旅の始まり

「一度、顔見たかった…」


「もう何年も世話係しか顔合わせて無いんだって。私も一度も会ったこと無いんだ」


 スセリとチョウは高台の方を眺めていた。

 二つの大きな祭殿の間に有る、一際ひときわ高くそびえ立つ大神殿。

 そこはヒメミコの儀式の場で有り、住居でも有る。

 ヒメミコはこの大神殿から出ることは無く、会話はを通して行っていた。


 チョウもツクヨミとの会談時に鏡越しの声しか聞いていない。

 ヒメミコは電話のように、鏡に声を届ける禁厭まじなひが出来るのだ。

 受けて側は声が聞こえるだけだが、ヒメミコの方は会話相手の姿も鏡に映せるらしい。


「じゃあ言って来るよ!ウズメさん!トヨの事よろしく頼む」


「ああ分かった。気を付けて言っといで」


 草の香りを含んだ朝霧が立ち込める時間に、スセリ達は出発した。


 チョウはツクヨミ達には「倭国を回って報告書を作りたい」と、しか言っていない。

 お供はスセリ一人いれば十分だろうと、ツクヨミも納得した。


「スセリ、ツクヨミ達に凄く信用有るな」


「…まぁ色々有るからな」


「根の国、スサノオ支配だからヤマト連合では無い聞いた」


「ああ…これから通るイヅモの国々もヤマト連合には属していない。実質私のオヤジの支配下だ」


 スセリは少し苦笑にがわらいをした。


 なぜヤマト連合では無いスセリがツクヨミ達にそこまで信用が有るかはチョウには謎のままだった。


「ヤマト連合とイヅモの国々は争い無いのか?」


「表立ってはな。だがいつオヤジの気が変わるかも知れない。我がまま勝手な奴だからな…チョウも聞いてるだろうが、最近倭の国で大きな争い事が有ったとこだ。勿論オヤジも関係している」


 その争いの時にスセリはヤマト側に付いて、ツクヨミ達に信頼を得たのだろうと、チョウは推測すいそくした。


 スセリ達は荷物片手に門を抜け、来た道を歩き出す。


「トヨとも暫くお別れか…あれ?」


 暫く歩いてからスセリは一度立ち止まって後ろを振り返ったのだが、柵の上から何かが自分達の方に向かって飛んで来るのが見えた…


 トヨだ。


「コラッ!トヨ!付いて来るな!お前はもうヒメミコの養女だぞ!そこで暮らせ!」

「いやや!ウチ、お姉ちゃんと一緒に行く」


 トヨは相変わらず手足をダラリとしたまま浮かんで来たが、珍しくはっきりした口調で喋った。


「駄目だ!お友達も沢山出来ただろ。ヤマトの国で過ごせ」


「いやや!ウチも一緒に行く」


「トヨ……」


 スセリが困り果てていると、タヂカラとウズメが門の方から走って来た。


「あー…やっぱり付いて行きたいんだね…トヨちゃんよっぽどスセリのことしたってるんだよ」


「どうしよう…ウズメさん、タヂさん…」


「捕まえようにも、あんなに上にいたら届かんもんす」


 背の高いタヂカラが手を伸ばしても届かない所にトヨは浮いていた。


「たとえ捕まえても、又お前を追って脱走するだろ。仕方ない。連れて行ってやれ」


「あーもう、何の為にヤマトまで連れて来たんだよ!この旅終わったらちゃんとヤマトの国で暮らすんだぞ!」


「ョッ…」


 トヨは〝はい〟とも〝いいえ〟とも付かない返事をした。


「ツクヨミ様にはおいから言っとく。チョウ殿との旅が終わったら又連れて来るとよか」


「ごめんなさい。タヂさん」


 三人はヤマトの国に別れを告げ、一路丹波タニワの国へと向かう。


「本当にムナカタに居る仲間達には会いに行かなくていいのか?」


「ああ。私これでも帯方郡たいほうぐん武官。命令出来る。皆先帰還するよう言った」


 チョウはヒメミコの鏡伝達の力を借り、チョウ一人が倭の国に残って調査を行い、調査後に帰還することを部下達に伝えた。


「そうか…長い旅になるぞ」


「大丈夫。慣れている」


〝これは運命さだめだ。後悔せずともよい〟


「えっ?チョウ何か言った?」


「ん?いや、私、何も言ってない」


 スセリは確かに誰かの声を拾った。

 声の主に心辺りは有る。

 だが何を意味しているかは分からない。

 どうせ問い返してもこたえてはくれまいと思い、あゆみを初め出す。


 三人はまず舟で渡って、秋津島あきつしまの北海沿いへと進路をとる。

 そこは殆どがスセリの親戚達が治める地で有った。









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