1-14 初老の剣士の懇願(※別ルート分岐点)
「……それで」
森の惨劇は終わった。
勇者として時空間魔術を覚醒させた俺は学園の試験の最中に襲撃してきた沁黒を全て殺した。あとは殺されてしまった者達。そして……。
剣の血を拭い鞘に仕舞いながら問う。
「アンタは見ているだけか?」
もう一人。
この森にいてなお、常に俺の死角へと移動し最後まで殺意を見せなかった人物へと言葉を投げ掛ける。
「……やはり気づいていらっしゃいましたか」
剣士だった。
白髪をオールバックにした初老の剣士。けれどその佇まいは達人のそれ。
強いんだろうな。恐ろしく。
数分前の俺なら何も出来ず殺されるだろう。だが今ならば魔王以外の有象無象にしか感じられない。
「アンタはこいつらの仲間か?」
「いえ、私は彼らを――」
そう口を開いたが、一度止めて言い直す。
「……はい。私は彼らの雇い主です」
「なぜ言い直した?」
「……もし、私が嘘を吐いたらどうなさいましたか?」
「時間を戻し真偽を確かめた」
今のはハッタリである。
時間のそこまでの巻き戻しは残念ながら今は『まだ』出来ない気がする。
「でしょうね。貴方様が何者かは分かりませんが、間違いなく世界最強であらせられます。それも強いのではなく、有り得ない領域で。全人類において、並ぶ者無しかと」
「断言するな」
「これでも私はとある国では最強でして。その私が千度戦って千度敗れる結末以外に答えが見つかりません。はっきり申しまして時空間を自在に操る相手など、人間風情が挑んでよい相手ではありません」
自分の力をある程度知っている俺からすれば懸命だと思った。
「だから命乞いか。……そもそもなぜ俺達を襲った?」
「狙いはご令嬢でした。彼女を生かしてとらえる事が目的。そして彼女を利用して侯都を我が軍のものとする手筈だったのです」
「……軍人だったのか」
「はい。我らにはどうしてもこの地を抑えねばならない事情がございました」
「事情?」
「我が祖国では、とある魔王、死者の王の復活が迫っているのです。その為に祖国から民を退避させねばなりません」
衝撃的な話だった。
あの夢の様な世界で見たうちの一体が復活しようとしているなど。
「そしてここまでお話した理由は一つ、勝手な話なのは百も承知、けれど魔王と戦えるのは貴方様以外にはいない! どうか我らに力をお貸し下さいませ!」
驚いていると間髪入れずに地面に平伏し頭を下げる剣士。
ただ、流石にすぐには答えられない。
こちらとしては魔王や勇者なんて話もよく分かってはいないのだ。
それに彼らは俺のパーティーメンバーを殺した者達の雇い主。一方で、この力が魔王を倒す為のモノなら否応なしに戦うしかない気もしている。
“今はやめとけ、ロック”
「……え?」
困惑していると不意に脳内で言葉が聞こえた。
声の主は覚えている。間違いない先の夢の後に会った自称、先代勇者だ。
「先代?」
“やめておけ。今のお前じゃザックーガには勝てない。俺でさえ五体の精霊王と共に挑み、それで退けるのがやっとだった。もう一度言う、今はやめとけ”
どうやら俺の頭に直接喋り掛けているらしい。
「今はまだ?」
“そうだ。先に権能を開放しろ。それにいざ復活となればゲートが開くが、聖国にあるゲートはまだ大丈夫だ。もしそこが開けば、俺が分かるから問題ない”
そうなのか。向こうはだいぶ慌てているようだが……と言うか。
「聖国ってどこ?」
そんな国は聞いた事がない。
「――今、なんと?」
「え?」
しかし初老の剣士が予想外の喰い付きを見せた。
「ご存知なのですか、祖国の本当の名を!」
“おい。コイツの国の名はなんだか聞けロック”
「アンタの所属している国はなんというんだ?」
「かつては聖国と……今は教国と名を変えております。大精霊の教えと共にあるという意味にございます」
“…………そうか。そうだよな。あいつらはみんな殺されちまったから、もう巫女達もその声が聞こえるはずないものな”
先代が妙にしんみりした声で納得していた。俺には分からない話のようだ。
「……それで、我らをどうか助けて頂けますか?」
気づくと初老の剣士がじっとこちらを、見ていた。
「断言は出来ない。そもそも俺のパーティーを殺しておいて随分と都合のいい話だ。しかし本当に魔王ならば……否応なしに戦うかもしれない。ただ、今はまだ駄目だ」
「今はですか」
「ああ。今のままでは勝てない。それにまだゲートが開くには猶予がある」
剣士が驚き口にする。
「門をご存知とはやはり……貴方様は本物の……本当の……! この教国軍、先代騎士団総長バルトス・メラ! 我が祖国の数十万の者達を代表し御礼申し上げます! 必要とあれば、我ら教国軍は雑兵に至るまで勇者様に命を捧げる所存!!」
そういうと彼は涙を流し震えながら深々と頭を垂れる。
まさに感動の場面。なのだが訂正箇所があったので突っ込んでおく。
「いや俺は勇者ではなく宿屋だ」
「ありが――……………?」
初老の剣士が顔を上げてキョトンとした顔をした。
「そこ、すごく大事だから」
「はあ。つまり、勇者様は元々宿屋を営んでいらっしゃったと。そしてこれから勇者様となり魔王を倒すのですね?」
「違う。宿屋が宿屋のまま仕方なく魔王を倒すから勇者ではない。言わば……仕事の傍ら行う社会奉仕。そう、ボランティア勇者だ!」
「???」
うん、ボランティア。しっくりくるな。
……しかし「いや、何言ってんのコイツ?」みたいな顔で見ないで欲しい。
「つまり目立ちたくはないのでしょうか?」
「ああ、まずは宿屋を開業するのが俺の目標だ」
「なるほど。そうなのですね」
「ああ、そんな感じなんだ」
噛み合ってるのか噛み合ってないのか、分からないが俺の熱意はきっと伝わったから大丈夫だろう。
すると剣士はそのマントのポケットから何かの種を取り出し恭しく差し出した。
「これは?」
「魔力を込めれば花が咲きます。何処にいても連絡が可能な代物です。どうかお受け取り下さい」
「……分かった。とりあえずアンタらの国について俺は知らない。だが魔王が復活するのなら、俺に言え」
「はい!」
そう言うと剣士は礼をする。
その姿は本気なものでこちらが気圧されそうになる程だった。
「――ならもう行け。俺はアンタ達にやられた後始末をする。隠れてつけていても分かるから、やめておけ」
そう言うと俺と彼を追い払った。
「しかし、せめて沁黒達が殺した者達を」
「いい。彼らは俺が治す」
「は? ……っ」
一瞬、表情を止めた剣士は瞬時に目を見開かんばかりに驚愕し、それから全てを呑み込んで神にでも祈る様に信神深く頭を下げた。その後、彼は消えた。
「さて…………治すと言ってもどうしようこの状況。いや死んでるよなこれ」
一方、あらためて死屍累々。
男が謎の種を残して消えた今、この場の生存者は俺一人。
気付けば自分の周囲には敵味方合わせて死体だらけである。しかも半分以上を俺が一人でやったのだ。
動機はずばり、宿屋になれそうになかったのでむしゃくしゃしてやった。怖すぎだろ。どんなサイコキラーだ。
「本当、参った……いや、それより時間逆行で蘇生って出来ないか?」
俺は時空間魔術の一つを思い出し、慌ててパーティーメンバーと教官の死体を探して並べる。
またその途中、かなり離れた場所で心臓を一突きにされた、もう一人の教官の遺体も発見した。これで全員だ。
「――時間逆行」
しばらく掛け続けていくと、本当に欠損した体や切り離された頭が元に戻る。
もしかして本当に成功した?
慌てて駆け寄り、一番酷い死に方の黒髪イケメンの心臓を確認する。
「動かないか」
やっぱり、ダメなのか……。
でもそれも仕方ないのだろう。蘇生なんて癒しの聖女様でも無理だし、出来たらそれもう神様の奇跡であって、数百年前にいた聖人様の復活とでも崇め奉られ――あ。
「――魂魄祖逆」
そういえば。と気付いた時には、肉体ではなく魂を戻す魔術を使っていた。具体的には特殊な文字列が欠けているのが見えたので、それを修復したのだが。
すると死体だった彼らが急にビクッとして、よく見ると意識はないが呼吸をし始めていた。
「………………出来ちゃったよ。神の奇跡」
何処となく出来る気がしていたが、実際に上手くいくと皆が助かった安堵で全身の力が抜けた。
ただ、それでも治せない者も一人いた。
「やっぱりあの教官だけ生き返らない……あの文字列が魂か何かだったのかな?」
よく見ると一人、別な場所で心臓を刺され死んでいた教官が動いていない。
実は彼だけがその文字列が綺麗になくなっていたのだ。
どうやら欠けたものは戻せるが、なくなってしまったものは戻せないらしい。何が原因かは分からないが、恐らく離れた場所で死んでいた事を考えるに、時間経過なのかもしれない。
「でも……欠けていただけの他の全員は、無事に生き返ったっていう……」
絶対性はないのだろうが、流石にこの結果には自分で自分にドン引きした。いや、喜ばしい事なんだけど、なんかもう、何でもあり過ぎでは?
むしろこの力を使って勝てない魔王って一体何なの?
「――ん?」
違和感と共に突然、左目からガチンッ! と普通は聞かない嫌な金属音が響いた。
「いたっ……ぐっ」
さらにガチンッ! ガチンッ! ガチンッ! と立て続けて金属音が鳴り響き頭痛に襲われる。
「くっ、なんだこれッ!?」
慌てて左目を抑え暫く音と痛みに堪えていると、何時の間にか音が止まり痛みも消えた。代わりにその手の中に時計があった。
「えっ、戻ったのか? でも今……凄く不快な音が――」
そう思い覗き込んだ時計を見て気付く。三本あるうちの、一番短い針が十一の数字を指し示していた。その意味に。
「これ……もしかして」
この時計は盤面にゼロから十一の計十二個の数字が書かれており、それらの数字を長さの異なる三つの針が指している。
それらが指し示す意味についての知識が、時計を左目に入れた時に入ってきていたのを思い出す。
最も長い針が残存魔力。これはまだ五の数字を指している。つまり残り七回分。
次に長いのが“保存読込”と呼ばれる魔術の使用回数だったはず。これも同じく五の数字を指していて、長い針と重なっているので残り七回分。
そして最後に最も短い針が“魂魄祖逆”。つまり生物の蘇生回数。これが十一の文字を指している。つまり残り一回分。
「――まさか、十二回使えたのを今ので十一回分も使ってしまったのか?」
そうとしか考えられなかった。
先程のガキンッ! ガキンッ! という金属音はこの時計の針が動いた音なのだろう。
「もしかして俺、貴重な蘇生を殆ど使い切ったんじゃね?」
………………あれ?
これ、めちゃくちゃやばいんじゃ?
“だがもし神器にストックした魔力が切れた時に魔王が出現すれば、世界は滅ぶ”
自称勇者様の有り難いお言葉が甦る。
もし今後、魔王と戦う際にこの蘇生が重大な役割を持っていれば……。
「選択肢としてあまりに非合理的だよな」
――見捨てるべきだったのでは?
頭に浮かんだ結論は端的だった。
ゆえにとりあえず。
「…………………………全部見なかった事にしとこう」
知らないとは生きる上で大事な事だと思うのだ。
だってもうやっちゃったしね。考えてもしょうがないしね。何より皆生き返ったしね。だから極めて建設的な思考で俺はそこで深く考えるのを止めた。
「いやぁ、皆助かって良かったっ。うんうん」
一人で喜んでいると「……うそっ!?」と言う声と共に死体が驚いてこっちを向いた。
「死人が生き返ったんですの!?」
「ーーは?」
「あっ、しまっ」
そういうと、死んでいた神官ちゃんの首に手を置き驚愕している侯爵家ご令嬢、ユースティ様が慌てて倒れ込んだ。
「……は? いま」
他の死体はまだ起きる気配はない。
なのに一人だけいきなり起き上がったのだ。と言うより、さっきの言葉は……。
「まさか……生きてた?」
その言葉にビクッ、と倒れている彼女が如実に反応する。
しばらくの無言。だがその圧力に負けたのか彼女が瞼を開いた。
「……あ……いえ、その」
ーー見られた。
恐る恐るこちらを向く彼女に、俺は混乱する。どう考えてもこの力はバレて良いものではない。
何処から見ていたのか。まさか全部ーー。
だがちょうど、生き返った者達が咳き込んだり苦しんだり体を動かし始めた。
「う、ううん……あ、あれ? 俺、確か死んだんじゃ――」
「わっ! ……え、なんだ!? なんだ、どういう状況だ!?」
と皆が起き上がり騒ぎ出した。
俺もどさくさに紛れ今起きたと言う演技をする。
結果、全員事情が分からぬまま敵と一人の教官だけが死んでいる光景に呆然となった。
その後、俺達はこっそりご令嬢の護衛をしていた騎士達と合流し、死んだ教官の一人が間者だった事が分かったりしながら侯都に帰還した。
事の顛末を伝えると当然の様に修了試験は中止。
俺達は各自別々に騎士団で聞き取り調査を受けた後、個別に流れ解散となった。
ただ、アロ討伐については認められるらしい。
既に黒衣達と裏切った教官の死体調査に騎士団が向かっているから、そこで討伐の確認もするそうだ。
で、他のメンバー達とバラバラになった俺は、その足で人目を避ける様に寮に帰った。
最後にユースティ様が俺を引き留めようとしていたが、無視して逃げ出して来た。
俺は時間的に未だ授業中の為に無人の部屋に戻るとそのままベッドにダイブする。
凄く、疲れた。
時空間魔術に神器、勇者に魔王に、暗殺者。教国軍と死者の魔王に挙句は死者蘇生……この短期間で怒涛の展開過ぎて頭も体も付いて行かなかった。けれど、無視できる問題でもない。
これから俺はどうすべきなのか。
そう一人で頭を悩ませていると、突然ドアがノックされた。
まさかユースティ様か?
そう思いつつドアを開けると、そこには予想外の人物がいた。
「……エルフ師匠?」
そこには古参冒険者の一人、緑のローブを着た耳の尖った四十代くらいの男――エルフ師匠がいた。
「こんにちわ。突然お邪魔して申し訳ありません。単刀直入に聞きます、先代勇者様とお会いになられましたね?」
「えっ?」
俺の反応を見て、彼は目を細める。
「……とりあえずここではマズイので、中に入れて頂いても構いませんか?」
「あ、はい」
ドアを開けて招きいれる。
何でこの人が学園にいるのか、なんであの時の事を知っているのか、様々な疑問を抱えて向き合った。
「色々と混乱していると思いますが、まずはお話をする前に、あなたの力を確認させて頂きたい」
「それってやっぱり…………これですか?」
俺は近くにあったコップを宙に放り投た。
「時間遅延」
そしてそれに向かって手をかざすとコップは空中でその動きを急激に遅くする。
時間遅延と空間捻転。
実はこの二つは時計が体から分離してからも、どうしてか使える確信があった。実際、文字列は見えないが、あの時の様に意識して手を翳すと成功した。
もしかしたら、自覚がないだけで元から使えていたのかもしれない。
その様子に糸目を見開いたエルフ師匠が、突然片膝を付いて頭を垂れた。
「やはり、あなた様は真なる勇者様にございましたか!」
ーーほらな?
ふと、俺と同じ顔の先代勇者様のしたり顔が頭に浮かんだ。
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