蓬莱山の物実

「ヒ、ヒメ!タギツヒメ!い、一大事です!き…奇襲です!」

「何っ?どこぞの奴らじゃ!こんな時に…」


 つやややかな佳人かじんが眉をひそめた。

 後髪を上げ、平たく畳んでから真ん中で括った髪型は、のち古墳島田こふんしまだと呼ばれるもので、美女の気品を高めていた。

 薄紫と白の格子柄こうしがら倭文しずりの衣をまとい、白のを巻いたくらいも高そうな女性…

 彼女はムナカタの国のタギツヒメという。

 ムナカタ国三姉妹の一人である。


「お、おそらくはクマソの者かと…」

 世話係の男は息を切らしながら言った。


 禁厭師まじなひし占師うらなひし祈祷師きとうし…そういった特別な力を備えた者には世話係が付いていた。

 ただ身の回りの世話をするだけで無く、護衛も兼ねている。

 しかし、中には護衛者よりも遥かに強い者も…


「ここはよい!お前は畑の民を守れ!」

「し、しかし…」

「我の言うことが聞けぬか!」

「ハハッ!かしこまりました!」


 一礼をすると世話係は走り去って行った。

 タギツヒメは一人、大きな社に残る。

 社の前には藁紐わらひもを巻いた大きな木が立っていた。


『ヒモロギ』


 天下あも

 神のが天から降りて来られる際に宿る木だ。

 そして降りて来られた時に特別な力を持った者達が、御告げを聞いたり願い事を伝えたりする。

 ここは彼女達が祈りを捧げる神聖な場所で有った。


〝ザッザッザッ…〟

 そこに柵を越えて十数人の鹿の毛皮を着た屈強な男達が荒々しく入って来た。

 皆がほこや弓矢、剣などの何かしらの武器を持っている。


「邪魔するぜぇ!」

「お前達!ここに入るならみそぎをしてまいれ!けがれるだろうが!」


 タギツヒメは男達の横に有る大きな水瓶みずがめを指差したが、男達は全く聞く耳を持たずに素通りした。


「あれ?お前一人か?他の二人は?」

「あいにく姉者あねじゃ達は出掛けておる。用事は何じゃ?我が聞いてやる」

「なんだ留守かよ…三人まとめてはずかしめてやろうと思ったのによぉ…楽しみが減ったじゃねぇか」

「無礼者が…」

「しっかし…お前!聞きしにまさる別嬪べっぴんだなぁ…これは晒し甲斐が有る」

「名ぐらい名乗ったらどうじゃ。我も誰か分からぬ者を懲らしめる訳にはゆかぬ」

「クマの国のアツカヤじゃ。ゲッハハハハ…」


 先頭に立つほこを持った一際ひときわ大きな男が、威圧するかのようにワザと下品な笑い声を高らかにあげた。

 後ろに居る者も全員がボサボサ髭面に適当に結ったみずら頭だが、特にこのアツカヤという男は肌もガサガサで一番汚らしく見えた。


「クマソのヒコミコか…」

「そりゃ、お前らの言い方じゃろ。おいどんらは国のおさ勇王イサオ言うちょる」

「その余所の王が何しに来た?和平の交渉ならヤマトのヒメミコに、我が取り入ってやってもよいぞ…」

「和平の交渉?ゲハハハ…笑わせやがるぜ。ヤマトのババアは元気か?お前ら親戚なんじゃろ?」

「口を慎め!倭の国の王じゃぞ!」

「てめらが勝手に魏に腰振って決めた事じゃろが!おいどんらは認めて無いぞ!」

「話し合いの場を設けてたまうと言っても、聞き入れ無かったんじゃろ…」

「あーそのヤマトのバハアに関することじゃが…お前ら親戚言うちょるが、本当は娘という噂を聞いたぞ…」

「………」


 タギツヒメは下唇を噛みながら押し黙った。

 明らかに動揺している。


「フン!他の国に知られちゃ不味いか…まぁいい。其れより蓬莱山ほうらいさん物実ものざねはここに有るか?ババアが何処かに隠しているそうだ」

「…蓬莱山ほうらいさんの…物実ものざね?何じゃそれは?」

「…動揺しない所を見ると本当に知らないみたいだな…だが一応中を調べさせてもらうぜ。おい!お前ら探せ!」


 アツカヤの後ろの男達が動きだした。

 武器を構えながら建物に入ろうとする姿勢をとる。


「やめろ!狼藉ろうぜきを働くと容赦せぬぞ!」

「まぁ落ち着けや。すぐに済む。それまで一杯吞んで待ってろや…」


 アツカヤが懐から器を取り出した。

 すぐ後ろにいた男が壺を持っており、液体を器に注ぎだす。


「そら、仲直りの酒だ!おごりだから遠慮せず吞めや、ほれ!」

 アツカヤが器を前に差し出しながらタギツヒメに近づく…その時__


「タギツマセリテマジコレ……」


 タギツヒメは右手を前に翳しながら何やら呟いた。


〝ポコッ〟

「あん?」

〝ポコッ…ポコッ…〟


 器の酒から泡が出てきた。一つ…二つ…

「何じゃこれは?」

〝ボコッ…ボコッボコッボコッボコッ…〟


 見ている間に大量に泡立ちはじめる。

 アツカヤは器に温かみを感じ始めていた。


「我の名はタギツ。我の禁厭まじなひ如何いかなる水もたぎらせることが出来る」


「何だ熱燗にしてくれたのか…そりゃ便利な術だなぁ…って、アチチッ!」

〝バシャッ〟

 器が熱くなりすぎて持て無くなり、アツカヤは酒ごと下に落とした。

 こぼれ落ちた酒は泡立ちながら、見る間に蒸発してしまった。


「フン!面白い術じゃが水浴みずあちゅうならともかく…これ、この通り全然怖くも痛くも無いわい…」

「言ったはずじゃぞ…如何いかなるとな……」

「あん?」


〝ボコッボコッボコッボコッ……〟

 後ろの水瓶の中の水が沸きだして、噴きこぼれながら蒸発している。


「熱っ!熱い!」

「アチッ!アチッ!熱い!」

「アタタタ…身体が熱い!!」


 急に後ろにいた屈強な男達が、叫びながら踊り出した。

 全員が身体中を擦ったり、掻きむしったりしている。


〝バシャーン!〟

 壺を持っていた男が転けたので、酒を撒き散らしながら壺が割れた。

 こぼれた酒は瞬く間に気化していく。

「熱い!熱い!助けてくれ!」と、叫びながら壺を持っていた男が、地面にのたうち回りだした。


「お前らどうした?瓶の湯が飛んで来た位で…アツッ!アツツ…熱い!何だこれは?が熱い!」


 アツカヤも踊るように身体中を擦りだした。


 見ると後ろの男達の中には腕や足に水ぶくれが出来ている者もいる。

水ぶくれのできた皮膚は、中に虫が入っているかのようにボコボコ動いていた。


 タギツヒメがたぎらした水は、最も身近な水だった…


「身体の中の。このままココに居ると身体のから大火傷おおやけどして死ぬぞ。早々そうそうに立ち去るがよい」


 生物の身体の殆どが水分で出来ている。

 人間も体の6割は水で有る。

 勿論誰も体内の水を抜くことは出来ない。

 だからどんな人間もタギツヒメの禁厭まじなひから逃れるすべは無いのである。

 だが…

 タギツヒメは自分の術を過信して、間違いをおかしていた。


「グッ……」

「おっ?!」


 沸き立っていた水瓶の水が収まりだした。

 タギツヒメは翳していた手を顔にあてている。術が止まった。


「い…意識が薄らいでくる…何じゃこれは…?」

「ははん…お前、蒸発した酒の蒸気を吸い込んだんだろ!あの酒には特別な幻草薬げんそうやくを入れて有ったんだよ!墓穴掘ったな馬鹿め!」

「不覚…」

「おいどんらは解毒薬飲んどるから大丈夫なんじゃゲッハハハハ。おい!お前ら!この女取り押さえろ!」

「ハッ!」


 二人の男が頭を押さえているタギツヒメの後ろに回り、片腕づつ抱え込んだ。


「何をする!離せ!」

「おうおう気の御強いこと…じゃがすぐに薬が効いてくる…そうなれば正気はたもてん」

「き、貴様ら…もうすぐ姉者達らが帰って来る。姉者らは我よりも強いぞ…それに大勢の軍も…」

「知ってるよ。魏の奴らだろ。ヤマトに向かってた少数部隊の奴らは、さっき弟が全滅させたらしぜ」

「なっ…何!馬鹿か!魏は我らとお前らとの仲裁に来てくれたのじゃぞ…魏にも喧嘩を売る気か!」

「ああそうだ!」


 アツカヤはグルリと持っていたほこを回し、いきなりタギツヒメの頭上を突いた。頭を括っていた紐が切れ、長い髪が〝ファサッ〟っと、腰辺りまで垂れ下がる。


「良く切れるだろ。穂先も柄も鉄で出来ている。おいどんらは鉄を作る技術を獲得した」

「な…な、な・に…」

「だいぶ幻草薬が効いてきたな…お楽しみの時間だぜ!」


 アツカヤはそう言うと矛先ほこさきで倭文《しずり》の服をスパスパと切り刻んだ。


「や・やめ…ぬか…」

「やれっ!」


〝ビリっビリビリビリ〟

 切り目の入ったタギツヒメの服は、二人の男にいとも簡単に剥ぎ取られた。

 タギツヒメはその美しい裸身らしんを男達にさら羽目はめになる。


「「「おおー!!」」」

 見ていた他の男達の歓声が上がった。

「お前らは後じゃ!早く中を探して来い!」

「ハッ!」


 男達の半分が建物の中に向かった。


「ひゃ…ひゃめ…ほ…ほの…ぇ」

 タギツヒメはろれつが回ら無くなっており、目もうつろな状態になっていた。


「ほー…これは見事な。肌つやも綺麗だし…乳房も柔らかそうじゃ…腰のくびれ具合が情慾じょうよくをそそるぞ!こりゃ堪らん!これまでで一番の上玉じゃ…」


 アツカヤはタギツヒメの裸体を上から下へとジックリめるように鑑賞した。

 タギツヒメはもはや何の抵抗も出来ない位に朦朧もうろうとしており、二人の男に抱えられてやっと立っている状態だった。


「お前が吸い込んだ幻草薬は、一度ひとたびコトが始まれば、どんなに気丈な女でもみずかうように成る。おいどんはお前みたいな気の強い女を屈服させるのが好きでの…」


 アツカヤは鉄の矛先ほこさきをタギツヒメのへそ下に向けながら、ニヤリと笑った。


「たっぷり遊んだ後は、尻にこのほこを突き刺したる。そしてこの木に縛り付けて晒し者にしといてやるわ!おいどんらに逆らったらこうなるという見せしめじゃ!ゲハッ!ゲハッ!ゲハハハハハハハ………」

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