1-16 怪しい二人
「――おい、いたか!?」
「ダメだ。窓から逃げたらしい。別に検挙しに来た訳ではないのだがな……」
寮の窓から逃げ出した俺は路地の隅に隠れている。
――なんで俺がこんな目に。
原因はハッキリしている。勇者である事が発覚してしまったのだろう。
これ以上、ここにはいられない。夜の帳に紛れて出て行ってしまうのが良いのだけれど……。
「こっちの路地は見たか?」
「いやまだだ」
二人の足音がこちらに近づいてくる。
樽の陰に隠れているがこのままでは見つかってしまう。
ジャリ――と足音がすぐ横に来た。
「おや、兵士の方々がこんな所でなにをしているんですか?」
聞き覚えのある声がすぐ近くから聞こえた。
「ええと、貴方は?」
「僕は学園の教師ですよ。これが住民カードです。犯罪者でも出ましたか?」
「……ふむ、本物ですね。ちょっと人を捜しております。そういう先生はこんな時間にどうしてこんな場所に?」
「これですよ。僕は趣味で絵を嗜んでいて、さっきまで路地から見える月夜を描いていました……これがその絵です」
「おお、絵心はありませんが確かに……ところで先生、ここにずっと居られたらしいですが、少年が一人来ませんでしたか?」
「いいえ。この路地には今まで誰も来ておりませんよ?」
「そうですか……なら結構です。帰り道は気をつけて」
そんな会話がすぐ横でなされた。
兵士達の足音が遠ざかる。
「――もう大丈夫だよロック君」
「……ユーノ先生、どうして」
樽から顔を出すと、普通科で俺の世話をしてくれたユーノ先生がいた。
「君が隠れているのが見えたからさ。教え子を守るのも教師の仕事かなって」
相変わらず幸薄そうだが優しい人だ。
「訳とか聞かないんですか?」
「聞いた方がいい?」
そういって先生は笑った。
「……そういえば僕の知り合いの商人が、南門から夜間であっても急ぎで出発すると言ってたなぁ」
「先生?」
「その人は僕に大きな貸しがあるから、たぶん僕の名前を出せば、その人は君を乗せてくれるはず」
なぜそこまで。
そんな風に疑問に思っていると、不意に先生が俺の頭を撫でた。
「君の夢は?」
「や、宿屋です」
「ならそれに向かって走るといいよ。僕にも昔、そんな“平凡”な夢があったんだけど――今はもう叶わないんだ。だから君には、僕の代わりにその“平凡”を叶えてほしい」
「せんせい……」
「さぁ早く。商人が行ってしまうと君は捕まってしまうよ」
「すみませんっ、俺、夢が叶ったら必ず先生に報告します」
俺は頷いて先生に背を向けて南門に向かった。
月夜が照らす路地でユーノは遠ざかるロックの背中を見ていた。
「……すまないロック君。本当はもう、二度と逢う事はないんだ。なにより僕らの道は交わってはならない……」
その目は眩しそうに彼の背中を追っていた。
「それに謝るのは僕の方なんだ。望むと望まぬに関わらず、君にあの国の全てを背負わせてしまった。だけれど……君のおかげで僕はただの一人の人間として完結できる」
ユーノはコートを翻し、画材と月夜に照らされたロックが描かれる絵を抱えて歩き出した。
その顔を憎悪と決意に染めて。
「ありがとう……これでようやく終われるんだ。一人の狂人の死と一人の悪党の死。それが正しい、終わり方なんだ」
自らに言い聞かせその姿はすぐに闇へと溶けて消えた。
それから三日後。
「おおい、坊主。もう中継都市に着くぞ」
「あ~、うっすー」
荷台で寝ていると商人のおっちゃんの声が聞こえた。
荷台から顔を上げると、小さいながら堀に囲まれた都市が見える。
「坊主はこれからどうするんだ?」
「そうっすねー。宿屋開業に向けてしばらく冒険者として心機一転、頑張っていこうかなって思います」
「中継都市で冒険者やると大抵が護衛依頼になるぞ?」
「そうなんですか?」
「ああ。中継都市は名前の通り、流通の中継所だ。暮らしている人間もいるが……腰を落ち着ける場所じゃないね」
「なら何処がいいですか?」
「そりゃあ、交易都市の役目を果たしている公都アナハイムだろう。女公爵アナハイムが統べる結構でかい都市だ。商人の行き来も多く、近くに迷宮もある。なによりアナハイム公が元冒険者からの成り上がりだから、あそこは冒険者にとって暮らし易いぞ。王都からも近いしな」
「へー」
なるほど。
ダンジョンの探索がしたい訳ではないので、王都へ行こうと思ったがそういうのもアリかもしれない。
魔王の事を考えると神殿に行く必要もあるし、一箇所に留まるより良いだろう。
「じゃあ僕は公都に行こうと思います」
「おう。それがいい。冒険者ギルドに聞けば専用の札と酒場を案内してくれる」
「札?」
「ま、行けば分かるよ」
それから中継都市に到着すると、商人のおっちゃんにお礼をして俺はギルドに向かった。
都市がそんなに大きくないせいか、ギルドは少し小さめだった。
ただ人の出入りは思ったよりある。
「すみません、護衛依頼を受けたいんですが」
そういって俺は受付のおばさんにカードを出す。
「はいはいちょっと待って――は? 七十一ぃ?」
どうしたんだろうか。
カードを水晶に当てて俺のステータス表記を何度も確認している。
「あなた……なにやったの? レベル七十一でEランクなんて前代未聞なんだけど」
「えっ?」「はい?」と隣の男や他の受付嬢がギョッとして俺の顔を見た。
「――あ」
そうだ。
沁黒を皆殺しにしたのだ。
彼らのレベルはどう考えても上限の百クラスだった。
そりゃ……レベルも上がってるよな。
「ああ、その、ずっと更新してなくて」
「過去の達成依頼もどれも雑用ばかりだけど、依頼も受けずに何をしたのよ。というかジョブがなんで宿屋?」
大陸最高峰の暗殺者集団を一方的に蹂躙しました。なんて言える訳がない。
「その……アロの集団が前にいた侯都で出たんですが、それのトドメを刺す役回りをやってたので……」
「アロかぁ。そりゃアロは危険度高いけど、ただトドメを刺しただけではレベル上がるもんでもないのだけれど……まぁいいわ。護衛依頼だったわね。はい札。場所は風見鶏ね」
黄色い札を渡される。
「ええと?」
「あらもしかして初めて? その札は護衛依頼をギルドを通していつでも受付ますよってアピールの為の物よ。で、最後の風見鶏は宿屋兼酒場の名前。その酒場にいれば護衛を求める人間が来るから、声が掛かったら交渉してまとまったらまた来なさい」
「分かりました」
俺は指示に従い風見鶏と言う酒場に向かった。
ドアを潜ると中はなかなか厳つい男達で溢れている。ついでにジロッと見られた。
――山賊の集会場かよ。
ただ俺の札の色を見てすぐに興味を無くしたのか誰も見なくなった。
入り口の席はいっぱいだ。
たぶんアレ、同じパーティーらしき者達が陣どっている。
俺は酒場の片隅に座り、ウェイトレスさんにエールとつまみを頼んだ。
つまみはただの干し肉だった。エールもまずい。
――ギルドとの癒着の匂いを感じる……。
ギルドに待合所として指定されていれば、いくらでも客は入るのだろう。
こんな宿屋にはなりたくないなと思いつつ、味気ない干し肉を齧っていると、小奇麗な格好をした商人らしき男とその護衛らしき厳つい男が入ってきた。
そしてさらにローブ姿の二人の人物も続けて入ってくる。
ただ二つのグループは無関係らしい。
先に入ってきた恰幅の良い商人が告げる。
「C級以上。クロムス辺境領への護衛だ。最大五人、一人当たり金貨二枚」
「俺達が受けよう」
立ち上がったのは入り口を陣取っていた者達だ。
「俺以外の全員がC級。リーダーの俺はB級。パーティー名は星渡りだ」
「いいだろう。ギルドへ行くぞ」
商人がすぐさま反転し歩き出そうとする。
そこへ運悪く彼らが話し込むと思ったのか、後ろを通ろうとしたウェイトレがぶつかってしまう。
「きゃ」
「なっ」
恰幅の良さからウェイトレスさんの方が突き飛ばされる。
しかし怒ったのは商人の方だ。どうやら服に汚れがついたらしい。
「貴様っ、この服はいくらすると思っている! ――オイッ!」
間髪入れずに厳つい護衛が剣を抜いた。
――嘘だろっ。
よほどの大富豪なのか平民を殺す事に躊躇がない。
時間遅延を使おうにも間に合わない。
「あー、そいつぁダメすっねぇ~」
「――っ!?」
間の抜けた声がするのと同時にその剣士の動きが止まる。
気づくと後から入ってきたローブの二人組の片割れがローブを脱いで手に長い針を持っていた。
そのうち一本が剣士の腕に刺さっている。
「なんだ貴様はっ、メイドだと!?」
ローブの人物はメイドだった。
眠そうでやる気のない目で彼女は二人を見ている。
「貴様っ、ワシを誰だと思っている。ワシは王家とも取引があるケル――」
怒り心頭の商人は顔を真っ赤にしメイドを怒鳴りつけようとしたのだが。
「――うっさいこのデブ!」
「へぶっ!?」
気付くともう一人のローブの人物に殴り飛ばされていた。
『――なぁ!?』
俺達、冒険者達は全員揃いも揃って馬鹿みたいに唖然とする以外にない。
――いや。いやいやいやどう考えても殴ってはいけない人物だったろ。
ウェイトレスを切り殺そうとしたり、護衛の腕前も然り、その身なりも口上も含めやっちゃいけない相手なのは明白。
しかしメイドはちょっと楽しそうに笑う。
「あ~あ。いやー普通は殴らないっスよねぇ。流石ロズ様、そこに痺れる憧れるぅ~。ひゅーひゅー」
「フンッ! なにが王家御用達よ!? 今日からアンタは出禁にしてやるわ!」
そうして勇者がやっていたという中指を立てファックユーと吐き捨てるローブの人物。
「ぎっ、ぎざ――なっ!?」
頬ほ押さえて立ち上がろうとした商人だが、倒れたことでその顔が見えたのだろう。顔が恐怖に歪んだ。
「まざが……アナダざまは……っ!」
「貴方様? いいえ、私は通り縋りの正義の味方――ロズちゃんよ!」
ローブを脱いだ人物はビックリするくらいの美女だった。
燃える様に赤い艷やかで真っ直ぐな髪を後ろに伸ばし、前髪は真っ直ぐに切り揃えている。
そしてその一部が頭の高い位置左右で髪飾りで結ばれている。
こういう髪型をツーサイドアップと言うのだと聞いた事がある。
またくびれた腰に、おおきく突き出した胸。男も女も二度見する様な、まるで理想を体現した様なプロポーションの美少女。
――がしかし、右手を左上の空に伸ばし反対の左手を止めの形にして、腰の辺りに持ってくる謎のポーズ。さらにドヤ顔でビシッと決めているせいで全て台無しである。
「…………」
空気か重い。
冒険者達はこのアホ――失礼、馬鹿、あいや女性が誰か分からず、お互いに目と目だけで会話しているが、謎の一体感に反して誰も分かる人間はいない。
「ひゃっほーい。さっすがーロズ様ー、かっくいぃー」
メイドはメイドで感情のない某読みで主らしき彼女を讃えている。
「すっ、すみません決して私はその貴方様を馬鹿に――」
「いいから他所行きなさい。しっしっ」
「――っ。お、おい!」
彼女がゴミでも見る様な目で商人を手で払うと、彼は冷や汗を流しながら退散した。
その後、ウェイトレスさんが涙を流しながらお礼を陳べている。本人は実に嬉しそうである。
しかし。
「――あ、そうっす。アナハイムまで護衛、誰かやらないっすか?」
冒険者達は一斉に顔を背けた。
――絶対に関わりたくない。
そんな強い意志を感じる。
だってどう考えても只者じゃない。関わったら大変な事になりそうなのは明白だ。
「そっすかー。護衛の数とランクは無制限で、一人あたり金貨二十枚なんすけどねー」
『はいっ!』
だが直後、冒険者のほぼ全てが掌を返し立ち上がった。金貨二十枚と言われれば……俺もそれを責める気にはなれなかった。
「やったな金貨二十枚だとよ!」
「B以外お断りかと思ってたがやったぜ」
ぞろぞろと酒場にいた冒険者達が嬉しそうに出て行く。
「じゃ全員ってことで――ん?」
冒険者達が去った後、ロズ様と呼ばれた女性と目が合った。
「なに、アンタらはいいの?」
――ら?
俺は周りを見る。すると小柄で杖を持つ弱々しい老人と、深く帽子を被って顔が見えない男だけが残っていた。
二人は特に反応しない。なので自然と俺と彼女の視線が合う。
「あ、僕は別にいいっす」
「金貨二十枚なのよ? あまり大っぴらに言えないけど冒険者としての箔もつくわよ?」
「興味ないかなって」
「きょっ……そ、そう。変な男ね。まいいわ」
一瞬頬を引き攣らせつつも、彼女は興味を失ったのか酒場から出て行った。
「…………」
そうして残ったのは三人だけ。
さっきより空気が重い……そこへ。
「冒険者諸君! 私の名はオッペン・クローチャー! 公都アナハイムに向けて護衛を求めている! 我こそは思う者はこの――」
勢いよくドアを開けてウキウキで口上を名乗った青年は、そのまま固まった。
「……えなにこれ? ちょっと。なにがあったの?」
「あ、アナハイムなら僕受けますよ」
「え? うん。よろしく……」
「ならワシも受けようかのぉ」
「俺もだ。その依頼受けよう」
さらに残っていた二人も受けるらしい。
「……ええと、僕はクローチャー商会って今飛ぶ鳥を落とす勢いの新興商会なんだけど、その、君らランクいくつ?」
「Eです」
「Eじゃ」
「Eだぜ」
クローチャー商会の青年から生気が抜けたのは言うまでもない。
宿屋の倅、時空間魔術に目覚める √F 霧嶋 透 @td800
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