1-7 とある女学生の後悔
メイドです。
違いました。冒険者科の一年生リースです。
私が冒険者科に入ってもう五ヶ月が経ちます。
日々訓練に明け暮れ、同じクランで紹介して貰った師匠から魔技も教えて貰い、冒険者科の仲間と切磋琢磨する、充実した学園生活を送っています。
何より学園での時間は一日だって無駄に出来ません。
私は元々伯爵家に仕えるメイドの子供でした。なので私も見習いメイドとして早くから働き始め、将来は伯爵家のメイドになると漠然と思っていました。
しかし鑑定の儀で無拍子という、予備動作を消す事が出来る貴重なギフトを持っている事が判明した事でそれは一変。
神官様やお屋敷の専属冒険者さん達に、このままメイドとして働くのはあまりにも勿体無いと説得され、自由な冒険に対する憧れもあって、私は冒険者になろうと決めました。
幸い家族も伯爵様も後押しをしてくれて、メイドの傍ら鍛え始め今では学園に通う事が出来ました。ただし、このお金は将来的に伯爵様にお返ししなくてはなりません。
なので学園にいるうちに頑張ってCランクになり、いつかSランク冒険者になる事が目標だったりします。
メイドはその後でも遅くはありませんから。
そしてそんな目標に向かって打ち込む日々の中で、クラスに変わった男子生徒が転科してきました。
「ロック・シュバルエと申します。将来の宿屋です」
一般科からの転科なんて聞いた事がありません。しかも自己紹介は何故か宿屋です。普通、剣士や槍士、弓師等ではないのでしょうか?
おかげでクラスの中が微妙な空気になります。
しかしそんな中、一人のクラスメイトが質問した事で状況が変わります。
「彼にはポーターをして貰おうと思っている」
え?
正気ですか??
ポーターとは、奴隷や怪我をして再起出来なくなった冒険者達がやる、あのポーターですか?
私の混乱を他所にクラスメイト達は歓喜に包まれます。
気持ちは分かります。なにせクラス共有の雑用係が誕生した様なものです。
しかし一般科から努力してわざわさわ冒険者科に転科してきた人に、そんな夢を潰す様な真似をさせるのは酷いと私は思います。
案の定、初日からクラスメイト達は彼をこき使い始めます。
「おっ、ポーター、これ洗っといて」
「俺のも頼むねー」
クラスメイト達が汗臭くなった防具を、彼に放り投げます。
彼も断るのですが、それがポーターの仕事なんだよ、とクラスメイト達が嘘を教えると、強く拒めない様です。
「では、私が洗って差し上げましょうか?」
「あ? なん――げっ、組長」
私は組長と呼ばれる役職を与えられていますので、ついでにこのクラスのまとめ役も仰せつかっています。そんな私の登場にクラスメイト達が目を逸らします。
「私はメイドですから、私に頼むのも問題ありませんよね?」
「あっ、いや、俺達は洗濯場を教えてやろうかと思って。なぁ?」
「そ、そうそう。でも組長がいるなら、大丈夫そうだな」
「じゃあ俺達もう行くからっ」
そういって彼等は退散します。
良かった。素直に聞いてくれるタイプの人達で。下手をして集団で暴力を振るわれれば、どうなっていたか。
「大丈夫ですか?」
「あの、なんでメイド服を着ているんですか? というか組長?」
「彼らはあなたを都合良く使っているだけですから、次からはちゃんと断ってしまって良いのですよ」
「え? いや、あの、だからなんでメイド服をーー」
「もし、断った事で暴力を振るわれたなら、私に言って下さい。担任の先生と然るべき相手に相談致します」
「いやだからですね――」
「そもそも、あまりこんな事を言いたくはありませんが、ロクな抵抗もなさらない貴方にも問題があります。一般科からようやく冒険者科に頑張って転科した所かもしれませんが、早く鍛えて人より強くなる事を推奨させて頂きます。この科では弱い事は罪なのです。では」
これだけは言わせて頂きました。
これで少しは奮起してくれれば良いのですが。
「すげぇ、あのメイドさん、最後まで真っ当な言葉のやり取りが出来なかったぞ」
私は彼が冒険者として少しでも上に行く様に願っています。
ですが、残念ながら改善は見られませんでした。
可哀想に。五日も経つと彼はクラスメイト達に当たり前の様に扱き使われ、様々な事をやらせられています。
これではまるで奴隷です。
「ポーターァァァァァァ!! またあのカレーって料理作ってえぇぇぇぇぇ!! 俺ももう十二時間も食べてないのおおおおおお」
「はいはいカレーですね。ちょっと待って下さい。朝ごはんを抜いた皆さん、調理器具の用意を。しっかり味を覚えて、うちの宿屋の常連になって下さいね」
「なに!? ポーターの手料理だと? 任せろ!」「私もあのサラダ食べたいわ! あんな美味しいドレッシング食べたこと無いのよ!」「へへっ、もうあいつの料理のない学園生活なんて考えられないぜ」
しかもよりにもよって始業前から教室で食事を作り始めたりしています。
「先生! 彼はいじめを受けています。今すぐ止めるべきです」
「ん? ああ、そうだな組長。でもこのカレー食ったらな」
何と言う事でしょう。担任までもがイジメに加担しています。
「ポーター! 頼む! 今日こそまた俺の防具を洗濯してくれ!」
「いいえ! 今日は私のよ!」
「馬鹿野郎っ、今日は俺のだ!」
訓練後にも皆して彼に防具を押し付けあっています。何と言う事でしょう。
「はいはい皆さん、順番ですから待って下さいね。あ、これ昨日のヤツです」
そんな彼等にポーター君は必死に笑い掛けます。そして自分の身を守る為か、同じクラスメイトに恭しく真新しい防具を渡しました。なんと健気な。
「おう、ありがとよ! ――すげぇ! まるで新品同様、染み一つねえ! しかも……あぁ、なんて良い香りなんだ。俺の汗臭さが花の香りに。これが宿屋の力なのか……っ!」
受け取ったクラスメイトは優越感に浸っている様です。
これはあまりに酷い。
私は彼らを止める為に近付きました。
「貴方達、一体何を――」
「待てよ組長」
そこに一人のクラスメイトが立ちはだかります。
「どういうつもりですか?」
「例え組長であっても、こればっかりは見過ごせねぇ」
どうやら彼は見逃せと言っている様です。ですが組長としてこの現場を――え? 何ですこれ?
彼は装備が許されている木剣に手を伸ばさず、私に一枚の札を差し出します。
「整理札だ」
「……えっ?」
「洗濯して貰う順番はこれで管理している。順番は守れ」
あ、はい。
ええ。
ええ、分かっています。
迷探偵とかつて伯爵様に褒められた私ですから、流石にもう分かっています。これはイジメではなく、逆にクラスメイト達の方が彼にコントロールされています。
どうしてこうなった。
と言いますか、良いのですかこの状況?
それにまだ、このクラスには非常にガラの悪いチンピラの様な男達もいます。
彼の安全が確保された訳では――。
「へっ、見ろよ俺の外套。親父の形見なのに魔物にやられて、捨てるしかなかったのにコイツに直して貰ったらこの通りよ」
「俺もだぜ。諦めるしかねぇと思ってた妹の古い服を、まるでドレスみたいに作り変えてくれて大喜びよ。ったく、ロックには世話になりっぱなしだ。ふっ」
――無いと言いたかったのですが、なぜクラスのガラの悪い生徒達がポーター君を囲んで和やかに食事をしているのでしょうか。
あの斧使いなんて初日、ポーター君を腰抜け呼ばわりして取巻きと一緒に嘲笑していましたよね?
そっちの盗賊の人に至っては、防具を運ぶ彼に足を掛けて転ばしてましたよね?
なんで昔からのダチ公みたいな顔で仲良く食事してるんですか。この数日で命でも救われたんですか。
と言うかこうなるとぶっちゃっけ、わざわさわ私が面倒を見る必要ないですよねこれ?
ううーん。
何だか物凄くもやもやしますが、もう彼についてはあれで良い事にしました。
ただ、それはあくまでクラス内の事なのだと言うのを私は失念していました。
それは彼が転科して七日目の事です。
「奴隷紛いが一端の冒険者を気取ってんじゃねえよ! お前には荷馬車がお似合いだろ、ハハハッ!」
そんな声が聞こえ、嫌な予感を覚えそちら――校舎の二階の窓から、中庭にある訓練場に目を向けます。
距離はありますが建物の構造的によく声は聞こえてきます。
そこにはポーター君と、彼を囲む十人程の生徒達がいました。彼等の足元には、折れた鉄剣が落ちていました。
「俺は学校ではポーターですが、ギルドでは冒険者です。あと、奴隷ではありません。ですから、あなたが折ったこの剣を弁償して下さい」
「だから知らねえって言っただろ。生意気に冒険者様を疑ってるんじゃねぇよ、勘違い野郎。誰に口答えしてるか教えてやろうか? あ?」
――最悪です。
どちらが悪いかはここ数日彼を見てきた私には分かります。きっと彼等がわざとポーター君の剣を壊したのでしょう。
これはいけないと私が下へ行こうとした時です。
「お前達、何をしている」
そこに、髪をオールバックにした槍担当の教官が現れます。
良かった。仲裁者が現れました。
そう私が安堵し、彼も教官に向かって口を開こうとした時です。
「せんせいー、こいつ自分で剣を壊したのを、俺たちに擦り付けようしてくるんですけど」
一人がそういうと、周りも一気に同調します。
「私も見ました。なのに平気でウソつくんですよ」
「こいつ、ポーターだから真っ当な武器も買えないから、壊したのを俺達のせいにするんですよきっと」
「そもそもポーター如きが訓練場を使おうとしてる事が有り得ないっすよね」
「なに?」
彼等の言い分に眉をひそめる教官。ポーター君も教官に向かってそれを否定し始めますが、それを無視して。
「なるほど。入学試験を合格出来ず、一般科として入学し、家庭の事情を利用して冒険者科に移った卑怯者がいたな」
そんな事を言い放ちました。
「そして今度は古ぼけた剣を壊し、他の奴のせいにして、もっと良い剣を弁償させようと。見下げ果てたヤツだ」
教官は一方的に彼を悪者扱いすると、彼に絡んだ生徒達に無理やり謝らせました。
「剣が壊れたのは俺の勘違いだったみたいです。疑って申し訳ありません」
――ッッ!
私の事ではないのに、あまりの扱いに思わず感情が沸騰します。こうなれば見ていた訳ではありませんが一言言わせて――。
そう思っていたのに、彼の顔を見て二の足を踏みました。
変わらなかったのです。ポーター君の表情が全く。
――悔しくないのですか?
そう困惑する私を他所に彼等は解散し、次の授業の鐘が鳴りました。
が、やはりその後、ポーター君を学園で見掛ける事はありませんでした。
これには私も悔いが残りました。必死に鍛えて冒険者科に入ったのにこの仕打ち。こんな事なら私が稽古をつけて面倒を見るべきでした。和やかだったクラスも、彼が登校しなくなった事で暗くなってしまいました。
ちなみに余談ですが、そのせいで彼の剣を壊した生徒達のクラスと、うちのクラスが模擬戦で全面戦争になりました。
もちろん、ウチが圧勝しました。
それからさらに三ヶ月。
私もポーター君の事も忘れかけ、訓練の日々を送っていたある日の事です。
「――え?」
「どうしたのリースちゃん?」
それはたまたま学園が休みの日。私が同じパーティーの魔術科の友人のドロシアと、加入している虹羽結社のクランハウスに顔を出した時でした。
最初は見間違いかと思いました。
けど何度見てもやはり、ポーター君がいました。
クランハウスには併設されたサロンがあります。そこで彼は今週のクラン新聞を椅子に座りお茶を飲みながら読んでいます。
「貴方は」
思わず声を掛けました。
あの後、冒険者を辞めてしまったのではないかと心配した気持ちが今更蒸し返されます。
「あれ? メイドさん。お久しぶりです。もしかしてメイドさんも虹羽なんですか?」
どうやら彼はちゃんと冒険者になり、私と同じクランに入った様でした。
そうしてあの日、庇えなかった謝罪やその後の話などをしている中、つい一つの提案をしてしまいます。
「あの、せっかくですから私と模擬戦をしませんか?」
「いやー、何時も同じ人達とばかりだったので、助かります。しかも武器がレイピアなんて珍しいですね」
嬉しそうに木剣を持つ彼を見て、提案して良かったなと思います。
「速度が私の強みですから。それと私も冒険者科の人間ですから、手加減は不要ですよ。むしろ全力で構いません」
「はい。クランでも四等級なんですよね? 俺は六等級ですから、胸をお借りしますね」
たぶん、私と彼では埋め難い実力差があるでしょう。なので模擬戦と言うより稽古と言う形になるのでしょうか。当然、私も先端を殺した木製のレイピアを使います。
何にせよ今度こそ彼の力になってあげられそうですね。
「じゃあ、二人共良いですね? ルールは学園と同じって事で」
私達は友人のドロシアの声に頷き武器を構えます。
「では――始め!」
そう合図が掛かると。
彼の姿が視界から消えました。
――え?
と声を上げる間もなく、すぐ左側に彼は既に踏み込んでいて、ついて行けたのは視線だけ。
「っ!?」
明らかに遅れながらも、無拍子のおかげでレイピアの切っ先を何とか左に向けます。
直後また彼が消えました。
あっ、フェイント――なんて事が頭に浮かんで間もなく、足の裏側に走る軽い衝撃。突然の浮遊感。切り替わる視界。そして遅れて背中に何かが当たり痛みが走りました。
「――え?」
気付くとクランハウスの天井がありました。
私は彼に仰向けに倒されたのだと理解するのに、しばらく時間が掛かりました。
――有り得ない。
信じ難い現実に頭が混乱します。
え?
なんで?
なんで私が倒されているのですか? 彼はポーターですよね? 六等級ですよね?
いえ。いえもうそんな事は関係ありません。そんは事より何なんですかあの速さ。
速度に絶対の自信を持つ私が殆ど目で追いきれませんでした。
その事実にゾッとします。
こんな事は未だかつて経験した事がありません。
「もう、ちゃんとやってよリースちゃん」
「大丈夫ですか? なんか上の空でしたけど」
「なっ、それはどういう意味ですか!」
ところがそんな私へ非難と心配の声が掛けられます。確かに綺麗に倒されましたが、二人に馬鹿にされる言われはありません。
「えっ、どういう意味って……だってリースちゃん、ずっと棒立ちだったじゃない」
「棒立ちって、ならあなたは避けられるのですか!」
「は、はい? そりゃ私じゃ無理だけど、前衛ならあれくらい打ち合えるんじゃないの?」
――。
なるほど、これは私を煽っているのですね。
情けなく格下にやられた私へ、同じパーティーメンバーとして喧嘩を売っていると。
「分かりました。ポーター君、もう一度やりましょう。次は全力でいかせて貰います」
「あ、はい。でも、この後にエルフ師匠と訓練するので、次の一回だけで構いませんか? あと俺はポーターではなく宿屋です。そこ大事です」
「分かりました。構えて下さい」
私は立ち上がりメイドの様に、レイピアを持つ手ともう片方の手をお腹の下辺りてかさねて、静かに立ちます。
――思えば、私は稽古をつけようと慢心していました。
ですから彼の予想外の速さに虚を突かれ、呆気無く敗れたのです。
目で追えなかったのも、最初の不意打ちで気が動転してしまったからです。
なるほど。例え力量差があっても不意を突けばそれを覆したり得ると。勉強になります。
――ゆえに、今度は全力で行きます。
かつてBランク冒険者――師匠にも一撃を与えた、私の切り札にして必殺のオリジナル魔技。
元のそれは“残像突き”と呼ばれる、魔力の力で武器を強くし、さらに突きを加速させる事で放てる魔技。
それは本来、鉄板に風穴を開ける程の強力な一撃となりますが、その力を込め過ぎるせいで攻撃前後の隙が大きいのです。
ですから、ここぞと言う所で使うのが定石。
――私を除いて。
ギフト、無拍子。
未だ日に四回程しか使えませんが、あらゆる動作に対する予備動作を消す事が出来る力。
すなわち。
残像突きを放った直後にもう一度、残像突きを放つ事で、レイピアを戻すという予備動作すら消してしまう。
その結果に至る、ひと呼吸のうちに残像突き×四連無拍子によって成される、神速の三連残像突き――“幻影突き”(命名は師匠)は例えB級冒険者であっても防ぐ事は敵いません。
「それでは行きまよ? 二人共いいですか?」
友人ドロシアの確認に私達はお互いから目を離さず頷きます。
「それでは――始め!」
合図と共に私はゆったりと、いつも通り、これまであらゆる障害を討ち果たしてきた、その必勝の一歩を踏み出しました。
その左足が地に着く瞬間、私の体は輝きを放ちます。
「――惑いなさい」
瞬間、私の体が揺らめき。
ダンッ!!!!!
ダンッ!!!!!
ダンッ!!!!!
と三つの轟音が刹那のリズムで「ダダダッッ!!」と重なり、衝撃を生み地を揺らします。
レイピアの射線上には空気が蒸発し、その後には湯気が立ち込めました。
見ている者からすれば私が大きく足を一歩踏み出した直後、瞬きする間に体勢が変わり轟音の後に湯気が相手の周りに立っている様にしか見えないでしょう。
なにせ放った私ですら狙いはつけられても、レイピアの動きを目視する事は出来ないのですから。
まさに神速。
まさに幻影。
そして私は静かに――。
「……………………………………嘘、でしょ」
彼の振り抜かれた剣と。
私の手元から先が斬り飛ばされたレイピアを見て。
心の底から絶望しました。
なにせ刺突の最中、彼の剣が消えたのを私は捉えていました。その後に現れた剣は、まるで振りぬかれたかの様に外へと向いていたのです。
そして消えたレイピアの刀身。明らかに目にも止まらぬはずの私の刺突の最中に、剣によってレイピアが折られたのだと、本能的に理解してまいました。
――え?
いやいや待って。なんで?
どうやって?
目に見えない速度の攻撃なんですよ?
その幻影突きの最中にレイピアを叩き折る?
冗談か、何かですよね?
ですが――。
今度は視認する事も出来ずまた訳も分からぬうち、再び浮遊感に包まれた私は、また天井を見るハメになりました。
けれどもうそれどころではありません。頭の中は大混乱です。
「う……嘘です。これは、何かの間違いで……」
「あー、駄目ねこれは。悪いんだけど、リースちゃんは今日、体調が良くないみたい」
「うーん。なんかそうみたいですね。またお会いした時にでもお願いします。メイドさん、そういう事ですからまたよろしくお願います。ありがとうございました」
気付くと倒れた私を二人が覗き込み、何やら話したと思ったら、彼は頭を下げて去って行きました。ですが私はあまりの衝撃に未だ現実を受け入れられず、立ち上がる事すらできません。
「嘘。嘘です。これは何かの間違いです」
「もうっ、何が間違いよ。突きを受け止められて、挙句レイピアを斬り飛ばされたんでしょ。あんな負け方、初めて見たわよ」
「っ、そんなはず有りません! 彼はポーターですよ? 荷物持ちです。彼に私が負けるはずありません!?」
「ありませんって、何時も冷静な貴方がどうしちゃったのよ。別に負ける事くらいーー」
「わたっ、私はっ、冒険者科のランキングのトップなんですよ!? 学園に入ってから今まで誰にも負けた事がなかったんです! あの学園の一年生最強として、未だ無敗のまま君臨していたのが私なんですよっ!? それが――」
そう。
学園には模擬戦によるランキングが作られています。これは冒険者科において最大のパラメーターであり、私は幻影突きにより未だ152戦無敗。一年最強の称号を頂いております。
だから私は組長――一学年組長を学園から任されているのです。
そんな私が。
「そんな私が真っ向から戦って幻影突きを敗れるなんて事が――」
「と言うか、幻影突きなんて使ってなかったじゃない。何を言ってるのよ?」
「…………え?」
彼女は言います。
私と彼の戦いは、何の変哲のない普通の、魔術師である彼女であっても目で追えるくらいの戦いだったと。
「そ、そんな馬鹿な」
私の幻影突きは確かに成りました。
その証拠に起き上がって足元を見ると、あまりの激しさに靴跡がそこだけくっきり残っています。
「では、何かのギフト? 或いは魔術? 相手の動き遅くする? それとも相手の技を封じる? そんなもの、未だかつて聞いた事がありません。そんなものをポーターが使えるはずはありません」
確かに速度は別にしても、あのフェイントや私を一瞬で床に倒す技術も、並のものではないはず。けれど。それでも。
「だとしてもポーター如きに私が敗れるなんて事は――ぁ」
今、私は……。
ああ。
そうか。
これか。
これが私の敗因なのか。
“ポーター如き”
そうです。私は彼を守ろうだとか、稽古をつけてあげようとか、ポーターにそんなもの使える訳がないとか、全て勝手に上から目線で決めつけていました。
同じじゃないですか。
あの時の彼を荷物持ちと嘲笑っていた連中と、同じ様に本当は心の底では彼を見下していたではありませんか。
「……なんて、愚かなっ。これではっ、これでは負けて当然ではありませんか! ……それどころか、偉そうに稽古してやるだなんてっ!」
彼を勝手に推し量り、見下し、侮った。その事実に途端に恥ずかしくなります。
最初の敗北も不意打ちと決め付け、彼はポーターだから私より下だと認識を誤り、不用意に切り札を使えばこうなるのは必然だったのです。
「ちょっ、どうしたのよ!? え? 泣いてるのっ?」
「……………………いいえ、何でもありません。けど、一年最強は今日から恥ずかしくて名乗れませんね」
私はよろよろと立ち上がり、彼の去って行った方を見ます。
ただ、逆にそれだけでもないのです。私は確かに無様を晒しました。けれどきっと“侮らなかったとしても勝てた訳ではない”のです。
幻影突きは未だ誰にも破られた事はありませんでした。
そのBランクの師匠でさえ対処出来なかった技を、どうやって真っ向から、しかも“初見”で破ったのか。どうして友人のドロシアには、普通の早さの攻防にしか見えなかったのか。さっぱり分かりません。
「彼は一体、何者なんでしょうか?」
――宿屋です。
一瞬、そんな空耳が聞こえた気がしましたが、それだけはナイナイと頭を振りました。
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