第7話 奥編 moglie 3:登録ですね! Devo registrare!

 入った途端、人の声、軽いBGM

 目の前には大きな幹、細い道が幹の樹洞に続く。

 両側は森、ここ以外には行けないなと、誘導されるままに進む。

 前に、細見の女性。白い髪に白い肌、背には弓。レア・エルフかとも思う。

 きっと始めたばかりの同期生よね。

 彼女のようなプレイヤーと並んで、この世界を生き抜くのか――期待と不安が気持ちの中に浮いて、消える。

 うん、と少し頭を振って、前を向く。


 樹洞に入ると薄暗く、少し目が慣れない。

 淡い光の玉が、そこここに浮かび、見通しには不自由しない。

 何かの販売所受付のような所がある。個人用に区切られていて椅子がひとつずつ置いてある。

 何人かの新人らしいキャラクタが係の人と話をしている。

 左右を見ると階段があって二階も同じようになっているらしい。

 さっきのエルフのようなお姉さんもひとつの席に向かっている。

 私も適当な席に着いた。のだが……

「よう、坊主。歓迎するぜ」

 しまった! ここの係は、おっさんだった。


「よう坊主。何を呆けてる?」

 その声に我を取り戻す。そうか、ここはゲームだった。

「いや、突然おっさんが出て来たのでびっくりしただけだ」

「おっさん、言うな」

「だったら、坊主って言うな」

 …………

「分かった分かった。とりあえず手続きだ。これに名前を書いてくれ」

 何やら紙を差し出して来る。

「これに名前を書けばいいのか? 他に書くところないんだけど」

「これは冒険者の登録だ。同姓同名は管理に困るのでユニークなものに限定している。使えない名前があるが、そこは大人の事情ということで理解してくれ」

「分かった。その他のデータはどうなる?」

「その辺を説明し出すと面倒になる。先に進んだ村の中に、初心者指導所という所がある。初心者に対するチュートリアルを実施する所だな。そこで詳しい説明がある。是非そこで勉強してくれ」

「分かった。ところで、あんたも、AIかい?」

「いや、俺は現実レアーレ人間だぜ。ここはほとんどがAIだが、たまにこうやって、運営の人間がゲーム内を見て回るってことだ。お前は運がいいぜ。坊主」

「坊主って言うな。現実レアーレもおっさんかい?」

「おっさん、言うな」

 …………

 先に進まないので、姓名を記入しよう。

「これでいいのかな?」

「アルフィオ・トロイージ(Alfio Troisi)か、なかなか渋い名前だな」

「あまり使われていないのを選んだつもりなんだが」

「ユニーク・チェックはオーケーだ。これで登録手続きは終了だ。これで坊主も一端の冒険者というわけだ。左の胸を見てみな」

 言われて左胸辺りを見ると、小さくて細長いリボンのような模様のマークがある。

「なにこれ?」

「それは、略綬という。個人の業績を示す勲章だな。冒険者登録を行った全てのキャラクタは、称号 “世界に降立つ者„ が付与される。その時に略綬も一緒にもらえるということだ。まぁ冒険者の標だな」

 見直すと “草色地に白抜きの双葉„ 全く初心者マークだな。

「略綬の基は軍人の勲章なのだが、たくさんもらうと胸に着ける場所がなくなる。それで勲章のリボンの柄だけをそうやって胸に着けることになったのだ。この世界では、称号を貰うと略綬が付いてくることになる。たくさん付いているキャラクタはそれだけ業績のあるベテランということだな」

「略綬を貰えると何かいいことがあるのか?」

「その辺は企業秘密だ。それに細かいことは俺も分からん。何かの条件になっていることは確かだ」

「フラグが立ったということだな。了解したよ。おっさん」

「おっさん言うな」

 …………

「分かった。これで次に進めるんだな」

「そのとおりだ。ここを過ぎれば、冒険者登録所に引き返すことはできないし、世界イル・モンドの全てのルールが適用される。敢えて言えば、死ねば全てが失われる」

「そういうことだな。理解した」

「それじゃ、こっちに来な」

 おっさんの案内で奥へ進む。

 厚い木の扉が見えて来る。

 そうかこれが……

「これが本当の世界への入口だ。これまではウォーミングアップといったところだな。この先にはプレイヤーとサポートするAIキャラクターが居る。ゲーム・システムはかなり複雑だ。研究のため、プレイヤーの行動が世界に影響を及ぼすようになっている。プレイヤーが町を建設することも可能だ。実際、建設中の町も在る。そこはゲームの中で経験して欲しい」

「なかなか楽しそうだな」

「旅立ちの村には、ゲームに必要なアイテムを販売している店がある。またプレイヤー個人の店もある。色々見て回るのも良いだろう。最初に冒険者ギルドを訪ね、そこの紹介で初心者指導所に入ることをお勧めする。まずはゲームに慣れて欲しい。何でもそうだが、スタートこそが最も難しいのだ」

「そうだな。最初はルールも仕様も分からないしな」

「スタート直後に死亡する例も多々ある。お手軽復活のゲームが多すぎる。そのせいだろう。あぁそうだ、ここには復活の呪文はないぞ」

「長生きできるように肝に銘じて置くよ」

「坊主だけのゲーム・ライフだ。幸運を祈るよ」

「坊主言うな。まぁ頑張ってみよう」

「覇業めざして ひたぶるに 鍛えし腕に 名をこめて」

「なんだそりゃ?」

「気にするな。応援歌だと思ってくれ」

 ちょっと嬉しい……かな。

「また会えるのか?」

「ああ、生きていればな」

 視線が合う。微笑んで振り返る。

 扉を睨む。

「それじゃ行く。色々ありがとう、おっさん」

「おっさん言うな」

 扉を開く、世界が始まる。

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