八十の呪

〝ザッ!ザッ!ザッ!〟


 少し小高い場所から赤猪あかいのが、丸太のような前足を足掻あがいて、突進する構えをみせる。


 スセリは黄色い布を振り回して、赤猪あかいのが自分に向かうように挑発した。


〝ブフゥッ!〟


 興奮した赤猪あかいのが荒い鼻息を吹いた。


 スセリが布を横に構え、これを待ち受ける。


〝ドドドドドドォォォォォッ…!!〟


 音をたてながら千貫せんかん以上有りそうな巨体がスセリに向かう。


 巨体が目前に迫り、スセリは足を踏ん張り、布を横手から振り抜いた。


〝ビシァァッーン!〟


 大きな角がスセリに触れそうな瞬間、布は赤猪あかいのの顔に命中して、その頬をひしゃげさせた。


 巨体が吹っ飛び、樹木を三本薙ぎ倒しながらゴロゴロ転がっていく。

 大樹にぶつかり、腹を見せながらやっと止まると、先の山鰐やまわにと同じ運命を辿って土に帰っていった。


 スセリは〝パシッ〟と布を一振りしてくうを切った。


うえっ!!婆娑婆娑ばさばさ!!」


 兎女に言われ、上を見ると翼の手をした蜥蜴とかげが〝バサバサ〟と、翼を鳴らして飛んでいる。翼竜よくりゅうだ。


 婆娑婆娑ばさばさは細かな歯が付いた鋭いくちばしをナムヂに向けながら降下する。


「きりが無いな…」


 スセリはそう呟き、次いで…


「ハヤスセリテマジコレ…」


 と、唱えながら布を放り投げた。


 布は蛇のようにクネりながら空を泳ぎ、そして婆娑婆娑ばさばさの首に巻き付く。


 スセリが翳した手の平を〝グッ〟と握ると、首に巻き付いた布も〝グッ〟と絞れ、そのまま婆娑婆娑ばさばさの首をへし折った。


 婆娑婆娑ばさばさは力無く崩れ落ちながら骨へ、石へ、土へと変わっていき、〝ドシャ〟と地面にちる。


 布は仕事を終えると、持ち主の所に戻ってゆき、スセリの首を優しく巻いた。


「すごぉ~い!すごぉ~い!強すぎ~!!」


 兎女は飛び跳ねて、歓喜した。


「失礼…お主、先ほど『スセリ』と呼ばれていたが、あのスサノオ殿の娘のスセリか?」


 ナムヂは改まってスセリに聞いた。


「…ああ…そうだ」


「おお!そうで有ったか!実は俺達は根の国に行こうとしてた所だったんだ」


「えっ?!何しに?」


「いや、先ほども言ったが兄達の悪戯が過ぎるので、母に根の国に行ってかくまってもらえと言われてな」


「オヤジの所行っても鬱陶うっとうしがられるだけだ。それはそれで命が危ない」


 話を聞くと、ナムヂ達は三日前に根の国に向けて出発したのだが、度重たびかさなる兄達ののろひの攻撃に追われ、食事もろくに出来ずにこの辺りまで逃げてきたのだと言う。


「いったい何をしたんだ?兄貴達に?」


「いや、別に…うぉぉおおお!!」


 話してる最中に炎をまとった石が飛んできた。

 スセリが霊布ヒレで撃ち落とす。


「別の術者か?!兄は何人居る?」


「それが…おおお!」


 今度は真ん中から二つに割れた大樹たいじゅが、挟み殺そうと倒れ込んで来た。

 スセリがこれも霊布ヒレで追い払う。


「お前このままじゃ命いくつ有っても足りないな…」


「ワハハハハハ…そのうち悪戯するのも飽きるだろう」


「ナムヂ様!こんなの悪戯じゃ無いですって!明らかに殺そうとしてます。スセリ様、聞いて下さい。ナムヂ様はお兄様方他ほか、親戚も含めて八十人以上から殺されかかっております」


 兎女が兄達を庇うナムヂに変わって語りはじめた。


「それというのも、ヤガミヒメが心優しいナムヂ様を婚約者として選んだからです。兄様達はヤガミ様に求婚しておりましたが、全員振られたのです」


「ヤガミヒメ?あの因幡のヒメか?絶世の美女と聞くぞ!この変な奴を婚約者に選んだのか?」


「変な奴?おお!それは個性が有るというめ言葉だな。ありがとう!」


 ナムヂはお辞儀をしたが、スセリはあえて無視をした。


「実はシラは、ヤガミ様にイヅモいちの優しい殿方を探すよう言われました。そこでシラは困った振りのお芝居をして試験をしたのです。ナムヂ様の兄様あにさま方は私が困っていても助ける所か更に意地悪をしてきましたが、ナムヂ様だけは親身に成ってシラを助けようとしたのです」


「なるほどね…婚約者ってそうやって探すんだ。私は恋という物をしたこと無いから勉強になった」


「そしてシラがナムヂ様をご紹介して、ヤガミ様はイヅモにとつぎにやって来ました。ところが兄様達はいとしいヤガミ様をめとることが出来なかった事をねたみ、嫉妬しっとに狂ってナムヂ様を殺そうとしている訳なので有ります」


「こら!シラ!兄達は嫉妬なんかしていないぞ!」


「してるじゃないですか!げんのろひを掛けてるじゃないですか!」


「スセリ殿ちょっといいか…」


 ナムヂはスセリを呼んで皆に聞こえないようコソコソ聞いた。


「実は知ったか振りをしていた。〝嫉妬〟てなんじゃ?」


「お前そんな事も知らないのか?いいか、嫉妬っていうのは強い奴を見て『自分はいつかあれ以上強くなってやる』って思うことだ。だからあの兎の言ってる事はおかしい。嫉妬ではない。兄達がのろひを掛けるのは、お前がヤガミと結婚したことにより、因幡の王になることに対しての羨望せんぼうだと思う」


「なるほど!」


〝ポンッ〟と、ナムヂが手を叩いた。


「ならばヤガミヒメとの婚約を止めれば兄達の悪戯も止むのだな…しかし、それでは折角せっかくとついで来てくれたヤガミヒメに恥をかせるようで申し訳が立たないな…」


「う~ん…お前は因幡の王になる気が有るのか?」


「無い」


「なら結婚を断っても問題ないだろ」


「うむ。そうだな。ヤガミヒメには土下座して婚約を解消してもらおう。では、これから家に帰ってそのむねを兄達に伝える事にしよう」


「私ら護衛ついでに付いていってやるよ。どうせ通り道だし」


「これは何から何までかたじけない」


「その代わり馳走ちそうしろよ」


「分かった」


 二人が喋っている間にも飛んで来ていた炎の石を、スセリは何個も叩き落としていた。


 トヨはこのかんずっと祓いをして、結界を作っていれる。


「トヨ!兎が居るから程々ほどほどでいいぞ!」


「い、今気付きました…あの女の子…何で飛んでるんですか?シラみたいに元はとりなんですか?」


「違うよ。それより気をつけろよ。トヨの結界に触れると兎に戻るぞ。そうなると命の保証は無い」


「えっ?!」


「私は兎が大好物だからな」

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