対八十

「サシクニワカヒメ様~!今帰りましたぴょ~ん!」


 シラがナムヂの母の名を叫んだ。

 しかし、三回呼んでも返事は無い。


 五人は屋敷の玄関前に並んでいた。

 妙な気配を感じたのか、チョウは剣のつかに軽く手をかざしていた。


「ん~…サシクニワカヒメ様は留守かな?では先にヤガミヒメ様の所に参りませんか?」


「えっ?ヤガミヒメはこっちに来てるのか?」


「はい!あっちの屋敷の方に居ます」


 見ると屋敷の裏にも庭付きの別屋敷が有った。

 本宅よりは一回り小さいが、それでも立派な屋敷だ。


「おー!会いたい!会いたい!どれだけの美人なのか一度拝見したかったんだ」


「それはそれはお美しいですよ。では参りましょう」


「まてっ!兎!!」


「はいっ?」


 言われてシラがスセリの方を振り向いた。


「動くな…」


 スセリが怖い顔を前方に向けている。

 シラはスセリの方を向いたままの姿勢で止まっていた。

 顔を前方に動かしたく無いので有る。

 その長い耳に、前方から来るおぞましいうなり声が届いていたからである…


「あ、あ、あの~シラのま、ま、ま、前には…何がりますか?」


「ハヤスセリテマジコレ…」


 シラの質問の答えの代わりに、呪文とヒレが飛んできた。

 ヒレはシラの横をすり抜け、背後の地面から出てきていた大きな頭に当たる。


〝グワアアッッ!〟


 ヒレの一撃を食らい、その頭は一瞬怯ひるんだが、スセリ達を睨みながら首をぐんぐんぐんぐん地中から伸ばして十五尺の高さまで鎌首をもたげた。

 頭の形と首の長さを見ると、数多あまたの小さな牙を持つ蛇に見えるが…

 よくよく見ると首の根元に大きな体が窺える。


「アワアワアワ…お、お、大蛇おろち…」


 シラはスセリの方を向いたままだが、地面に映る影絵かげえで後ろのに気付いてしまった。

 しかしは地上部分だけなら大蛇だいじゃとも言えるが、地中に大きな体が埋まっているので、恐らくは首長竜だろう。


「今までの奴よりデカいな…兎!早くこっちに飛べ!」


「は、は、はい~ん!」


 シラはスセリの方に驚くほどの跳躍力を見せて飛んだ。


〝ガシッ!〟


「オワッ!!」


「びぇ~ん!すいませーんナムヂ様!」


 飛んだ先にナムヂが居たので、シラはそのまま抱きついた。

 上半身、しかも顔をおおうように抱きつかれたのでナムヂは前が見えない。



〝グワアッ〟

 大口を開けながら首長くびなが大蛇おろちが一向におそいかかってくる。


 構えて迎え撃つ姿勢のスセリ。


「スセリ!危ない!矢だ!」


「チッ!」


 スセリは舌打ちして後方に飛ぶ。

〝ザッ〟〝ザッ〟〝ザッ〟

 スセリが居た場所に矢が次々刺さる。

〝バキッバキバキバキッ〟

 そして狙った獲物スセリが消えた大蛇おろちは仕方なく、地面に刺さった数本の矢を簡単に噛み砕いた。


「チョウ!どうだ?何人位居ると思う?」


 スセリは喋りながらチョウの横に着地した。


「うむ…七十から八十。それ位、気感じた」


「だよな。私もそれ位の殺気さっきを感じた」


「どう闘う?」


「チョウとトヨでナムヂと兎を守っていてくれ。私が呪術者と弓使い達を全て倒す」


「分かった」


まどわしわざに気を付けてくれ」


承知しょうち


 八十にたいし五、いや八十にたいし三の闘いが始まった。


 チョウは両手で何やらいんを結んでから「急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう」と、言って片刃かたはの剣を抜いた。


 チョウ達の方にも何本かの矢が飛んで来た。チョウは剣を振り回し、難無なんなすべてを打ち落とす。


 撃ち落とされた矢の辺りから黒いもやが出てきた。

 もや異形いけいの人影となり、おどろおどろしい動きをしながらチョウ達を襲う仕草しぐさを見せた。


まどわしの術か…」


 しかし、躊躇ためらいも無くチョウは人影を〝ザックザック〟と切り裂く。

 人影はかすみに成って消えていった。

 道士のチョウにとって、霊的な脅しは効果がうすかったのである。


「トヨちゃん!!後ろ!!木が襲って来るよ~!」

「ョッ…」


 シラに言われ、トヨが手を翳す。

 翳した手の前には、大樹たいじゅ二俣ふたまたに分かれた太い幹を開閉させて動いていた。

 トヨ達をはさみ殺そうと、根を浮き上がらせて斜めに成りながら倒れ込んでくる。


「ョッ…トヨウケメグミテマジコレ…」


 トヨが小声で呪文を唱える。

 すると大樹は枝や葉を生い茂らせた。

 更に花や実を生い茂らせてドンドンドンドン大きく成っていく。


「大きくして、ど~するんですかぁぁああ?!……って、あらら?」


 大樹はすっかり成長仕切ったのか、二十尺位だった高さが、五十尺位の高さまでに伸びてそこで止まる。

 根は地中にしっかり戻っており、直立したまま二度と動く事は無かった。


 更にトヨは地面に手を翳す。

 すると地面から沢山の芽が生えてきた。

 先ほど襲って来た大樹が落とした実から芽が生えたのである

 芽は葉を付け茎を付け、やがて若木になった。

 そこからシラが「あっ!」と、言うに更に育ち、八尺位の並木なみきが立ち並んだ。

 トヨ達を取りかこむそれは、矢を防ぐ木の壁となった。


「トヨちゃんも魏人ぎじんさんもスゴ~イ!スゴ~イ!!」

「シラ!いい加減降りろ!何が起こっているか見えん!」



 スセリは守りにてっしている四人とは別行動していた。


「ハヤスセリテマジコレ…」


 首に巻いたヒレを前方に放った。

 ヒレは速度を付けながら茅葺き屋根に隠れながら矢を射る者達に向かって行く。


「ぐはっ!」「ぐげっ!」「ぐぎゃっ!」「ほぎゃ!」「ふげっ!」「ふんが!」「ぎゃ!」「ぬがっ!」


 ヒレの一撃がそれぞれの顔に辺り、弓を引いていた八人が一撃で気絶していった。

 ヒレは八人を倒してスセリの元に戻る。


〝ザッザッザッ…〟

 本屋敷と離れ屋敷から数十人の人が現れた。

 それぞれが銅剣を構えている。


「あっ!ナムヂのお兄さん達?私ら喧嘩しに来た訳じゃ無いから!話聞いてよ…おっと…」


 話の最中に炎を纏った石が飛んできた。

 スセリがそれをけた瞬間を狙って、五人掛かりで男達は銅剣を振り翳して襲って来た。

 だが…襲って来た五人は剣を振り翳したままバタバタ倒れていく。

 スセリは倒れていく五人の真ん中でクルクルヒレを回して余裕の笑みをこぼしていた。


はなし聞けよ!別に全員痛い目を与えてから、おはなししても私は一向に構わないけどな…」


 銅剣を持っていた男達の後ろから弓を構えている者達が十人並んで現れた。

 だが、弓を射る前に…


「「「うわぁぁぁああ?!」」」

「ぐこっ!」「ぐぎっ!」「げこっ!」…


 十人まとめて後方にぶっ飛び、屋敷の壁に穴が空くほど強くぶつかって気絶した。

 スセリはヒレを投げていない。

 ただ前に手を翳しているだけだった。


 残った男達が何が起こったのか分からずにいた。


 手を翳しているスセリに、銅剣を持った別の男達三人が、スセリの後頭部に剣を降ろそうとする。

 たが…

 その手が三人とも止まった。

 三人は剣を降ろせないでいた。

 金縛りとかでは無い。

 うでられているのだ。

 そう…着ている服の袖が上に引っ張るのである。


「「「うわぁぁああ?!」」」

 腕が止まっていた三人は、襟首えりくびを摘ままれたような感じで、後方に吹き飛んだ。

 そして木にぶち当たり気絶する。


 残った男達は流石さすがにたじろいだ。

 禁厭まじなひだろうが、何をどうしている術なのか分からないでいる。


「お前らに言っとく!私と喧嘩するなら《服》はいどけ。《服》を着ている以上、私からは逃げる事も出来ないからな…」


「?」「?」「?」「?」「?」……


 男達は誰も意味を理解出来なかった。


〝グワッ!キシャャーン!〟


 大人しくしていた大蛇おろちが動き出し、その細かな牙がスセリを襲う。

 スセリは飛びけてかわす。

 かわして着地した所に炎を纏った岩石がんせきが飛びながら襲って来る。

 スセリは向かってきた炎の岩石をヒレて撃ち返した。

 炎の岩石は大蛇おろちに当たり、叫びながらこうべを垂れる。

 垂れてきた頭に振りかぶってヒレの一撃を食らわした。

〝グシャ〟と音を立て、大蛇おろちは崩れて骨へ、石へ、土へと帰る。


「「「クソォォォォ!」」」


 銅剣を持った男達数十人が一斉にスセリに襲いかかる。

 スセリはヒレで剣をバシバシ払いながら、相手の顔や胴に当て身を食らわして気絶させていく。


「ぐぉ!」「んご!」「きゃお!」「きゅう~!」…


 銅剣はことごとくはじかれ、次々に男達は倒れていった。


面倒めんどうだな。残りまとめて倒すか…」


 そう言って男達に向かって手を翳した。


「ふんぎゃ!」「おがっ!」「はんがぁ!」「ぶぎゃ!」…


 男達数人が空中に吊り上げられ、互いにぶつかって気絶する。

 その気絶した数人がグルグル空中を回転していきおいを付けながら残りの男達にぶつけられ、八十人居た男達は残り十人位に成った。


「「「ひぃぃぃぃ…」」」


 術も全てやぶれ、戦意喪失で逃げようとした者達も、服に引っ張られて逃げられない。


「ふんがっ!」「げこっ!」「ぷぎゃぁ!」


 壁や木にぶつけられ皆の後を追う。

 やっと気付いたのか、男達の一人が上半身裸で逃げようとしたが、はかまがこれをゆるさず、急に足が止まってそのまま地面に顔面を打ちつけ気絶する。


「まだ隠れているのが居るな!のろひを掛けてた術者共!出て来い!」


 本屋敷から玄関の方へ、こっそり逃げようとしていた四人を見つけ、スセリは襟首えりくび部分を禁厭まじなひで引っ張る。


「私の禁厭まじなひぬのを宿してあやつる事が出来る。森羅万象しんらばんしょう全ての物には宿る。もちろんぬのにもな!霊布ヒレ使いの禁厭まじなひ師も居るんだよ。覚えておけ」


 そう言って空中に四人を高くげると、離れ屋敷の方へと放り投げられ、戸板を壊して室の中に捨てられた。


〝ガシャーン!〟


 沢山の何かが壊れる音がした。

 それは並べられていた土偶が破壊はかいされた音だった。


「よしっ!これで全部片付いたな……いや…急に殺気さっきが一つ増えたな…」


 スセリがヒレを持ってかまえた。

 今の四人よりも遥かに強い呪術者だと感じた。


「そなた…よくもわらわの大事な大事な収集物しゅうしゅうぶつを壊してくれたな…」


 屋敷の奥から声がした。

 少しおっとりした口調くちょうだが、意思の強さはしっかり感じる。


 声の主はゆっくり壊れた戸口から現れた。

 気品きひんあふれる瞳の美しい絶世の美女…

 但し、その綺麗な瞳は明らかに殺意を抱いていた。





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スサノオの娘と外つ国の神種 押見五六三 @563

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