兎女と優男

 陽射しは木々に力を与え、地下水は木々にうるおいを与える。

 太古よりはぐくまれた雄大な木々達が放つ清々すがすがしいは、誰もがここに来れば感じるはずだ。

 木々だけでは無い。

 こけえた石一つとってもを感じる。

 近くで清水しみずの恵みを受ける渓流けいりゅうにも…

 チョウはこの大自然だいしぜん全ての物にせいを感じていた。


「倭国、森中活気有る。とても素晴らしい」


此処ここいらの森は遠い昔に、私の姉達が木を植えて作ったんだって…」


 スセリ達一行はツクシの国から舟で渡り、アナトの地に来ていた。


「この先はもう、イシミの地と言ってオヤジの領域だ」


 まだ舗装もされていない森の中だが支配域が変わる。

 ヤマト連合のアナトの国を抜けると、スサノオの親戚筋が支配している国々に入るのだ。


「スセリ、イヅモはスサノオの親戚、支配してる言った。それはヒミコ、ツクヨミの親戚にもなる」


「そうなんだが…実はちょっと、ややこしい」


「?」


「オヤジの直の子孫達が支配している」


「??」


「ん~何と言ったらいいか…私の死んだ兄や姉達の孫、いや曾孫ひまご…いやもっとだな」


「ん~全く分からない。スセリ。兄弟何人いる?」


「生きているのは腹違いの兄姉きょうだいが二人…いや、たぶん五人か。あとは寿命やいくさで何人死んだか分かんない。正直私には何人兄弟居たんだろ…」


「そんなに居るのか?スサノオ歳いくつだ?」


「そのこと何だが……」


〝びぇ~ん!びぇ~ん!悲しいよ~!〟


 二人が話ながら歩いている最中、助けを求める鳴き声が聞こえた。

 二人はこんな森の中で何だろうと、不思議に思った。


 鳴き声の正体をトヨがいち早く見つけており、木陰を指している。

 そこには白い毛皮を着た若い女が目を覆い、うずくまっていた。


 不思議ことにその女は髪まで白く、その髪は耳を隠す程度の長さしか無い。

 そして頭から二本、白い毛皮が伸びていた。

 まるで兎の耳のように……


 スセリとチョウは顔を見合わせ、二人同時にうなずくと女の元へ寄った。


「どうした?なぜ泣いてる?」


「はい。ここに米が有るのですが、生なので食べれません。だからお腹が空いて悲しいのです。どなたか知りませんが、食べ物持ってたら米と交換して貰えませんか?」


 そう言って女は顔を上げた。

 その顔を見てチョウは〝ギョッ〟とした。

 目が赤いのだ。

 いや、泣いて赤いのでは無く、瞳が赤いので有る。


「だったら団子だんごが有る。これと…」


〝パシッ〟


 スセリがきび団子だんごが入った袋をだすと、すかさず女は袋を奪い走った。

 その速さは普通では無かった。

 飛び跳ねるように森を走り抜け、十分に距離が開いてから止まって、スセリ達の方を向いた。


「嘘ぴょ~ん。米なんか持って無いぴょ~ん。テへへへ…この団子貰うね」


 そう言って女は袋をかかげて嬉しそうにしていたが……


「あれ?無い?」


 掲げたはずの袋がいつの間にやら手から消えていた。

 女が前方見ると袋は〝フヨフヨ〟浮いてスセリ達の元へ向かっていた。


「エエエェェェエエエェェ……何でぇ?!」


「ハヤスセリテマジコレ…」


 スセリが手を翳して呪文を唱えた。

 刹那__


「キャァァー!エェェェ?!」


 女が着ていた毛皮が脱げ、空に飛んでいった。


「イヤァー!待ってー!!」


 女は慌てて飛んで行く毛皮を追い掛けて向こう側へと消えていく。

 それを見ながらスセリは大笑いしていた。


「スセリ、若い女、裸するよくない」


「いいじゃないか。兎なんだし。ハハハ…」


「あれは妖怪ようかいか?」


「ん…多分たぶんあれは…」


 スセリが笑っていると、女が消えていった方角から、げみずらをした実直じっちょくそうな青年が走ってきた。


「うぬぬぬ!お主か?シラに恥をかかせた悪い奴は?」


「兎の飼い主か?悪いのはそっちだろ!」


「何だと!開き直るか!シラに謝れ!」


「はぁ?まずそっちが謝れ!飼い主も同罪だ!」


 そう言ってスセリは手を翳した。

 すると〝バサッ〟と男の袴がずり下がった。


「な、何!お主、禁厭まじなひ師か?!」


「ハハハ、お前!山芋みたいにデカいな!」


「何?!山芋みたいにデカい?!それは褒め言葉だな!いや~ありがとう!」


「ハハハ、お前変な奴だな。ハハハハハハ…」


「褒められればお礼を言うのは当たり前じゃないか。ワッハハハハハ…あっ…」


 笑っていた男が、急に倒れた。


「おい!大丈夫か?」


 スセリは慌てて駆け寄ると、男の上半身を抱えあげた。少し衰弱しており、目の下に隈が出来ている。


「いや…昨日から何も食べておらず…」


「そうか、それであの兎は食べ物を盗もうとしたのか…」


「シ、シラはお主の食べ物を盗もうとしたのか?それは知らぬとはいえ申し訳ない…」


 スセリは袋から団子だんごをだした。


「ほら、食べなよ」


「い、いいのか?」


「ああ」


「かたじけない。俺はナムヂと言う。これも何かのえん。このご恩は必ずお返しする」


「いいよ、気にするな。それより何でめしを食べて無い?道に迷ったか?」


「ングッ!…そ、それが…」


 団子を頬張りながらナムヂが語ろうとした時…


「びぃゃあああぁぁあああ!!助けて~!!」


 先ほどの兎女が毛皮を着てスセリ達の方に戻って来た。

 何かデカい物を引き連れて…


「スセリ!何だ?!あれ?!」


 チョウが剣を構えながら聞いた。


山鰐やまわに…」


 スセリは近くに呪術者が、いないか探りながら答えた。


 高さ八尺、鼻先から尻尾しっぽまでは二十尺以上位有りそうな大きな蜥蜴とかげみたいな生物。

 そのデカい口に並ぶ牙は、わにそのものだが…

 そいつは大きな後ろ足で立ち上がりながら歩いていた。

 わにというよりは獣脚類じゅうきゃくるいの竜である。


「ぬっ…シラが危ない。助けねば」


 倒れていた男が立ち上がろうとした。


「待て!お前、禁厭まじなひは使えるのか?」


「いや!でも、助けねば」


「馬鹿!素手で勝てる相手じゃ無い。任せろ」


「いや、お主も武器を持っておらぬでは…」


「大丈夫…これ一枚有れば充分だ」


 スセリはそう言うと、首に巻いた布をはずして手にした。


〝バキッ!バキッ!〟

 小さな木々を薙ぎ倒しながら、山鰐やまわには兎女をもうと、頭を低くしながら追い掛ける。


〝ガキッ〟

「びぃやあぁぁ!」

〝ガキッ〟

「ほぎゃあぁぁ!」

〝ガキッ〟

「ふぎゃあ~!」

〝ガキッ〟


 山鰐やまわには牙と牙が重なり合う音を鳴らしながら、その大きな口を何度も何度も噛み合わせる。

 兎女は泣き叫びながら、噛み潰されるギリギリのところで何度も何度も飛び避ける。


「あぁ~!さっきの人!助けて下さ~い!!」


 兎女が逃げる先に、スセリが仁王立ちしながら布をクルクル振り回していた。


「どうしようかな~…所詮しょせん兎だしな…」


「兎でもシラ、こうして人の姿してるじゃないですか!!助けないと噛み潰された時に一生心に残るような悲痛ひつうな叫びあげますよ!!『ああ…あの時、あの兎ちゃんを助けてあげれば良かった…』って絶対後悔しますよ!!」


「飛べ!!兎!!」


 兎女の台詞せりふを聞くこと無く、スセリは既に振りかぶっていた。

 む為に山鰐が鼻面を下げた瞬間、兎女は飛び逃げ、スセリは山鰐の頭を布でたたいた。


〝バガガァァァーン!!〟


 スセリが放った一撃は、物凄い音をて、山鰐の頭蓋骨ずがいこつを砕きながら地面に突き刺した。

 山鰐は尻尾を二、三度振っただけでそのまま動くことは無かった。

 布で一発殴っただけで有る…


 ナムヂと兎女は口を開けたままただ唖然とするしか無かった。

 トヨはこのかんたたボゥーと浮きながら見つめているだけ。

 チョウは腕を組みながら「やはり、強い」と、呟いた。


 魏の使者のチョウにツクヨミが護衛の兵を付けなかった訳はこれで有る。

 百人の兵を付けて足手まといに成るよりか、スセリ一人の方が余程頼りになると、ツクヨミは判断したので有る。


 五体居たとはいえ、屈強な兵が三十人掛かりでも苦戦した怪物を一瞬で倒した実力に、チョウはとっくに気付いていた。


「倭国、こんな生物いるか?」


 チョウは山鰐やまわにの死骸に近づいた。

 広い自国でも目にしたこと無い生き物だった。


「いや、これはのろひで作ったもの。恐らく昔の生物を復元する禁厭まじなひだろ。ほら、見ろ…」


 スセリは頭を半分地面にめり込ました山鰐を指した。

 山鰐は形が崩れたかと思うと、すぐに骨に成り、そして石に成り、やがて土に成った。


「ナムヂと言ったかな?お前、誰かにのろひを掛けられるほどの怨みを持たれているか?」


「いや。心あたりが無い」


「嘘ぴょ~ん。ナムヂ様はお兄さん達にのろひを掛けられてます」


「こらっ!シラ!滅多なこと言うな!」


「本当の事じゃないですか!ナムヂ様は昨日からずっと命を狙われて追われています!」


「命を狙ってるのでは無い。きっと悪戯いたずらだ」


「違いますよ…ん?あああああぁぁ!赤猪あかいの!!」


 兎女が叫ぶ!

 その赤い目の先に褐色かっしょくの小山みたいな生物がいる。

 頭に長い三本の角と盾のようなえりを付けていた。

 角竜つのりゅうだ。


「次から次へと…ところでナムヂとやら…」


「なんだ?」


「いいかげん袴を履け!」


「ああ。忘れてた。ワハハハハハ…」







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