1-6 受付嬢エミリーの思う“変な少年”

 ――あ、この子は駄目だろうな。


 それがギルドで受付嬢をしている私が、初めてロック少年を見たときの印象だった。


 なよなよした歩き方に、気弱そうな表情、とてもではないが荒事に向いてなさそうだ。

 整った顔立ちもそれらのせいで幸薄そうにしか見えない。


 ――きっと一代貴族の四男とか、おとり潰しにあった家の見習いって、ところかしら。なんにせよ、将来性はなさそうね。


 それが彼を見てこっそり思った私の胸の内だった。







 だだ。意外に喋ってみると思ったより現実が見えている子だった。


 何より英雄や勇者と言った天上人に対する憧れがまるでない。

 そして極めつけが冒険者になる理由は、宿屋になるためだと言う。

 私も受付嬢になって今年で五年になり、それなりに場数をこなしてきたし、人を見る目もついてきた。

 それでもこういったタイプ、それも若い子では初めて見た。


 ――大成は絶対にしないけど、安定した活動をしてくれるギルドにとって有り難い冒険者になるかしら?


 ギルドの仕事もピンきりだ。

 国家管理下のSS級や自由冒険者の最上級であるS級、災害指定依頼を受けずに到達できる最上級のA級の冒険者達はまさに英雄ではあるが、そういった英雄だけでは世界は回らない。

 町や村の治安維持やポーションや毒消し等の素材採集、森や山等のモンスターの警戒といった、英雄ではないけれど日々の大切な仕事をこなしてくれる冒険者も必要なのだ。


 ――何より生き残ってくれそうね。


 受付嬢という仕事柄、夢ある若い子の死には何度も遭遇してしまう。

 いつもと同じ様に送り出したあの少女が、生意気なことを言って夢を語っていたあの少年が、二度と戻らない事なぞ、ざらにあるのだ。


 そういう意味では彼は何だかんだ、死なずにいてくれそうだ。


 私はそんな思いから一番面倒見の良いロンさんを彼に紹介した。












 それから半年が経った。


 日々の業務に埋もれ、ロック少年の事は私の頭からすっかり抜け落ちていた。

 ただ、いつの間にかギルド内の古参メンバーでは有名人になっていたようだ。


 なにせ彼は半年経った今も初心者用の訓練を続けているのだ。

 そのせいで訓練指導をする古参メンバー全員が担当してしまい今や二周目に突入しつつある。


 別に仕事をこなしていない訳ではない。

 雑用と素材採集がメインだが、駆け出し冒険者として最低限の仕事をしている。


 その話を聞いた時に、何故未だに訓練しているのか気になって、彼を指導している旧知の冒険者であるマキラに聞いた。


「何でも半年後には学園を放り出されるらしいぞ。だから稼ぎがなくても済む今のうちに鍛えているんだと」


 なるほど。

 彼にも彼の都合があるらしい。


「けど、初心者訓練よね? こういっちゃなんたけど、本格的な訓練はやってないじゃない」


「まぁ元々が酷かったからな。ぶっちゃけ戦闘センスはそんなにねぇし、最初はあんまりにも弱っちくて……ロンさんが一ヶ月は面倒見ないと話にならないって事になって、持ち回りで鍛えたんだよ」


「でももう半年よ? まだ一人前になれないの?」


「いいや。もうD級、下手すりゃその中で上位くらいの力はある」


「は? じゃあなんでまだ訓練してるのよっ」


「なんか思いの外吸収が早くてなぁ。教えれば癖なく基本技術はもちろん剣だろうが、弓だろうが、槍だろうが、斧だろうが何でも覚える。しかも他の新入りと違ってちゃんと予習復習してきやがるから、ここ以外でも相当頑張ってるのがよく分かる。おかげで鍛えがいがあるのさ」


 マキラは小さく笑う。


「つーか、そのせいでおれの武器を! いや俺のを! いいや私のだ! とあいつに自分の武器を教えようと躍起になってな。殆ど押し付ける様に教えていたんたが、今ではあいつ、魔技を含めて何でも器用にこなすようになっちまったんだ。まぁやっぱ才能はそこまで感じねぇから、貧乏でもあるが」


「ちょっと、もう半年経ったのにまだ武器を一本に絞ってないの?」


「ああ。剣を基本とする事になったんたが、別な武器を使ってる奴はその武器を教えてるぜ――って、来たな」


 そういうと入口に幸薄そうな少年がいるのが見え、彼はバケットと布らしき物を持ってこちらに近づいて来た。


「おはようございますマキラさん。今日もよろしくお願いします」


「おう、じゃあ早速――」


「あ、その前にこれ」


 彼は布らしきものをマキラに渡す。それをマキラは少し顔を赤くして受け取った。


「あ、お、おう。すなねぇな」


 え? なにこのやり取り?


「マキラさんの服ですよ。ボタン取れてたんで、直してきました」


 私の視線に気付いたロック少年が説明してくれる。


「なにをさせてるのよ、マキラ」


「い、いや。こいつが――」


「それは俺が気になったんで言ったんですよ」


 少年は朗らかに笑う。

 あくまで自主的らしいが。


「あ、あとこれ、今日のお昼にどうぞ」


 たが今度はその手にあるバケットをマキラに渡す。


「――マキラ?」


「ちげぇから! こいつ、指導する冒険者みんなにお礼とか言って作ってくんだよ! それにっ、正直ここの酒場で食う飯より旨いっていうか」


 いや、旨いって言われても。


「あー、とりあえずお前は模擬剣を取って来い。あと、その、なんだ。昼飯ありがとよ」


「いえいえ、自分の分のついでですから」


 そういって少年は去っていく。するとマキラがこちらへ向いた。


「言っとくが、パシってる訳じゃねぇからな。全部あいつが勝手にやってくれるんだ。別に自己犠牲までしてる訳じゃねぇから、悪い事でもない――色々と変人ではあるけどな」


「確かに変人だけど……そんなに?」


「お前、あいつは宿屋になる為に炊事洗濯家事と言ったスキルをマックスまで上げた阿呆だぞ? 部屋の掃除させると目を離した隙に終わってるからな? もはや魔術だ。それに、だ。ちょっと前にロックに対してつけあがった馬鹿がいてな。パシりみたいにロックを使ったんだが、ロックはどうしたと思う?」


「そりゃ……他の冒険者に頼ったんてしょ?」


「いいや。それからその馬鹿にマンマークで奉仕し始めたんだ。朝から晩まで付きっきり。しかも部屋の掃除するのに鍵を渡したのが最後、部屋は毎日新築同然に掃除され、朝飯は見たことも無い美味な朝食が用意され、朝の決まった時間に叩き起こされた挙句、仕事の手配までされてるんだ」


「えっ、なにそれ超羨ましい!」


「本当にそう思うか? プライバシーはゼロだぞ? まるで貴族さま扱いだぞ? どこに行っても先回りしてついてきて勝手に母親みたいにロックに世話をやかれるんだぞ?」


 その苛烈さに一瞬、魔物のナイト・ストーカーが頭に浮かぶ。


「それでいい加減、馬鹿の方が根を上げてな。暴力に出て衛兵沙汰よ。最もロックも鍛えてるから攻撃は受けなかったらしいが、詰め所に連れて行かれて説教よ。ま、説教の九割はロックではなく馬鹿に向いてたらしい。当然だ。端から見ればガキをこきつかって暴力を振るってるようにしか見えねぇ」


「なるほど。中々に肝が据わってるのねあの子。それで何とか有耶無耶に――」


「ハッ! 所がどっこい、翌日馬鹿が目が覚めると当たり前のようにロックがいたんだよ」


「え?」


「マジで苛烈だぜ? もう顔もみたくな関わりたくもない奴に付きまとわれるんだ。しかもいくら罵詈雑言を吐いてもなんのその。暴力は古参冒険者と衛兵に目をつけられててもう出来ない。もうこうなると、馬鹿にも打つ手がねぇんだよ。しまいにゃ交友関係から金銭に至るまで全てあいつに管理され、振り返れば必ずロックがこっちを見ている状況だ。奴の宿屋スキルとその執着は悪夢だぜ。精神をおかしくして、最後には酒場で土下座するはめになってたな。もう許してくれ、関わらないでくれってさ――な? 強烈な変人だろ?」


 確かに異様だった。

 敵対する人間にすり寄り、逆に徹底的に奉仕して、相手に謝らせる。ちょっと理解できない行動だ。


「まぁ学校では冒険者科で剣を折られて訓練を邪魔されたから、もう二度と出ないとか言ってたけどな」


「何よそれ。冒険者に対しては付きまとって、学校ではさっさと逃げるって、どういう基準なの? というか剣を折るって問題でしょ。戦えばいいのに」


「そこだよ。その辺の基準が分からんから変人なんだ……まぁたぶん、あれは根っこの部分が相当な現実主義者にして、捻じ曲がってるんだと俺は思ってる。表向きには感じないが、何かトラブルが起こると、利害とその処理がかなり辛辣でドライな価値観が見え隠れしやがる」


「……そういう言い方されるとなんか怖いわね」


「ははっ、まぁ普通にしてれば、変人だけどあいつは良い奴だよ。だから好かれる」


 それからマキラは彼が毎日作ってくれる宿屋印のサンドイッチはとてつもなく美味しいだとか、裁縫や洗濯が得意で取れたボタンを始め、取れない汚れや切れた場所を直してくれるだとか、面白がった女冒険者に食われそうになっても気付くと逃げており、翌日にはしれっと二日酔いに効くスープを作ってきて毒気を抜いたとか、彼について話してくれた。


 そうしているとロック少年が戻ってきて、二人は訓練へ向かった。

 ただ、その時に彼に気になっていた質問をしてみた。


「ねぇ、ロック君。なんで初心者用の訓練を受け続けてるの?」


「え? そりゃあ早くお金を貯めて宿屋になりたいんで、その為には稼げる様にならないとダメじゃないですか。だから鍛えてます」


「…………初めて会った時に聞いたけど、もしS級冒険者になれたとして、宿屋を開くのに十分なお金が貯まったら、どうするの?」


「冒険者を辞めるに決まってるじゃないですか。エミリーさんも変なこと聞きますね」


 この日から、ロック君はやっぱり変人だと心の中で確定した。


 とはいえだ。


 半年間毎日訓練を積んで実力がついたからといって、一気にD級になれる程この世界は甘くない。天才でもない限り実績が必要なのだ。


 実際、その後もたまに指導した冒険者から彼の評価を聞くのたが、大体が普通、まぁまぁ、凡人、器用貧乏、悪くはないが良くもない、等々のイマイチなものばかりだった。


 ――あ、でも。


 決まって必ず最後に何かしら付け加えていたのを思い出す。


“ただちょっと、たまに間合いが変なんだよ。マジで動きが、こう、スッ――とズレるんだ。いや、自分で言ってても可笑しいって分かるんだけどよ?”


“てもあの子、もしかしたら物凄く目がいいのかも。身体はついてこないのに、私の本気の動きを目だけは完璧に捕えている様に見えて、思わずゾッとしたの”


“希に独特のリズムで面白い動きをする。動きが急減速したり急加速するのだ。ただ本人もどうやっているのか分からないから、たまたまだったのかもしれないが”


“まぐれかも知れんがなぁ、とんでとない反応速度で攻撃を捌いた事があってのぉ。一瞬、体がブレるんじゃ。あれは一体なんじゃったんじゃろ?”


“まるで自分の攻撃が横に曲がった様な奇妙な錯覚を抱きました。幻覚とは違います。思わず訓練を中断して、僕の剣が横に曲がってないか確認したくらいです”


 と、半信半疑で変な風に褒めるのだ。


 だけど私が「じゃあ隠れた魔技でもあるの?」と聞くと「いや、魔技の輝きはなかった」と決まって返す。

 むしろ逆に「本人は否定してたが実際には魔術かギフトが使えるのではないか?」としつこく聞かれたくらいだ。

 ステータスはこの間も私が確認しているので、ハッキリとそれはないと否定したけど。


 ほんと、訳が分からない。


 彼の能力は決して高くない。下の中がいいとこである。そしてギフトもない。


 なら一体なんだというのか。


 けどそれはちょっと変わっている程度で、やがて日常の中に埋もれていった。


 ただ、そういえぱ、彼が訓練している時に、たまたま地下にある倉庫へ商人の使いっ走りの少年が行った事があった。


 彼は冒険者にも興味があって、貸し切りの訓練場をチラッと覗いたらしく、驚いていた。その時の事が後々まで私の中で妙に引っ掛かった。


「冒険者さんの訓練って面白いですね。虫が止まれるくらいゆっくり剣を振るのは、逆に難しいでしょうに」


 ちみなにこの事で指導役の冒険者をからかったが、本気で何のことか分からないという顔をされてしまった。


「立会いでそんなのろのろと剣を振れる訳がないでしょ。何を言ってるんですかエミリーさん」


 じゃあ少年が見たのは何だったのよ。……まぁたまたま型の練習でもしていたんでしょうけど。


 そういう事もあって、やっぱり彼は変なのだ。

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