バケヒメ

 その屋敷の一室には沢山の様々な土偶どぐうが並んでいる。

 一際ひときわ目立つ遮光器土偶しゃこうきどぐうをはじめ、色鮮やかな物や姿形が妙な物、動物の形をした物なども有り、作られた年代や地域も様々であった。


 一時期呪術者の必須道具だった土偶だが、この時代には土偶を使った儀式は激減しており、一部の昔気質むかしかたぎの呪術者しか使用していない、最早もはや過去の呪具じゅぐであった。

 そしてこの一室に有る土偶も、呪術で使用する目的では無いのである。


 ここには土偶だけでは無く、珍しい模様の土器どきなども沢山置かれ、それぞれにはぎ女郎花おみなえしなどの草花、赤みが帯びた紅葉などが飾られていた。


 そしてその草花をでる美しき女性が一人、しつの真ん中にいる。


 八カ所をくくっり結った髪型。

 色取り取りの勾玉まがたま官玉くだたま、小玉をあしらった蜻蛉とんぼ玉の首飾り。

 腕には珍しい南方で取れた貝の腕輪うでわ

 流行はやりの翡翠ヒスイの耳飾りは、身分の高さもあらわす。

 そして、この時代には珍しい、青地に花形模様の紋織物もんおりものを衣とし、桃色の裳を幾重いくえにも巻いていた。


 この女性はお洒落しゃれの最先端を常に行っている。

 目の下に四つづつ、計八つの小さな星形の刺青は彼女特有のものだが…


 その星形の刺青の上に有る、少し下がり気味の大きな目は、出会う男を一目でとりこにしていた。

 人々は国一くにいちの絶世の美女と口々に言う。

 婚約してもその人気が落ちる事は一切無かった。


 女性はイナバの国の女王で有り、呪術者でも有る。


 名をヤガミヒメと言った。


 そのヒメの元に一人の男が…


「ヤガミヒメ…入ってよろしいでしょうか?」


「何ようじゃ?」


「例の物が手に入りました。ぜひお渡ししたく…」


「入れ…」


 男は許しを得て中に入る。

 そして両手に抱えていた物を掲げた。


「これがツシマの国より連れてまいりました、みょおなる動物です。ぜひとぞお受け取りを!」


「おお!これがみょおか…何とあいらしい」


 ヤガミヒメは小さな子猫を受け取り、胸に抱いた。

 この時代はまだ本土にねこらず、ツシマの国に山猫がるだけだった。

 ヤガミヒメは猫を見るのも手にするのも初めてで有る。


〝二ャー〟


 ヤガミヒメの胸に抱かれた猫が鳴いた。


「お聞きの通り、〝みょお〟〝みょお〟と鳴くのでみょおと言います」


わらわには〝にゃあ〟と聞こえたぞ」


「では〝にゃあ〟に間違いございません」


「この子、いただいてよいのか?」


勿論もちろんです」


「おお!何というよろこび…わらわうれしいぞ…」


 抱いた子猫に頬ずりをする仕草に男はウットリした。


「ああ…この心を何と例えようぞ。まるで心に若芽わかめえるが気持ち。そう!心がゆるぞ」


「喜んでいただければ光栄です」


「そなたに何か御礼をせねば…」


「いえ!滅相めっそうもない…ただ…もし許されるなら願いが一つ」


「なんじゃ?言ってくだされ」


「弟との婚約を解消して下さい!」


「なんと?!ナムヂ殿との婚約を?!それは出来ません!わらわはナムヂ殿を愛しております」


「グッ!…」


「…が、しかしわらわ女子おなご…このようなこころゆる物を沢山贈られたら、ひょっとしたら心変こころがわりするやも知れません…」


「ほ、本当ですか!もっともっと珍しい物や可愛い物をお贈り致します!!」


「楽しみにしております…」


 男は走りながら室を後にする。


容易たやすい男…」


 ヤガミヒメはそう言うと猫を床に置いた。

 猫は室の隅に鳴きながら走って行く。


 ヤガミヒメは土器に近づき、けてある細い木の枝を〝ポキリ〟と1本折った。

 二俣ふたまたに分かれたその枝を手に取りゆっくり宙に円を描くと、こうとなえる。


「ヤモノヒトシテマジコレ、マジコレ、ルルルルルー…」


 枝の先から虹色の小さな星形が沢山現れたような気がした。


「このイヅモの国もやがては…」


 言いかけ時に誰かが室に近づく足音が聞こえ、ヤガミヒメは口を止めて足音の方へと目をやった。


「ヤガミヒメ。入ってもよろしいでしょうか?」


 先程とは別の男の声がした。


「今少し待たれよ…」


 ヤガミヒメはそう言うと室の隅に目をやった。


「お前に名が必要じゃな。〝にゃあ〟と鳴いたから〝ニア〟はどうじゃ?さぁ、ニア。こちらにおいで…」


 ヤガミヒメはそう言って両手を前に広げた。


 その両手の先に猫は居なかった。


 室の片隅に居るのは少女だった。

 猫耳を付け、毛皮を着ている…


 少女は怯えた目で大人しく座り込んでいる…

 まるで借りてきた猫のように…






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