない女性の声だった。
のんびり、おっとりしているような雰囲気のその声の主は、少しずつ近づいてくるようだった。
顔をあげると、声に違わぬおっとりとした表情の少女がそこに立っていた。
黒くふわふわとした長い髪とその佇まいに不思議と、自分とは違う世界に住んでいる人間と対面するような感覚を覚える。
「あ、あの……」
「あなた、カナミちゃんね!」
少女はぱあっと明るい笑顔を見せると突然カナミに抱き着いてくる。
状況の呑み込めないカナミがじたばたしてもおかまいなしにカナミをぎゅっと抱きしめ、頭を撫でてきた。
「ふぁあー!あなたが十年後の女の子なのね!すごぉい!会いたかったぁ!!」
その少女は、本当に嬉しそうにそう言うのだった。
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