1-12 時空間魔術師VS暗殺集団“沁黒”

 目の前の自称、俺の先祖にして勇者は豪快に笑った。


「ははっ、混乱しているな。だが今回は時間がない。チュートリアルは後にしてやるから、お前がその“神器”にやり過ぎっつー程に溜め込んだ魔力と、その歳で解き明かしてしまった次元の真理を使って何とかしろ」


 チュートリアル?

 神器?

 これは有名な勇者語録なのだろうか。けれど知らない言葉に俺は困惑するしかない。


「神器ってのはその時計だよ。なんだ、知らなかったのか?」


 混乱する俺を置き去りに彼は俺の胸にしまった時計を指差した。


「そこにはお前が十年以上掛けて溜め込んだ魔力が入ってる。まぁよく貯めたもんだぜ。“鑑定”で貯蔵量を見てビックリしたわ」


「かっ、鑑定!? それってやっぱり王家の持つ――」


「王家? まぁ姫さんや皇女様との子供達に継承させたからそうなるのか。だがそれ以上に、時空間魔術がレベル①ってはどういう事だ? なんで第一位階しか発現してねぇの?」


「じ、時空間魔術って何ですか? 聞いた事もないんですけど」


「――冗談だろ?」


「いえ、本当に。先輩冒険者にも一通りの魔術の種類なんかも聞きましたが、聞いた事もありません」


 そういうと彼は深刻そうな表情で考え込んでしまった。


「………くそっ、駄目だ時間がねぇ。とりあえず、勝手に喋るから覚えておけ。いいな?」


「えっ、あ、はい」


「時空間魔術ってのは勇者の力だ。そして同時に、神を殺せる力だ。お前には早急にそれをモノにして、侵略者共を倒して欲しい」


 なんか、突然凄い事を言い始めたぞこの人。


「とはいえ、今は目先の事だ。今のお前は瀕死。死の一歩手前。オーケー? んで本来ならその“神器”の使用は避けて、お前の時空間魔術で何とかするべきなんだが、各神殿からどの“原典”も回収していないから、まだ第二位階も使えないんだろ? なら仕方ねぇ」


 神器? 原典? 時空間魔術? 今まで聞いた事もない単語だらけで話が進められ、まるで理解が追いつかない。


「だから“神器”はお前が時空間魔術を完全習得し、魔王と戦えるまでいざ時と言う時にだけ使って戦え。だがもし“神器”にストックした魔力が切れた時に魔王が出現すれば、世界は滅ぶ。お前以外に“次元超越”を使える存在がいない以上、魔王に傷を与えられる者がいないからな」


「ちょっ、ちょっと待って下さい! もう何が何だか――」


「安心しろ、神器には知識共有の機能がある。発動させれば自ずと魔術の効果は分かる。最も用途は自分で考えろ。いいか? 時空間魔術はチートだが、お前の敵はそれを振るえば勝てる様な甘い相手は一柱もいねぇ。むしろそこがスタートだ。実際、俺は七つの世界のうち、開いた四つ、そのうち完全に開いてしまった二つの世界までは退けられた。そうだ。俺が退けられるだけで精一杯なんだよ。特にギャ・ヌとザックーガは絶対に再び来る。奴等はこの世界を、生者と肉を諦めていない」


 ふと、ギャ・ヌという名前と、ザックーガという名前に、先程の映像がフラッシュバックする。


「まさか…まさか魔王って、俺に倒して欲しいって――」


「ロック。時を巻き戻せ。その程度出来なければ“奴等”は退けられはしない。少なくともお前だって、たまに無意識に使っていたんじゃねぇのか?」


「そんなのっ、記憶にありませんよ!」


「なら喜べ。もうお前の望みは叶ったんだよ。その神器をみりゃ分かる。七位階まで言語を習得し、俺でも解けなかったパズルを解いたんだ。驚愕に値する根気と才能と執着心だ。時空間魔術については知らなかった様だが、神器を持つ者の意味は分かっているんだろ? そして、それだけ成りたかったんだろお前はよ…………そう」


 俺と同じ顔の男は何故かしたり顔をし。


「――勇者という存在にッ!」


 俺に人差し指を向けウィンクまでするという、滅茶苦茶決めポーズが来た。


 ……なるほど。


 でもその質問のおかげで俺の混乱は収まった。ようやく答えられる質問が来たからだろう。


 なので安堵してキッパリと答えた。


「あ、それはないです」


 一瞬、場の空気が壊れた気がした。俺を指差したままのしたり顔にヒビが入る。


「――えっ?」


「俺がそこまでして成りたかったのは勇者ではなく宿屋です」


「――えっ?」


 しばらく俺と目の前の自称勇者は何とも言えない表情で見つめ合った。


 そして。


「だから、勇者とか興味ないです。俺は勇者ではなく宿屋に――」


「そうか! やっぱり勇者になりたかったのか! ならばその願いを全力で揺り起こせッ! これはその起爆剤だ。そして渇望を再び願えば、お前は死すら屈服させられる支配者になれるのだからなッ! その為にお前の欲を発火点にしてやろう」


 俺の話をガン無視して、言いたい事だけ言い放った自称勇者。


 彼は何処からか取り出した青い珠を、俺の体に当てる。すると珠はするりと体内に飲み込まれ、俺の意識はそこで再び暗転した。

















 第一位階到達――時間遅延、空間捻転を発現。


 第二位階到達――時間加速、空間作成を発現。


 第三位階到達――時間逆行、空間跳躍を発現。


 第四位階到達――時間停止、空間接続を発現。


 第五位階到達――時間迎合、空間断裂を発現。


 第六位階到達――魂魄祖逆、暗黒空間を発現。


 第七位階到達――次元超越、次元干渉を発現。


 ――ふと、死に際の中で俺は目を覚ます。


 あれ? まだ……生きてる?


 けれど全身の感覚がない。最早、指一つ動かない。目も見えない。


 ただ弱まっていく自分の心臓の鼓動だけが聞こえる。


 なるほど。さっきのは走馬灯ってヤツか。


 何にせよ、どうせユースティ様以外はきっと死んで、彼女も連れ去られてしまうのだろう。

 でも連中は一人生かすって話だから、ぺったんさんは生きているのかも。

 どっちにしろもう抵抗しても無駄だろうが。


 ああ、良かった。もうさっきみたいな痛い思いをしなくて済むんだ。

 うん。十分だ。十分に頑張った。


 全力を尽してこの結果だ。なら悔しさはあっても未練は無い。何より自分の思う“善なる良心”を全うしたのだから。

 それにもう疲れた。もういいじゃないか。どうせもう遣り残した事なんて――。


 ――待て。


 いや、まだ俺はなってないじゃないか。


 いいや、ダメだ。ちょっと待て。


 まだ俺はなってないぞ。


 それに気付くと同時に、何故か急に頭の中でスイッチが入った。突然、全身に激情が走り怒りが爆発した。


「ふ…………………………………………ける……な」


 ふざけるなよ。


 ふざけるなッッ!


 死ぬのは致し方ない。

 ああそうだッ。けれど、宿屋になってないじゃないか!? 正気かッ!? 宿屋にならず死ぬのか!? そんなことなんて到底許せるはずがないッ。有り得ないッ……我慢できるはずがないッ!


 誰だッ? 誰が邪魔しやがるッ!? 黒衣かッ? 傷かッ? ああッ、いや――死かッ!?


 何と言う理不尽。

 何と言う悪逆。

 何と言う傲慢。


 なら起きろッ、生きろッ、動けッ!! たかが――。


「死神風情がッ、俺 か ら 宿 屋 を 取 り 上 げ て る ん じ ゃ ね ぇ よ ッ ! !」


 瞬間、痛みが消えた。


 全身が動く。痛みも無い。目も見える。


 かつて味わった事の無い濃厚な死の気配は、恐れをなして逃げ出していた。


 ゆらりと、立ち上がる。


 気付くと手に時計が握られていた。それをどうすればいいのか本能的に理解する。時計が全てを教えてくれる。

 俺は赴くままに左目に時計を当て――瞬間、時計は俺の左目に吸い込まれた。


「ああ、そうだ」


 これが、これこそが正しい使い方だったのだ。


 全て勇者と名乗った男が言う様に、この時計が教えてくれた。この時計と、時空間を統べる魔術の効果を。


 俺が左目を通して見た世界には、あの時計の中にあった言語が全てに溢れ返っている。そして全て掌の上にあるかの如く、それらは瞬時に解き明かされた。なにせこのパズルは十年間解き続けたのだ。見ただけで十分。ゆえに。


 世界は今、俺の支配下にある。


 そんな俺に近くを警戒していた黒衣の一人が気付き、動揺しつつも斬りかかって来た。


「チッ、討ち漏らし――」


「誰が動いていいと言った」


 俺はそいつに溢れていた言語の一つを組み替える。それでそいつは斬り掛かろうとした姿のまま空中で停止した。


「――時間停止」


 俺は落ちている剣を拾いそいつの横を通り過ぎる時に、その首に剣を走らせる。当たる直前に停止を解除し、その首はいとも簡単に掻っ切れた。

 呆気なく男が倒れた事で黒衣達が振り返る。


「生き残りか?」

「有り得ない……確かにアイツは殺したはずだぞ?」


 それで意識のないユースティ様を攫おうとする奴等がこちらに気付く。


 そうか、俺の宿屋を邪魔しやがるのは……奴等か。


 俺の表情を見た黒衣達が一斉に抜剣し距離を詰めて来た。

 対して俺は目を通して空中の文字列を組み替える。

 と、同時に黒衣のうち一人が魔技を使ったらしく、一瞬で急加速し俺に肉薄し。


 ――ゴキリッ。


 と首を支点に360度以上にその場で回転。その螺旋は体にまで及び、全身の骨がボキボキボキッッ! とえぐい音を立てて雑巾の様に捻り絞られる。


「――空間捻転」


 当然だ。

 目の前の空間を螺旋状に捻ったのだからそこにあの速度で突っ込めばああなる。


 俺の言葉と仲間の異様な死に様に、黒衣達が息を呑みその場で二の足を踏む。


「何だ今のはっ?」


 その隙に俺はゆっくりと二点間の文字列を交換し書き換える。


「問題ない。反射盾で――ぐはぁッ!?」

「――空間跳躍」


 直後、小型の盾を持った黒衣の胸から俺の剣が生えた。

 突如として目の前から消失し、仲間の背後から出現した俺に黒衣達が慄き動揺する。


 時空間と時空間を連結させ転移を可能とし、転移と同時に剣を背後から突き刺したのだ。


「囲めッ!」


 リーダー格らしき黒衣が叫ぶと、黒衣達が俺を囲み、そして呼吸を合わせるかの様に何人もが同時に斬りかかって来る。


「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――」」」」


 それに合わせて周囲一帯の文字列を組み替える。


「「「「オオオオオオオオオオ――オ       オ      オ     オ      オ    オ    オ      オ      オ   オ       オ     オ      オ   」」」」


「――時間遅延」


 その領域に入った者達は突然、その動きがカメよりもさらに遅くなっていく。

 俺はそうして近い者から立て続けてその首を掻っ切っていく。


「なんだその魔術は――打てぇッ!」


 その様子に堪らずリーダー格が叫ぶと、風切り音がした。


「――時間停滞」


 なので俺は瞬時にこの場一帯の文字列の一つをまとめて書き換えた。結果的に俺を含めて全てがゆっくりとなっていく。無限とも思える時間の中で風切り音の正体に気付いた。


 上だ。

 上に潜む黒衣達による魔術と矢の複合攻撃。


 理解すると同時に俺は文字列を戻し、加えて頭上の文字列と、周囲の文字列を交換した。


「良しッ、捉えた!」

「どうかな?」


 直撃するはずだった矢と魔術の雨は、俺の頭上から突如として周囲へと別々に転移し、勢いそのままにカメの様になった周囲の味方と、矢と魔術を放った木の上の連中へ疾走する。


「――空間接続」

「なっ、何だそりゃッ――ぎゃああああああ!?」


 味方の放った攻撃に、木の上の連中も周囲も一掃される。


 けれど黒衣達の攻撃は終わらない。

 突然、すぐ近くの四方から四人の黒衣がいきなり出現し斬りかかって来た。


「なにっ」


 これには俺も反応できず、成す術もなくバッサリと斬られ、頭を潰され、心臓を貫かれ、首を落とされ殺された。


 ……という未来を視た。


 ――未来予知。


 ゆえに俺は俺の中にある文字列をコピーして四つにズラす。


 同時に何もない空間から四人の黒衣達が現れ襲い掛かってきた。

 予見通りの完璧な奇襲。

 ので。


「四人に増えればいいだけのこと――時間重複」


 俺は時間軸をさらに四つ作る事で、五人に分身してそれぞれを迎え撃った。

 全て別な時間軸から切り取った本物の俺である。


「なっ!」

「はぁ!?」

「ちっ――」

「馬鹿なッッ」


 流石の黒衣達もこれには動揺する。それが生死の分かれ道。


 四人の俺がそれぞれ目の前の相手の文字列を弄り、最初と同じ様にまるで雑草でも刈る様に四人を殺す。

 同時に全ての俺が消える。


 だがまだ終りではない。


 畳み掛ける黒衣の四度目の攻撃。輝きを放った二人の黒衣が、木々の間をジグザグに疾走し、捉える事も困難な速度で突っ込んでくる。


「如何な術でも捉われなければ意味はないッ!」

「斬られた事も気付かぬまま死んでいけぇっ!」


 そして目にも止まらぬ速度で肉薄する。

 けれど既に空間停滞でその動きは視認済みだ。ただ彼らの文字列を動かすのやはり不可能。

 ついに二人の刃が前後から俺を捕らえ――。


「遅いな」


 瞬間、俺が消える。


「なっ、有り得ぬッ」

「どうして我ら以上に早く動ける!?」


 俺は彼等より、さらに早く俺の時間を加速させる事で周囲の全てが動かない中、ゆったりと動く彼等の攻撃を掻い潜り、すれ違い様にその首筋に剣を当てる。


「――時間加速」


 叫ぶ間もなく己の速さが仇となり、二つの首が宙に舞った。

 そして元の時間に戻り残った黒衣を見る。


 それで周囲の黒衣は全て片付いた。後は二人。斧を持った大男と、ユースティ様を脇に抱えたリーダー格のみ。


 俺はそいつらに近付くと、すかさず大男が全身を輝かせて立ち塞がった。


「ばっ、化物めがッ……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお魔技ッ、神鉄――」


「――空間断絶」


 全身を神鉄へと変えた大男の巨体が真ん中から左右にズレる。


「空間の分断の前に硬さなど無意味」


 唯一見える目元に絶望と恐怖を映して大男は左右に分かれた。例え神鉄を俺の粗末な鉄剣で斬ろうが、空間事真っ二つにするのだから防ぐ術はない。


「なっ、なんだっ!? 何なのだ貴様はッ! 我らは沁黒ぞっ? S級冒険者すら殺しせしめる集団だぞっ!?」


 体を真っ二つにされた大男の姿に、リーダー格と思わしき黒衣は後ずさる。


「その我らを、こうも、一方的に蹂躙するなぞ……S級? いや、SS級? 貴様は一体何者だ!?」


「宿屋だよ」


 俺がそいつに向かって飛び込むと、抱えていたユースティ様を盾にしてきた。


「ひっ――こっ、このキチガイめッ! こいつがどうなっても」


 だが俺は躊躇なく、剣を真っ直ぐ突き刺す。

 その前で盾にされた意識のないユースティ様を貫き、そのまま彼女を盾にした黒衣をも貫く。


「なっ……なぜ……」


「――空間接続」


 否、刺してはいない。

 ユースティ様の前の空間にある文字列と、黒衣の前にある文字列を交換し、二つの空間を繋いで黒衣だけを刺したのだ。


 これで全員が片付いた。


 ――が。


 その瞬間、俺の心臓に背後から槍が突き立てられた。


「ガハッ――」

「――その油断を待っていたッ!」


 それはリーダーと思われる黒衣と同じ声の黒衣であり、そいつは俺の影から現れていた。影渡りと言われる暗殺術として悪名高い影魔術の一つを思い出す。


 ……あれは偽物だったかッ。


 けれど分かった所で俺は血を吐き、痛みで全身を痙攣させながら倒れ込む。


 倒れた俺の心臓から槍を引き抜いたリーダーは、影から出て槍ではなく剣を、振りかぶった。


「終りだ異端者ッ!」


 ので。


 すでに胸の文字列を一新していた俺は、剣ですかさずそいつの両足を斬り飛ばす。


「なっ、なぜ――心臓を貫いたのだぞっ、なぜ動けるッ!?」


「――時間逆行」


 槍を引き抜いたのが悪手。既に俺の心臓は、瞬時に槍を突き立てられる前の時間に戻っている。

 そして師匠達の訓練によって身に着けた魔技、“残像突き”によって驚愕するリーダーの心臓を貫いた。


「なっ――なんだ――その――意味の分からぬッ――理不尽はぁっ!」


 怒りと困惑を抱え、最後の一人であったリーダーの黒衣は崩れ落ちた。


 暗殺集団“沁黒”はこれにて全滅した。


 念のため周囲をもう一度確認するが生き残りはいない。意識のある者が俺以外にいなくなり静かになった森の中で、俺は動かなくなった黒衣のリーダーに向けて忌々しく吐き捨てた。


「勇者、だとさ。宿屋なのにな」

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