ヤマト国のヒメミコ

 森の中に興梠こおろぎの声が流れ出し、空も赤みが増して夜が近づいているのを知らせてくれている。

 その赤みがかる空に向かって、昇竜しょうりゅうごとく細い煙がくねりながら登っていた。


「傷が癒えるまでは一緒にここに居るよ!」

「あなた方、用事、大丈夫なのか?」

「ああ。今、トブヒを送った。ヒメミコなら何が起こったかもう見えてるかも知れない…」


 スセリはのろしとは別に、裂いた薪を束ねてから石を打ち、火種を作って焚き火を始めだした。

 魚と木の実をいつの間にか焚き火の横に用意しており、野宿の準備はすでに出来ている。


「あの子、さっきから何してる?」

「ああ…トヨははらえをしてるんだ…」

はらえ?」

たましい不浄ふじょうはらってきよめている」


 チョウの視線の先には、10歳位の幼子おさなごが、先ほど倒した怪物や魏の使者達の遺体の上を、虫みたいにフワフワ浮きながら行ったり来たりしていた。


「さっき倒したものの怪,《け》や今死んだ人達も、未練みれんを抱えたたましいになって漂っている。ほっとけば荒御霊あらみたまになって、怪物を作った術者に再びのろひを掛けられて利用されるかも知れない…」


 チョウは先ほど闘った怪物の顔を思い返していた。


 凄い残念無念ざんねんむねんの形相だったが、元は怪物に殺された人間だろう…

 もし自分の死んだ部下達が、あの怪物に変えられたならば…

 考えただけでも怒りが込み上げて来る。


「チョウはどこ行くつもりだったんだ?」

「本当、内緒。ヤマタイ国のヒミコ女王、会いに行く所だった」

「ヤマタイ国のヒミコ女王?誰それ?」

「えっ?知らないか?魏と交流有る倭の女王…」

「あれー?!チョウもヤマトの国に行く所だったのか。ちょうどいいや一緒に行こう!」

「ヤマト?あっ!ヤマト読むか…」


 チョウは何かの皮でできた巻物を広げた。

 文字がびっしり書かれてある。


「あっ!これ漢字か?チョウ漢字読めるんだ?!いいなー…」

「いや…一応自国の字だから…私、記録とるのも仕事」

「あっ!だったらヒミコ女王はおかしいぞ。御子みこ神託しんたくを受ける神の子で、ヤマトの国じゃ王みたいな意味だから〝女王女王〟って、言ってる事に成っちゃうぞ」

「ヒミコ名前違うか?!知らなかった。謝謝」

を操れる霊的れいてきな力を持った女を霊女ヒメ、男の方は霊子ヒコって言う。が操れない普通のヒトが操れなくとどまるって意味で霊留ヒトなんだ」

「ほう…」

「だから私もトヨもを操る女だからヒメになる。霊女御子ヒメミコ霊能者れいのうしゃの女王みたいな感じかな…霊御子ヒミコでも間違いじゃ無いけど正しくはヒメミコ。もしくはオオヒメだよ」

「女性、不思議力使える人多いか?」

「そうだな。かんなぎと言って神繋かみつなぎの祈祷とかは女がやる…その中でもヒメミコの力は特別凄い。だから倭の女王に推薦されたんだよ。民に信用されている。あ、トヨもヒメミコ位に凄いぞ」

「あの子か…確かに凄い…貴方も」

「私は凄く無い…だって私はあの……」


 スセリの顔が急に暗く成った。

 チョウと合わせていた目線を外し、俯きながら焚き火に薪をくべりだした。


〝パチッ…パチ〟


 火の粉を見ながら思い暮れている。

 チョウは何かまずいこと言ってしまったかと思い、話題を変えた。


「あの子、スセリ妹か?」

「…ん?あっ!トヨか?妹みたいなもんだ」

「姉妹違うか…」

「ああ…丹波タニワの国の山奥で出会った…冬の山奥で一人で居たんだ…」

「何か有った?」

「トヨは貧しい村の子で、その年は村全体で作物が何も獲れず、トヨの家族はそのままじゃ全員餓死するしか無かったんだ…」

「捨てられたか?」

「違う…トヨは自分の意思で口減らしの為に家を出たんだ」

「アイヤ!あの歳、なのに自分でか?」

「ああ…だけど悲惨なのはその後…家族を助けようとして家を出たのに、トヨが家を出て間もなく、家族は親も兄弟も全員通りがかりの呪術者に殺された…」

「…何たる…惨い」

「家を出たトヨは禁厭まじなひの力が開花し、自分の禁厭まじなひでその事を知った。知らない方が幸せだったかもな…」

「あの子の目…生気無い意味分かった…」

「自分が家を出なければ、自分の禁厭まじなひで助けてやれたかも知れない…そんな後悔の念で自分を追い詰め、死のうとして山奥に居たんだ。私は無理矢理家に連れ帰った」

「そうだったか…気の毒な子…あの背中の布はスセリのか?」

「そうだ。気に入ってくれて、ずっと付けている。いくら霊布ヒレでも普通のヒメじゃあんなにずっと飛んでいられ無い。凄い才能だ」

「あの子連れてヤマト国行く理由何だ?」

「ヤマトの国に私が慕っているウズメって人が居る。その人に話したらヒメミコに伝えてくれて、トヨを養女にしたいとの事なんだ」

「えっ?!ヒミコの養女!良かったじゃ無いか!ヒミコ子供が無い聞く。ちょうど良い」

「ん?ん…うん…そ、そうだな…」


 急にスセリが戸惑い顔をみせた。

 明らかに今、何かを思案して言葉を選んでいた。


「どうした?ヒミコの養女余り良くないか?」

「いや…その…そうか、内緒なんだ…いや!ヒメミコの養女になること凄く良いことだよ!うん」

「スセリ、何か隠してるな?」

「いや…な、何も…それよりチョウも禁厭まじなひを使えるんだろ?でないと三面宿儺みめんすくなを倒せないもんな」

「ん?ああ私のは仙術。私、操る道士どうしだ。昔修行した」

「へぇー…普通の人よりも傷の治りが早いのはその為か?」

「ああ…」


 チョウのあらぬ方向に折り曲がっていた両足は、普通の方向に戻っていた。

 トヨの治療も有るが、チョウ自身の力も加わっている。


「私言う〝〟は、あなた達の〝〟近いのかも知れない。〝マナ〟言う国も有る。神奇的力しんきてきりょくの元」

「ふーん…チョウは色々知ってるんだな…」

「いや、あなたも…おおっ!!」


 いつの間にかチョウの傍らにトヨがボォーとしながら浮いていた。

 音も無く近づくので全く気付かず、一瞬幽霊かと思ってチョウは驚いてしまった。


「ョッ…これ…」


 トヨがチョウに何かが入った小袋を差し出した。

 チョウは受け取り、中を確認する。

 袋からは沢山の小石が出て来た…


「これは?」

「石にお友達のを入れといたョ…故郷帰りたいと思う…持って帰ってあげて」

「感謝…とても感謝…」


 チョウは深くトヨに頭を下げた…


 いつの間にか日は暮れていた。

 草むらを賑やかす興梠こおろぎに松虫達が加わり、天然の音楽を奏でている

 どこかでカジカ蛙の合唱も始まっていた。

 夜の森は色んな生き物の声が響きだす。

 だが中には生き物で無い声も混ざり込む場合が有る…

 スセリはいち早く気付き、その声が自分達から遠ざかって行くのをしっかりと確認していた…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る