蠱毒な部屋

何とも言えない臭いが充満していた。

薬草の青臭さ。

蛇の生臭さ。

虫の土臭さ。

それらに腐敗臭や汚物のにおいが混じっている。


常人が長い時間耐えられる場所では無い。


湿った木棚の上には土器が沢山並んでいた。

どの土器の中にも粉々になった、蛇やムカデなどの乾燥した死骸が入っている。

蠱毒の儀式の後で有る。


何種類もの毒を持つ生物を一つの壺に入れ、殺し合いをさせて最後に生き残った物をあがまつる。

蠱毒とは、その生き残って霊獣となった毒虫の毒を使うのろひだが、サカヤはその毒虫に更なるのろひの呪法を行っていた。


壺が置かれた木棚の奥に、少しひらけた場所が有る。

火を使った後の有る炉…その回りには沢山の枯れた草や動物の骨が散乱している。

動物の中には勿論人間も含まれていた。


その開けた所の真ん中に人が倒れている。

「ウッ…ウッ…」と、呻いては時折腰を上げては体を痙攣させていた。


ハヤツヒメで有った。


その体は滑りながら蠢く蔓に絡められたままの姿である。

ハヤツヒメは何度も頭の中が空白になり、白目を向いて気を失いかけていた。

過呼吸かこきゅうで、もはや息もままならない状態だった。


その場に女が入って来た。

全身に唐草模様の刺青をした女…


女は右手に鉄の短剣、左手に皮袋を持っている。


ハヤツヒメは薄い意識の中で、自分のせいあきらめた。


刺青の女はハヤツヒメの傍らに膝をつき、短剣で口をふさいでいる蔓を切った。


「ガハッ!!ハァー!ハァハア、ハァハア、ハァハア…」


くつわが取れたハヤツヒメは、よだれを垂らしながら荒れる息を整えようとした。


刺青の女は皮袋から何やら調合された草を出し、口に含んで咀嚼そしゃくした。

噛み砕いた草を手の平に吐き出すと、ハヤツヒメの口元に持っていった。


「飲み込んで下さい」


言われてハヤツヒメはうなづき、唾液だえき混じりのそれを口にした。

苦味が強かったが無理矢理喉の奥に押し込み、せて吐き出しそうになるのを必死に我慢する。


その間に刺青の女は短剣でハヤツヒメに巻き付く蔓を全て切り離していた。


「力が付く薬草です。じきに元気になります」


「あ…ありがとう…フカヤ…」


女はカヤノヒメの姉のイチフカヤだった。

イチフカヤは精力草が飲み込みやすくする為、そして毒で無い事を教える為にワザと目の前で咀嚼そしゃくした。


「裏手から逃げて下さい。逃げるさいには岩の上や川の中を通り、出来るだけみどり蔓延はびこって無い所をお選び下さい」


「な、なぜ私を助ける?」


「あなたはこのままだと恥辱を受けたあと、に少しづつ腐らされて、ゆっくり生きたまま食べられます。人の死に方では有りません」


ハヤツヒメは音を立てながら固唾かたずを吞んだ。


「アチシはそのような光景を見たくは有りません。どうかお逃げを…」


「私を逃がしてお前は大丈夫なのか?」


「あなたが自力で逃げたことにします」


「私はこの部屋で飼われていたを見ている。あんな物が世に出るとヤマトの国ばかりでは無く、倭国ヒノモト全体が危ない。このことは報告する。いいな…」


「分かっています…ツクヨミ様に早くお知らせを…はこの世に存在してはいけません…」


「…何が有っても貴女の命は助かるよう、ツクヨミ様に嘆願たんがんする」


「お気遣い無く…それよりもう一つツクヨミ様にお伝えを…」


「何を?」


「父はツクヨミ様達の秘密に気付いております…」


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