蔓の呪縛

 誰も居ない林道を、剣を背負いし女が一人走っていた。


「早く…早く、ツクヨミ様に知らせねば…」


 まだ二十歳そこそこの凛々しい顔の美人である。

 長い髪を後ろで一つに括り、赤い鉢巻きをなびかせる姿は山犬のようにも見える。

 黒い衣は丈が短く、足が上がる度に股から褌を覗かせていた。


 この時代の女性にしては一風変わった服装だが、女は走りやすい為の格好をする必要が有った。


〝ザザッ〟


 走っていた女の足が急に止まった。


 前方を見据えているが、林道には誰もいない。

 回りにはただ、木々と草むらが有るだけである。


「誰だ!出て来い!」


「お急ぎかい…いったい何処に行くんだい?」


 声と共に突然林道の真ん中に沢山の青葉を纏った木枯らしが舞った。

 中から三白眼の妖艶な麗人が現れ、鉢巻きの女と対峙する。


 木枯らしから出てきた女は、太股も露わに胸と腰に毛皮を巻いているだけの半裸の姿であった。

 だが露出の多い服よりも、全身にしてある唐草模様の刺青の方が印象的である。

明らかに呪術者だ…


 この時代の呪術者は、呪力を高める為に刺青をしている者も多かったが、ここまで全身にほどこしている者は流石に珍しい。


「イチカヤ…」


「カヤノヒメって呼んでくれるかい。ヤマトの子鼠さ~ん。フッフッ…」


 その言葉を聞き、鉢巻きの女は背中の剣を抜いた。


「ハヤツナリキテマジコレ…」


 何かの呪文を口にしながら鉢巻きの女は剣を横に構えると、右横に走り始めた。

 いや、左横に走り始めた。

 いや、右横に…

 いや、左横に…

 彼女は目まぐるしく、右に左に行ったり来たりをした。

 横向きに走っているはずだが、その速さは尋常では無い。


 やがて残像ができ、その場で見る者には女が幾人にも見えたであろう。


 鉢巻きの女の名前はハヤツヒメ。

 ヤマト連合の諜報員。この時代のくノいちである。


「分身の術かい…初めてみるよ。面白いねぇ~」

「やぁぁぁ!」


 複数のハヤツヒメが剣を振りかざして、カヤノヒメと名乗る者に飛びかかった。


「カヤクサツラレテマジコレ…」


〝ビシッ〟


 どこからともなく何か細い物が八方から飛んできて、二人の間を塞いだ。

 塞いだ物の正体はつる…大量の緑色のつるだった。

 勿論植物の…

 ハヤツヒメの振りかざしていた腕は、つるに巻きつかれ、剣がカヤノヒメに当たる前に止まっていた。


「グッ!」


 高速で動いていたハヤツヒメの動きが止まった。

 見ると地中からは沢山の長い根が出ていて、足に絡まっている。


 其れを見てカヤノヒメがほくそ笑む。


「砂浜や川の中ならともかく、この場でアチキから逃げ通せると思ったのかい」


「お、おのれ!」


 ハヤツヒメは剣で絡まっているつるや根を切り落としていくが、すぐに〝くねくね〟うねりながら後から後から伸びてくる。

 つるや根は切るたびに、練り潰した山芋やまいものようなトロ身のある粘液を滴らせていた。


〝ヌルッ〟

〝ヌルッ〟


 ハヤツヒメの剣が蔓の粘液で滑るようになり、上手く切ることが出来なく成ってきた。

 その間にも蔓はうねりながら林の方から伸びてくる。


〝ビシッ〟


「あっ!!」


 蔓がハヤツヒメの腕と体を捕らえ、締めあげた。


「クッ!…ウッ!アッ!……しまった!」


 そのまま蔓はハヤツヒメの手先を後ろ手に縛り、その反動で剣は地上に落ちる。


 更に蔓は膝上を縛り、胸も縛り、太股の間に入って股も縛る。

 そして〝ぬるりぬるり〟うねりながら締め付けていく。


 ハヤツヒメは遂に身動きが取れなくなり、その長細いミミズみたいに動く蔓に束縛そくばくされた。


「ハッ…ぅん…ぁああ…グッ…ック!」


 蔓は締め付け終わっても、トロ身の有る液を纏いながら、ずっとグルグルとハヤツヒメの体を回り続けて動いている。


「もう蔓の呪縛からは逃れられないよ。そのままアチキらの隠れ場に戻ってもらうからね」


「は、恥を忍んで頼む…ハゥッ!お、お願いだ…グッ!…こ、この蔓、う、動かすのは止めてくれ…」


 ハヤツヒメは頬が赤く染まりだし、苦しげな表情に変わりつつあった。


「え~!縛りつけたままだと痛いと思って、トロ身つけて動かしてあげてるのに…」


「た、頼む。ぁッ…言う通りにするから。だ、だから…ウッ!…ぬめりながら動かさないで…ゥゥッ!」


「分かった!まだ痛いんだね。速いの好きならもっとぬめらせて加速してあげる…」


 蔓は食い込みながら、ぬめうごめく速度をあげた。


「ヒイャッ!!」


 ハヤツヒメは腰を引き、声を押し殺して何かを我慢していたが、遂には堪え切れなかったのか震えた息を吐きながら体を痙攣させた。


「良かった。痛いの痛いの飛んでいったんだね。フッフッフッ…」


〝ビシッ〟


 新しい蔓がハヤツヒメのクビと、口周りに巻きついた。


 首を巻いた蔓をカヤノヒメは手にして、〝グイッ〟と、たぐり寄せる。


「ほ~ら引っ張ってあげるから、しっかり歩きなよ。モタモタしてると更に蔓を巻き付けるからね」


「ンッ…ウッ!…ッグ……」


 ハヤツヒメは猿ぐつわのように口にも蔓を巻かれ、もはやうめき声しか出せない。

 紅潮した顔を項垂うなだれたままに引きつられ、時折首を振りながら痙攣をしても、歩みは止めさせては貰えなかった。


 そして二人は向かう…

 蠱毒厭魅こどくえんみの飼育場へ…

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