1-5 ポーターは便利屋ではありません

 それから三ヶ月が経った。


 冒険者見習いとして、毎日訓練を受けたまに採取依頼をこなす日々。


 訓練も始めた頃は何度も嘔吐したり倒れたが、今では体が痛いながらも何とか動けるくらいにはなった。


 採取系の依頼も数をこなして山でのルールを覚えたり、遭遇したリッパーラビットという牙のある兎と戦ったりして、順調に見習いとして成長している。


 クランでも同じく駆け出しの友達が出来たりして、割りとどうにかなっている。


 ただ一点…………。






「またかぁ」


 俺は学校の寮ベッドの上で全身の筋肉痛と手の血豆に苦しんでいた。


 だが俺の憂鬱の原因はそこではない。


 夢を見るのだ。


 それも、あまりにもリアルな。


 その内容は世界の滅亡でも、女の子とのエッチでも、誰かに殺される夢でもない。


 冒険者ギルドで訓練を受ける夢だ。


 気が付くと冒険者ギルドで指導員の冒険者と対峙している。

 そしていつもの様に訓練するのだ。

 そして終ると、また同じく最初に戻るのだ。


 それを五回ほど見ると朝になっている。


 しかも夢の中で傷付いた所はそのまま痛い。


 まさか夢遊病かと思いルームメイト達に聞くも「それはない。お前が降りてくれば流石に分かる」と二段ベッドの下で寝ている、いつも眠たそうな目のあだ名ねっちーに否定された。


 じゃあなんで怪我してるんだ? という話になると、部屋で一番頭がいい痩せ気味の“教授”ジョセフが「それは夢での思い込みと、寝ている間に痛みだした所が繋がってしまったのでは?」と見解を示してくれた。なるほど、流石は教授だ。


 これはもう完全に訓練中毒者ジャンキーである。


 夢の中まで訓練する自分を褒めてあげたい半分、呆れというか疲れが取れない事を嘆くのが半分。


 これじゃあ毎日、精神だけ六回も訓練している様なものである。たまったものではない。


 そんなんで重い足取りで、寮からユーノ先生に近況報告するべく学園に向かっているある日の事だ。


「おい、そこの幸薄そうなの」


「はい?」


 突然目の前にガタイの良い黒髪のイケメンとその取り巻きっぼい女の子達に囲まれた。


「えと、なんでしょうか?」


「一般科が俺達冒険科の真似事か? あまり調子に乗るなよ」


 何故か彼とその周りの可愛い女の子達に睨まれる。たがそれだけ言うと彼らは去っていった。


「なんだったの?」


 訳も分からず立ち尽くすも、結局意味が分からず職員室を目指した。









「君、勝手に冒険者登録してるでしょう」


 悪い事は続けて起こるらしい。


 近況報告に訪れた俺を出迎えたのはユーノ先生ではなく、冒険者科の主任の先生で、そのまま俺は教官室に連れていかれてしまった。


「何か問題がありましたか?」


「あるんだよ。冒険者登録を認めているのは騎士科、魔術科、神官科、冒険者科だけ。一般や商人は認められていない」


 寝耳に水だった。

 俺はてっきり学園の生徒なら誰でも登録できるのかと。


「君の事情はユーノ先生から聞いて知っているが、ちゃんと訓練してない一般の子が死んでしまうと問題になるんだ」


「じゃあ、俺は冒険者にはなれないんでしょうか?」


「本来ならば駄目だ。ただ事情が事情だ。理解してるし、何だかんだで登録し活動もしてしまっている。だから遡って登録前から冒険者科に転科して、席だけ置いておいた事にするぞ」


 息を吐く。

 良かった。こんな中途半端だと教えてくれた冒険者の先輩達にも申し訳ない。


「ただし転科と言ってもポーター(運び屋)登録になる。本来転科にも試験があるからな」


「ポーター?」


「雑用係みたいなもんだ。つまり冒険者としての待遇は認められないが構わないか?」


「宿屋になるのに冒険者は続けないといけないので助かります」


 こうして急遽、俺は冒険者科に移ることになった。


 しかしこれで俺も正式な冒険者科。何と言うか、いよいよって感じがする。


「よしっ、いっちょ学園一の冒険者を目指して頑張ってみますかっ」


 そういって心機一転、翌日から元気に登校する事にした。


 ――が。









 翌日の午後には既に俺は頬を引きつらせていた。


「じゃあそれ、全部片付けとけよ宿屋」

「私達の分もよろしくねー」

「しょうがないよな? なんせポーターなんだから」


 そう少年の一人が言うと冒険者科の少年少女達が笑った。


 うん。


 これどう考えてもイジメだよね?


 遡ることその日の朝。

 俺が冒険者科の配属されたクラスへ入ると、早速クラスメイト達に紹介された。


「今日から冒険者科に転科となったロック君だ」


「初めましてロックです。将来の宿屋です」


 そういって頭を下げるが、妙な空気が流れた。おかしいな? 普通に自己紹介したんだけど。

 そんな中、一人の女子生徒が手を上げる。


「あのー、先生。彼の職業はなんですか?」


「それなんだが、本当に宿屋らしい。だからここではポーターをして貰おうと思っている」


 その言葉に教室がざわめいた。

 ポーターだと何かあるのだろうか?


「うっ、嘘! ポーターなんて志望するやついるの!?」

「ってか、ポーターって事は俺達が使っていいって事か!?」

「よっしゃあああああああああパシリゲットおおおおおおおおおお!!」


「――え?」


 俺は生徒達の反応に思わず先生を見る。

 しかし先生は気まずそうに視線を逸らしただけだった。


 その結果がこれである。


「重っ! というかもうこれ、本当にタダのパシリじゃん!」


 俺は訓練用の武具を背負って倉庫に何往復もして戻す。

 そうしてやっと終わったと思ったらその後も。


「おーい、ポーター。これよろしく」


「あらポーター、ちょうどいいわ。これ片しといて」


「わりぃポーター、昼飯食い損ねたからなんか作ってくれよ」


「なぁポーター。俺、冒険者としてやっていけるか不安なんだけど……」


「あ、ポーター。実家の帳簿が合わないんだけど確認してくれね?」


「ポーター。実は俺、一目見た時から本当はお前のこと――」


「なぁポーター」

「おいポーター」

「でさポーター」


「うがあああああああああああああああああああああああ俺もう二度と授業には出ないわ!」


 結局、俺はいろいろあって一週間して再び不登校となった。

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