1-3 宿屋、体力のなさを露呈させる
「ギルドのルールに関してはこんなところかしら」
俺は受付嬢さんことエミリーさんの言葉に頷く。
登録を済ませた俺はギルド二階の会議室らしき場所で、基本的な事柄の説明を受けている。
今ちょうどギルドのルールについての説明が終わった。
「今話した中だと、軽度の冒険者同士の揉め事にギルドは不介入、各ギルドでの犯罪行為及び禁止行為、年一度のカードの更新、依頼条件の事前確認。大体気をつけるのはこの辺りね。専属受付嬢とか、ランクアップとか、パーティー登録なんかはその都度説明するので今は割愛するわね」
「はい」
「次にレベル。元宿屋だと気にしてないと思うけど、魂の格については知ってるわよね?」
強くなるにはどうしたら良いか?
そう考えた時の選択肢は体を鍛える、技を磨く、武器を調達する、経験を積む等があるが、それに加えてレベルを上げる、という方法がある。
レベルとはすなわち、魂の格。
そして魂とは、筋力、タフさ、俊敏性、知力、直感、視力、聴力、魔力、若さ、免疫力等など様々な人間の基本的な力そのものである。
その魂にも格、すなわちレベルが存在し、魔物を倒したり、様々な経験を積む事でそのレベルを上げる事ができるのだ。
そのうち様々な経験によって上がるのを「職業レベル」と呼び、魔物を倒して上がるレベルを「戦闘レベル」と呼ぶ。
「職業レベル」はいわゆる経験や技術ではなく、その経験や技術を活かす事の出来る様に体を強化している。
なので一般人でも当たり前に持っており、鍛冶師や芸人、料理人など腕前が大事になってくる者達には一つの指標になっていたりする。
ただ職業レベルはほんの少しずつしか上がらず、どれだけ極めても戦闘職を除き、大して体が強くなる事はない。
むしろその道の熟練度を示す指標に近い。
なので戦いにおいて圧倒的に重要になってくるのが、文字通り強さの格を表す「戦闘レベル」である。
これは魔物、或いは魔力を持つ生物全般と戦い、殺す事で強くなる。ゆえに実力の世界では、この値が大きな目安になり、高ければ高い程に多くの魔物を倒している証でもある。
ただ、とにかく魔物にトドメを刺せば良いと言う訳ではない。
これは魂の格を高める原理が魔力に由来するからといわれており、敵と戦い実際に傷つき傷つける事で魔力の繋がりができ、それが倒した後に魔力を受け取る下地になっている、と言われている。
ゆえに雑魚を大量に倒しても、死に掛けの強大な魔物にトドメだけ刺しても、無駄ではないがさして強くならない。それでも毎回命を掛けるのは死にたがりのする事で、基本は安全な格下狩りだが。
なお、かつての勇者様ですら「なんでパワーレベリングできねぇんだよおおおおおおおおこんなハードモード死んじゃうううううう」と、訳の分からない勇者語録を叫び、レベルを上げる近道がない事に憤ったというのは有名な話だ。
「今のあなたはまだレベル1だからね。これから魔物を倒して、まずは比較的危険のない迷宮の一階層か、城郭の周囲で5を目指しなさい。5まで上がれば安全性がぐっと高まるわ」
エミリーさんの講義は実に分かり易かった。
他にもモンスターとは通常の獣と異なり、魔力を持ち体内に魔石を有する生物である事や、魔術には階位があり、上がれば新たな魔術を使える様になる事とか、魔技と呼ばれる物は職種によって存在し基礎中の基礎であり、いち早く覚える事、他にも授かった者だけが持つギフトと呼ばれる固有能力……などなどを教えて貰った。
「あとは――そうね。一度クランに入ることをお勧めするわ」
「クラン?」
彼女の口からまた初めて聞く単語が出てきた。
「クランっていうのは、同じ志を持つ冒険者の組合よ。大規模な所だとギルドを超えて数千人とかになるわ。規模も理念もルールも拘束力も様々。けど右も左も分からない新人にとっては有り難いはずよ」
クランかぁ。
あまり束縛されるのは困るけど、確かに後ろ盾があるのは有り難い。
「そういえば大手クランの“虹羽結社”が入会説明会をするらしいから、その気があるなら行ってみると良いわ。虹羽は王都を拠点に各都市に支部があるしっかりした組織だし、新人育成にも定評があるからオススメね」
「分かりました。ちょっと考えてみます。あ、もし行くなら武具は揃えた方が良いですか?」
「そうねぇ、虹羽は専属鍛冶がいるから、安く売ってくれるか貸出をしてるはずよ。ギルドでは武器が壊れて傷を負った時の責任問題とかあって無理だけど、鍛冶師を抱えて鍛冶の大手クランとの提携もしてる虹羽だからできる芸当ね。これがなかった頃は新人の子達は皆借金して、お金を返しながらの生活で、破綻したり犯罪に走ったりが多くて冒険者の悪評が酷かったわ」
なるほど。手持ちが厳しいから、貸出を期待してみようかな。
「さ、大体こんな所ね。それじゃあ、次は指導員の人ね」
一通り話を聞いた後、二人して一階に降りると、彼女はギルドに併設された騒がしい酒場に向かって叫んだ。
「ロンさーん! 訓練生頼めますかー!」
すると酒場の方からずんぐりむっくりしたおじさんがやってきた。
「どうしたエミリーちゃん。新人か?」
「ええ。彼、全くの素人だから面倒見て欲しいのよ。頼めるかしら?」
「おう、かまわねぇよ。坊主、名前は?」
俺はつい仕事のクセで頭を下げる。
「ロック・シュバルエと言います。よろしくお願いします」
「ロックか。俺はロン。よろしくな。名前も似てるなガハハハ」
その様子にエミリーさんも微笑む。
「ロック君、ロンさんはケガで引退した冒険者なんだけど、元Bランクで面倒見も良い人だから、親身になってくれると思うわ。頑張ってね」
「はい。ありがとうございます」
「んじゃ坊主、早速見てやるから地下にある訓練場行くぞ。エミリーちゃん、地下借りるぜ?」
「ええ。今は誰も使ってないはずだから大丈夫よ」
俺はロンさんに促されるままに地下へと連れて行かれた。
地下は思ったよりも広く、部屋と言うより空間に近い広さだ。
「んで、素人っつっても村人なら、武器くらいは持ったことあんだろ?」
「いえ、殆ど」
「マジかよ……お前さん何やってたんだ?」
「実家が宿屋で、自分も将来宿屋になるつもりだったので……」
あー、とロンさんは頭をかく。
「ホントに体力を含めて素人か……よしっ、分かった。とりあえず適正を含めてまずはお前の現状を知るぞ。最初は走り込みだ」
「はいっ」
こうして俺の訓練が始まった――のだが。
「………………こりゃ、前途多難だな」
それから少しして疲労困憊で地面に寝転がっている俺。
「はぁ……はぁ……はぁ……体力なくて……はぁ……すみませんっ……」
無理……宿屋で水汲みや洗濯、薪割り程度はやってたけど、使う筋肉とか持久力が全然違いすぎる……っ!
「こりゃあ長丁場になるぞ。普通は一週間の指導だが、お前さんは基礎体力作りに一月、技術習得に一月……最低でも二ヶ月はやらなけりゃあモノにならんぞ。どうする? 俺は構わないが、お前さんにそれだけの覚悟があるか?」
真剣な表情のロンさんに俺は強く断言する。
「はいっ。頑張ります、宿屋になる為に!」
「おお、そうかうか。夢の宿屋の為なら――は? え、宿屋??」
こうして些か不安な俺の冒険者見習い生活がスタートした。
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