カヤの一族

「ガハッ!!ゲホッ!ゲホッ!…グッ…どこだ?ここ?」


「やっと起きたか…オレらの里だよ…」


「あれ?おいどんは確か…ゲハッ!」


「アニキは今まで丸二日間気絶していた…」


目が覚めたアツカヤはいきなり水を何度も吐き出し、辺りを見渡した。

一緒にムナカタに居た家来達も、うめきながら倒れている。


傍らに毛皮の頭巾をかぶり、口元を毛皮で覆った男が丸太に座っていた。

男の腕には木々模様の刺青が入っている。


「ゲホッ!ゲホッ!そうか、クソッ!あの女!せっかくタギツを裸にして、いざこれからって時に…」


「タギツを裸?アニキ!裸にする間が有ったなら殺せたんじゃ無いのか?!」


アツカヤは〝ふんっ〟と鼻息を鳴らし、拗ねたような顔をして腕組みをした。


「あの変な楽器がっき持ったサヨリとか言う奴が来なければれてたわい。何もんじゃ?あやつ?鼻歌まじりで水の中に閉じ込められたぞ…」


「イチキシマだ…別名サヨリとも言われている。三姉妹の次女だよ!」


男は少し苛立ちかげんで喋った。


色欲しきよくを出さなければ三姉妹の一人は消せたんじゃないのか?…アイツら次は油断しないぞ!馬鹿アニキ!」


「サカヤ!お前それが勇王イサオに言う言葉か!!」


男はアツカヤに怒られても意に介することなく〝ムスッ〟としたままで有った。

男の名はサカヤ。別名ククノチヒコ。

アツカヤの弟であり、クマソ武官タケルの呪術者である。


アツカヤ達はムナカタ三姉妹の一人、サヨリヒメに出会ってすぐに地上で溺れさせられ、そして水圧で遥かかなたのクマソまで飛ばされたのである。

サヨリヒメの能力は、あまたの禁厭まじなひ師の中でも上位の実力者で有った。


「ただいま~!お土産持って帰ってきたよ~!あらっ!父上気が付いたの?」


「おおっ!イチカヤ!おいどんの可愛い娘子よ!…おっ!これは、これは良い餌を捕まえたな」


イチカヤことカヤノヒメは、生まれたての子鹿のように足をふらつかせているハヤツヒメを引き連れて帰ってきた。


アツカヤ達の回りは、木々に囲まれながらも、幾つかの住居が建ち並らんでいた。

畑は有るが、田んぼは無い。

彼らは水田稲作はせず、食料は狩りを中心としている。

ここは狩猟国、クマの国だ。


「そうだ!サカヤ!に大陸の餌はちゃんと食わしたんだろうな…」


「残念だが邪魔が入った」


「何?!」


「何者か分からないが、結界が張って有った。が近づけ無い位の強力なはらえだ。かなりの呪術者だ」


「あれ程デカくなったのに、はね除ける術者が居るのか?!」


「ああ…消してやろうと思って、暫く様子を覗ってたが…かなり強い呪術者がもう一人居た。遠くからでも気配が届くくらいだ。真面まともにやり合ったら負けていただろう」


「お前がか?!ヤマトの奴ならミカヅチぐらいしか思い浮かばん。奴は何処かに行っていると聞いちょるし…」


「お話し中すみません…」


話の最中を割り込むように、気が付いたアツカヤに薬草と水を女が運んで来た。


「お父上。お体が弱っておられでしょう。お薬ここに置いときます」


「おお、すまんなフカヤ…」


薬を運んで来た女はカヤノヒメと姿形すがたかたちがよく似ていた。

目元が優しいのと、その全身にしてある刺青の模様が少し違う位か。

カヤノヒメが葉の付いた唐草模様なのに対し、この女は花が付いた唐草模様の刺青をしている。

女の名はイチフカヤ。アツカヤの長女でカヤノヒメの姉である。


「ねぇ~、この女どうする?」


カヤノヒメが蔓を揺らしながら聞いた。

蔓を揺らされたハヤツヒメは俯きながら、「ウッ、グッ…」とめいている。


「そうだな。おいどんもまだ回復しとらんし倉庫に入れとけ。後で楽しんだ後にの餌にしよう」


言われ、カヤノヒメはおぼつかない足取りのハヤツヒメを何処かに連れて行った。


「どれっ!においどんも〝ただいま〟の挨拶しとくか…」


アツカヤは立ち上がり、サカヤと共に歩き出す。


二人は森の中へと向かうべく、広大な畑の間を歩いた。


畑には食べれる植物ばかりで無く、毒草やここらに無い異国の草などが育てられている。

中にはこの世の物とは思えない、おどろおどろしい謎の草も見られた。


アツカヤ達は植物の品種改良をしたり、のろひを掛けてこの世に無い薬草を作ったりしている植物巧者だった。


「サカヤ。多々良たたら場の武器作りの方は順調か?」


「ああ、足りない人手は他の村からさらって補っている」


「後は蓬莱山の物実だな…」


「例の蠱物まじものか?本当に有るのか?もう海に捨てられたのでは…」


「いやっ!ヤマトの誰かが絶対隠しちょる。一度落ち着いたらアワの国に行こうぞ」


「アワの国?」


「サルタの先祖がキイの国の前にアワの国に住んでたちゅう噂を聞いた。そこを探してみようと思ちょる」


「分かった…も連れて行くよう準備しよう…」


サカヤは森の奥を指差した。

そこにはブナやナラの木々が立ち並ぶ中に、奇妙で不可解な小山が見える。

濃い紫色をしており、刺のような物がいっぱい生えた小山…

その回りだけ瘴気しょうきが漂っている。


「おおっ!成長したな!もうすぐじゃ…」


「ああ…このヒノモトの国が我らのものに成る日も近い…」


アツカヤはニヤニヤしながら小山を見ていた。

暫くすると小山が少しだけ蠢いた。

小山は蠢いたかと思うと、同時に何かを吐き出す。

コロコロ転がるそれは牝鹿めじかの首で有った。

すっかり腐乱して、見るも無惨の状態の…




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