1-9 沼の森の捕食者
「とは言いつつ、もう殆ど合同パーティーみたいになってますけど、いいんですかねコレ」
それから一日。
無事に試験場所である目的の沼の森に辿り着いた俺達は、現在、優男達のパーティーとなし崩し的に合同パーティーと化していた。
何故かと言えば。
「仕方ないわね。目的地も試験内容も全部同じだと、必然的にこうなるわよ」
「分かってて変えなかったんだろうな教官共は。結局俺達が受ける予定だった試験は、ユースティ様専用試験で、今更変えられないから同じにしちゃえと。しかもそれでメンバーが十人にもなれば、ユースティ様の危険度は一気に下がるし」
ペッタンさんとプティンがユースティ様を巡って、ほぼ一方的に黒髪イケメンが優男に絡むという、道中からずっと見させられているやり取りを見ながら、このなし崩し的な流れをまとめた。
ちなみにこの現状を、それぞれの御者兼試験監督として一緒に来ていた二人の教官に確認した所。
「メンバーにユースティ様がいらっしゃるからな。本来は駄目だが今回は特例と見なす。最も評価はパーティー毎になるが」
「正直、バラけられるよりは非常時に対応し易いしね。護衛は付くけど、どうしても距離でちゃうからさ」
との事。
そういう訳で装備を近くの村で一度整えた俺達は、黒髪イケメンをリーダーとして正式に合同パーティーを組む事になった。
試験内容はここで三日以内に、森に生息するヌー・ダトと呼ばれる巨大な鹿系の魔物の角を取ってくる事。別な魔物でも討伐証明があれば構わないそうだが、基本はヌー・ダトで良いらしい。
「所で、パーティーって初めて組むんですけど、役割はどうなるんでしょうか?」
俺は全員に向けて尋ねる。何せ冒険者登録してからパーティーを組む事自体が初めてなのだ。
それもこんな大所帯。
「そうだな。冒険者で斥候を受けている奴はいるか?」
「………………出来なくはない」
「あっしは本職でさぁ。キヒヒヒヒ」
ノッポさんがまず挙手。
次にローブを来ていた、眼帯をした小柄で顔の骨格が歪んだ男が声を上げる。
――ってか誰だこいつ。こんな濃い奴何処から出てきた!?
殆どが俺と同じ顔でギョッとしている。それを見て、してやったりと風に眼帯さんが笑った。
「あっしのギフトでね。認識を弱めてたんですよ。黒髪の旦那と、のほほんとした兄さん、そっちのお嬢様にはバレてましたがね。あらためまして冒険者科のヴァメロ。斥候は既に二年次分まで先に学ばせて貰ってまさぁ。キヒヒヒヒ」
「…………私の名前はバッファーだ。同じく冒険者科。槍士としてなら、学園から指導側に回る許可を貰うくらいには自信がある」
とんでもなく優秀なお二人だった。
模擬戦には出てないのでランキングは低いが、流石は侯爵家ご令嬢のパーティーに選ばれるだけはある。
何はともあれ斥候はヴァロメさんこと、眼帯さんとノッポさんに決まった。
「次に盾役の騎士だが――」
「フハハハハハハ! この俺プティン様に任せて――」
「俺とそっちの女騎士でやる」
「なんでぇ!? 俺は!? 俺はなにすんの!!」
「荷物持ちだ」
プティンは黒髪イケメンの言葉に真っ白になっていた。
女騎士さんも自己紹介して、遊撃は優男が選ばれ、回復は神官ちゃん、後衛は弓使いのペッタンさんと、魔術師のユースティ様。
「――あれ? 俺は?」
「お前はポーターだろう。ほら荷物持て」
そういって俺に荷物を放り投げる黒髪イケメン。
すると俺の肩に誰かが手を置いた。
「一緒に頑張ろうな♪」
振り返ると全身に荷物を抱え、濃い顔をニヤニヤさせるプティンがいた。
「よしッ! そろそろ休憩だな!」
「そんか訳あるかァッ! 貴様ッ、まだ歩き始めて一刻も経っておらんのにその言葉、五度目だぞ!!」
「あはははははははっ」
事あるごに休憩を訴えるプティンと、それにキレる黒髪イケメン、そしてそれを見て爆笑する優男のやり取りが常態化してきた頃だ。
「…………あの、もう魔物の住む領域に入ってますんで、毎度そのハイテンションで会話するの自重して貰えませんかね?」
静かに微笑みながら、けれど頬を引きつらせて眼帯さんが振り返る。
「任せろ!」
「分かっているッ!」
「はーい!」
「………………なら、いいんですがね。キヒッ」
眼帯さんが死んだ様な目をして、そっと自分の胃の辺りを抑えたのを俺は見逃さなかった。可哀想に、見た目に反して苦労性だなこの人。
とはいえ、俺も周囲を気遣う余裕もない。
重いのだ。
流石に共用のテントや薬草の練成用器具なんかを担いで、森の中を歩くのは辛い。
おかげで早々に息が上がってしまった。むしろあれだけハイテンションなプティンは凄いと思う。
「だらしないわねー。男ならもう少し鍛えておきなさいよ。そんなんじゃ、学園卒業してから死ぬわよ?」
そう駄目な弟でも叱る様に言ってくるのは、ランキング四位のペッタンさんだ。
「そう……ですね……。ただまさか……冒険者になって荷物運びをするとは思っていませんでした」
「はい? あなたポーターなんでしょ」
「いえ……宿屋です」
「?????」
ペッタンさんは本気で訳が分からないと首を傾げている。美人だとそれも絵になるので凄いな。
「えっと、学園で冒険者の授業を受けているのよね?」
「いいえ。不登校児ですよ俺」
「不登校って……何してるのよアンタ! そのお金はご両親がわざわざ出してくれたお金なんでしょ!? 申し訳ないと思わないのっ」
残念ながら学費は聖女様の手切れ金です。
「ほんとっ、しっかりしなさいよアンタ。いい? 私達は将来、冒険者として――」
それから何故か説教までされるという、酷い道中となった。
「…………なんか、森の中とは思えないハイテンションですね」
「元気ですよね皆さん」
「………………私も、同意する」
「ま、まぁ、ギスギスしながらより、良いではありませんか。おほほほほっ……ええ」
後ろで女騎士さん、神官ちゃん、ノッポさんが呆れているのが分かった。
というか何故かユースティ様の方がフォローしている。侯爵家のご息女様にそんなフォローをさせるこのメンバーはある意味で大物だと思った。
「――お待ちを」
そんな風にしてさらに一刻ほど歩いた時だ。突然、眼帯さんが立ち止まった。
それに呼応して全員が武器に手を掛けて立ち止まる。
そんな緊張した空気の中、黒髪イケメンが怪訝そうに彼が見ている足元を覗き込んだ。
「どうした?」
「ヌーの足跡でさぁ。しかもまだ新しい」
メンバーが息を呑む。
「それは……“どっち”だ?」
しかし、黒髪イケメンから続く言葉は予想とは異なっていた。
「残念ながら“小さい方”ですね」
そのやり取りに全員が嫌な予感を覚え、眼帯さんの元へ集まる。
そこには大きな足跡と、さらに巨大な何かの足跡が残っていた。
「…………ヌーは恐らく追われていた」
そう告げたノッポさんの視線の先には、赤い泥の様なものがベッタリついて、不自然に斜めに傾いた一本の木があった。
「沼の森にヌーを主食とする魔物はおりますの?」
ご令嬢の質問に女騎士さんが答える。
「二種程可能性があります。沼地に潜む中型のワニの魔物タールアリゲータ。陸上で獲物を狩る猫の魔物ワーターです。しかし、このサイズは――」
優男が引き継ぐ。
「うん、これどう見ても俊敏な大型の爬虫類の足跡だよね? タールアリゲータもワーターも有り得ないよ」
未知の魔物。
それも俊敏性の高いヌーを陸上で追い詰められ大型の爬虫類。
「まさかドラゴン?」
「あり得んだろ。ここは森だ。木々の感覚が狭過ぎて翼のあるドラゴンは飛ばん」
「そもそもこいつ走ってるじゃない。と言うか“俊敏な大型の爬虫類”ってのが、かなり限定的よね」
「………………間違いなく亜竜、ビックマウスやアロと言った肉食陸竜」
プティン、黒髪、ペッタンさんと続き、ノッポさんの結論に皆が渋い顔をする。
――が、俺はそんな事より遥かに動揺していた。
なんで足跡だけで魔物を特定できるの?
なんで当たり前の様にそこに至る理屈とその答えを共有出来るの?
え? 俺だけ? 俺だけ話についていけてないの?
俺は別な意味で気まずくなるが、さらに黒髪イケメンが予想外の判断を下した。
「――撤退しよう」
えっ?
ここは、大物を狩るぞ! と意気込みそうな普段とは、まるで考えられないくらい冷静な決断だった。
「なぁんだ。狙わないんだ、亜竜。今なら合同パーティーだよ?」
「そうよね。あんたなら真っ先に討伐するぞって言いそうだけど」
「下らん。亜竜を相手にすれば、例え勝てても何人か死、もしくは再起不能になる可能性が極めて高い。そんなリスクを犯すのは素人のする事であり、今の俺達の最優先事項はこの情報を持ち帰る事だ」
実に的確な判断に思えた。思わず見直してしまう。
「け、けど、足跡と血だけで、その、みんな納得してくれますかね?」
俺と同じ様に知識の乏しそうな神官ちゃんが、おずおずと尋ねる。
確かに森に危険な魔物がいると言っても、その根拠が足跡とヌーの血では弱い。
黒髪イケメンは確認の為だろうか、斥候の二人に視線を送った。
それを受けて眼帯さんが表情を暗くする。
「――正直なところあっし単独なら、無理とは言いませんがね。けど、その間は本職の斥候なしで大丈夫ですかい? 遭遇したら逃走するにも一人、二人死にますぜ?」
「…………私もあくまで本職は戦士だ。全員の命を預かる自信はない」
ノッポさんも首を振った。
全員の視線が黒髪イケメンへ集まる。
「――足跡は二つだけだな?」
彼は周囲を確認していたノッポさんに尋ねると、肯定の返事がくる。
「亜竜はこの様子からヌーを仕留めているはずだ。現在、空腹という事はないと思われる。また足跡から番の可能性もないと判断する。何より陸竜は群れを作らない魔物だ。よって――」
彼は悩んだ末に答えを出す。
「半刻だ。半刻だけここでキャンプを張る。その間、ヌーを追っていた魔物の正体を探って来てくれ」
それに全員が頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます