第10話 奥編 moglie 4:旅立ちの村 Villaggio di partenza

 澄んだ女性の歌声、柔らかい木漏れ日

 暖かい空気に人の騒めき

 様々な背景に少しウキウキする。

 振り返ると、通過したはずの扉がない。ただ大きな幹が見えるだけ。

 ここは広場みたいになっているが、いまキャラクタは誰もいない。

 正面の大きな樹洞が見える。冒険者ギルドだろう。そちらへ向かうことにする。


 中に入ると、二人のキャラクタが受付のお姉さんと思われる人と話をしている。

「めげずに二度三度とチャレンジしてくる方は貴重なのです」

「わたしたちは、初めてなので指導して貰うのが良いと?」

「確かにその方が良いかもしれん。無闇に敵と当たるのは賢明ではない」

「あの……」と声を掛ける。

「おう、同期がひとり増えたようだ」

 槍を持った男性が振り向く。

 もうひとりの女性が、手を差し伸べながら話掛けて来る。

「沙耶・瑞穂(SAYA MIZUHO)だ。よろしく。サヤと呼んで欲しい」

 澄んだ声だけど、少し冷たく感じる。

「ボクは……」

 見た目風から、ボクで行くか――

「アルフィオ・トロイージ、アルフィと呼んで」

 握手を交わしながら、頭を少し傾けて可愛さを出してみたけど、やり過ぎだったかな?

「俺は、ゴッドフリート・ケラー(Gottfried Keller)だ。みんなからは、ゲッツ(Götz)と呼ばれている」

 野太い声でなかなか男らしい。

「みんなから?」

 思わず聞き返す。初心者じゃないのか? 

「お、これはすまない。別ゲームの話だった。ここは始めてだ。よろしく頼む」

 黒い髪に整った風貌、ちょっとイケメンかも

「三人だけらしいから、初心者指導所へ移動しないか?」

「そうするか」

 サヤの話にゲッツが応える。

「あ、少しお待ちください。アルフィさんに指導所の紹介状をお渡しします」

 お姉さんが慌てたように紙をくれた。

 並んで歩くサヤとゲッツを追い掛ける。

「ゲッツさん」

「いや、ゲッツと呼び捨ててくれ、同期だしな。誕生日も同じと聞いている」

「それでは、ゲッツ! 待っててくれたの?」

「いやそういうわけではない。どうしようかと考えていたところだ。俺はソロ主義なのだが、さすがに来たばかりでは右も左も分からん。初心者指導所は渡りに船だ。確り情報を得ようと思う」

「サヤはエルフなの? そういう感じがするんだけど」

「ああ、そういう雰囲気は感じるが人間だと思う。耳も長くないしな。なんとなくエルフっぽいだけだ。エルフの血を引いているということではないか? 初期装備も弓を貰ったしな」

「弓って難しい?」

「ああ、というか、近接職とは違って独特の感覚が必要だ。敵を発見しても近づくのではなく距離を取るような行動することもある。位置取りというのが他の職より遥かに重要になる」

「そうだな。弓は魔系とよく似て、意外に脆いしな」

「ああ、このゲームのように、死亡即退場というのは防御の弱い職には、かなり過酷だ。アルフィは弓はあまりやったことがないのか?」

「確かに弓職はあまりやったことがない。シーフは得意だけど」

「職のメリット・デメリットは当然あるが、まずはこのゲームの特徴を知ることが先だろう。チュートリアルでよく学ぼうぜ!」

「あぁ、そうだな」

 話を聞きながら、このゲームについて何も知らないと思い知らされる。

 死亡即退場……胸に刻んでおこう。


 初心者指導所は広場の右端にあった。四角っぽい広めの樹洞が入口らしい。

「ようこそいらっしゃいました。初心者指導所へ」

 ちょっとキツメの眼鏡を掛けたおば……いや、お姉さん

 こーゆー人、苦手だわ~

「冒険者ギルドで、紹介された。ここでチュートリアルがあると聞いたのだが」

 サヤに任せて置こう。

「ギルドから聞いております。三人ですね。まずは教室に集合して、教官の話を聞いて下さい」

 早速、奥に放り込まれた。


 教室に入ると結構広い。

「これは、二十人くらいは入るかな?」

 弓を置きながら、ゆっくり座る。

「そうだな。なかなかの広さだ。人数が少ないから、詰めて座ることはないだろう」

 こちらは槍を立て掛けながら、左端に座る。

 しようがないので、右側の中央寄りに座る。武器はダガーだしな。持っていても邪魔にならない。


 間を置かず、好青年風の教官が入って来る。

「御厨景(Mikage Mikuriya)という。明日から一週間、君たちに指導を行う。私は主に講義と魔法の基礎の実技を担当することとなる。よろしく頼む」

 テキパキと進めて、なかなか有能そうなキャラだ。

「これで、君たちは初心者指導所に入ったことなる。左胸の略綬を見てくれ」

 言われて、左胸辺りを確認すると略綬が増えている。 “朱鷺色の地に剣とハートの組合せ„ だ。

「君たちに、称号 “冒険者を目指せし者„ が付与された。ちなみに指導修了時には、朱鷺色が真紅に変わる。楽しみにしていてくれ。

 さて、指導の時間だが、第一昼刻から第三昼刻が講義、第四昼刻から第六昼刻が実技だ。

 まぁ堅く考えることはない、朝飯が終わったら講義で、昼飯が終わったら実技、夕飯前に終わり、くらいの感覚でいればいい。現実レアーレ世界のように分単位・秒単位とかあり得んのだ。注意しておくが、季節によって昼と夜の長さが違う。そのため、一刻の長さは一定ではない。その辺は感覚的に身に着けるしかない。何か質問はあるか?」

 サヤが軽く手を挙げると、教官が頷く。

「実技についてだが、みんな一緒に行うのか?」

「いや、みんな武器や才能が違うので、それぞれに担当が付くことになる」

 ゲッツが声を掛ける。

「俺の初期装備は槍なのだが、槍術中心の実技になるのか?」

「そうなる部分が多いとは思うが、それだけではない。指導の中で教えることになるが、職業で能力を制限することはない。つまり、剣術と魔法を同時に使うことが可能だ。職能ということだな。才能に制限はない。数学者が歴史を研究してはいけないのか? そうではないだろう。そういうことだ」

「あの」これは質問してみなくては

「魔法を使いながら、剣で攻撃できるんですか?」

「その通りだ。例えば、剣に炎を乗せることや身体に風を纏って槍で突くことも可能だ。火・水魔法などは生活して行く上で有用だろう。スキルの全ては本人の才能と研鑽による。ああ、誤解して欲しくはないが、“スキル„ という言葉は、この世界では “熟練の技„ を表す。つまり、魔法も剣も全て “スキル„ だ」

「そうなれば、弓で魔法攻撃ができるということか?」

「そのとおり、弓の攻撃は多彩でまた華麗だ。研鑽を期待する」

「槍使いの俺でも、魔法が使えるのか?」

「全く魔法が使えないという者は極めて稀だ。君たちにも教えることとなる。たいていは、生活に使える程度の魔法は直ぐに覚えると思う。指導中に色々試してみるといい。みんな熱心だが、焦り過ぎても身に着かない。今日はこれくらいにしよう」

 みんな揃って頷くというか、頷いてしまった。

「夫々に部屋が割り当てられる。今日はゆっくり休んでくれ、明日からかなり密度の濃い指導となる」

「個室って、なかなか贅沢ですね」

 思わず聞いてしまう。

「それは、キャラクタの外見と中身が違うからだ。以前は同室のこともあったのだが、女性キャラクタを同室にしたところ、片方が現実レアーレ男で問題が発生した。こういうところは頭が痛い」

 運営も思わぬ苦労が多そうだ。

「指導中の一週間は酒場の食事が無料になる。大いに利用してくれ」

 教官は話終わって帰って行った。

「さて、教官の仰るとおり、夕飯にしないか? タダ飯ほど旨いものはない」

 笑いながら槍を持って立ち上がる。

「全くもって同感だ」

 こちらは立ち上がって弓を背負う。

「ボクも同感だね!」

 そう、食事ほど楽しいことはない。


 酒場は何人か居て、結構騒がしい。二階は宿屋になっているようだ。

 出て来た食事はかなり豪華だった。

「支給ということであまり期待していなかったが、なかなかだな」

「俺もそうだ。森の中なので肉など期待していなかったが、十分だ」

「量も多い。ボク食べきれるかなぁ」

 みんなそれぞれ料理に手を付ける。

「エール付とは、また配慮が行き届いてる」

「エルフもアルコール飲むの?」

「わたしはエルフではないと言っているだろう。現実レアーレでは行ける口だぞ!」

「まぁ同期だ。仲良くやろうぜ」

 ゲッツが持ち上げたカップに、二人ともカップを合わせる。

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