第13話 奥編 moglie 5:チュートリアルです! La lezione!

 講義とか止めて欲しい!

「おい、大丈夫か?」

「ゲッツか、死にそう……こんな面倒なシステムとは思わなかった」

 机にうっ伏し、席から立ち上がる気にならない。

「そうだ、気にすることはないぞ、わたしも全然理解できん」

「サヤ、慰めはいいよ。この世界でやって行けそうもない」

「悲観するな。まずは実技だろう。戦闘バッターリアをこなしながら知識を増やしていけば良い」

「心配はないぞ! 俺も全く分からんが、生命の腕輪に記録されている。後で見直しながら覚えて行けばいい」

「ああ、これって生命の腕輪に記録されてるのか、万能だなぁ」

「アルフィ、しっかりしろ、次から実戦だ。気合入れないとケガをする」

「そうだった。これからソロ、明日はパーティだったな」

 気を取り直して集合場所に向かう。


「さて、行きましょうか?」

 レア・リネカー(Leah Lineker)教官だ。

 美人かつベテランらしい人で、冒険者としてだけでなく、シーフとしての基礎を色々教えて貰った。野宿カンペッジョ戦闘バッターリアだけでなく、シーフの心構え、パーティ内の立ち位置、アイテムの使い方などなど、それこそ様々なものだった。特に、隠身おんしんの大切さを強調していた。そう、不意討ちこそがシーフの心髄だろう。


 広場の左端から、西側へ出る。

 幅広い土の道がずっと続く。

 右は木が立ち並ぶ森林地帯、左はどこまでも緑の草原地帯

「ふふっ、面白いでしょ。ここは森林と草原の境目。色んなモンスターたちが居るわ、慣れるには絶好の場所。近くはあまり危険なものはいないわ。でも気を抜かないで、ケガをするわよ」

「色んなってどんなものです?」

「獣、昆虫、爬虫類……植物もいるわね。属性もいろいろ、でも火属性はほとんどいないわ。簡単に言えば、飛んでるものは風、生い茂っているのは地、湿地に居るのが水ね。例外はたくさん、属性は難しいわ。ひとつひとつ覚えて行くしかない。見た目だけでは騙される」

 鋭い羽音を立てて、黒と黄の縞模様を持った昆虫が飛んでいる。

「最初はスズメバチみたいね。一匹みたいだし、とりあえず戦ってみて! 痛い目に会って覚えるのが一番」

 踏み出すと、スズメバチは威嚇しながら近寄って来る。

 左手で小石を弾き出す。ハチは躱すが、連続して小石を弾く。

 ハチが気を取られている隙に、ダガーで一閃

 二つに割れ、黄色の光を放ちながら消えて行く。

「まずまずかしら……戦い方スティーレ・ディ・バッターリアは人それぞれだけど、悪くないわ」

 シーフでは魔法に頼らないことを諭された。魔法はあくまでも補助で使うべきだと

 魔法を使うと目立ち過ぎるという面もある。シーフには不利だ。

 戦い終わって直ぐに、前方から二匹のトンポが襲ってくる。

 透明の羽、鋭い顎、大きさは一メートルくらいか

「次は、オオヤンマね。二匹いるわ。複数相手にどう戦うか、見せて」

 敵の接近に合わせて跳ぶ。

 一匹の羽を根元から切り落とし、返す刀でもう一匹に首を切り裂く。

 一匹が消えて行く間に、地面に落ちたもう一匹にダガーを突き立てる。

 よし! 二匹とも片付けた。

「なかなか良いわ。戦い慣れてる感じがするわね。ゲーム歴が長いのかしら?」

「はい、前もシーフやっていたもので」

「後ろ!」

 振り向くと二メートルくらいの高さの植物が口を開いて襲ってくる。

 右に飛んで躱し、受身を取りながら魔法を放つ!

炎の球体パッラ・ディ・フィアンマ!」

 敵は炎に包まれ、黒く変色しながら崩れ落ちる。

「フタバアケビよ。あぁやって急に襲ってくるの。火魔法は良かったわね。植物は地属性が多いから最初に試してみるのも良いわね」

 油断できない。

 連戦して消耗した時に襲われるのは危険だ。

 もし、敵が連携して来たら――と考えて少し冷や汗が出る。

「シーフは正面から戦う職ではないわ。ナイフを投げ、暗器を使い、罠に誘い、毒を撒く。姑息といってもいいわね。敵を不利な状況に追い込み、こちらはより安全な所から襲い掛かる。意表を突くことこそシーフの戦いだわ」

 警戒しながら歩いて行くと、草の間から五十センチくらいの緑の蛙が顔を出す。

「ミドリドクガエルね。そいつは毒持ちよ。注意して!」

 注意を聞く間もなく、襲い掛かる。

 舌を伸ばして来る。左脚に掠った。

 全身に衝撃! 毒か。迷うことなく解毒剤ポツィオーネ・ディジントッシカンテ発動

 薬剤ポツィオーネ瓶が頭上で割れ、緑の液体が散る。

 解毒ディジントッシカンテ完了。危ない危ない。

 敵の位置に石礫攻撃、躱されたところに投ナイフを二本!

 一本命中、ダガーを構えて突進

 すれ違い様に脇腹を切り裂く。

 破裂音と共に敵が消えて行く。

 よし、やった。

「うん、上出来。判断もタイミングも悪くない」

 教官、誉めてくれたんだよね。

「十分というか、十分過ぎるわね。もうこの辺はソロで歩き回っても大丈夫だと思う。でも、油断は大敵よ。このゲームは何が起こるか分からないわ。慣れは慢心と思って注意してね」


 残時間も少ないということで、引き返すことにした。

「シーフは偵察という役割をすることも多い。“調伏„ スキルを伸ばしてペットを創り、偵察に役立てるのも良いわ。でもね……偵察するペットはやられることも多い。感情移入し過ぎると心が持たないわよ」

 様々な経験を伝えてくれる。良い教官で良い先輩だ。


「昔々……まだマルチ・プレイヤーというゲームが珍しかった頃」

 ふと、昔話を始めた。

「未だ、こんなダイブが出来ない頃よ。みんなでマルチというのが珍しくて、パーティでも何をしていいか分からなかった。制限も多かったしね。それでも手探りでいろいろやったわ。前衛で剣を振り回す人と回復グァレンテを掛ける人は分かりやすいんだけど、その他の職の人のスキルとか全然分からなくて大変だった。でも、楽しかったなぁ、新しいゲームだったし……」

「先達の言葉はためになります」

「先達……所詮は年寄よ。十年ほど遅く産まれれば良かったかしら?」

「十年長生きすれば、良いんじゃないですか?」

「そうね。良いことを聞いたわ。後輩に教えられるとは……まだまだ修行が足りないわ」

 そう、不思議な、夢の中のような話を聞きながら、村へと戻る。

「あなたは長生きしそうね。大胆と臆病、激しさと穏やかさ、そして真面目といい加減。どれも生き残るに十分だわ」

 彼女の笑顔で、初の実戦は終わった。

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