二つのヤマトの国

〝ザァァァッー…〟

 山頂は昨日、雨が降っていたので有ろう。微かだが流水の音を周囲に伝える。

 その音はスセリ達が今歩いている道の横側、葦原あしはらおおわれた大河の急流だ。


「もうすぐだよ!」

「フゥー…遠かった…」


 チョウは即席で作った杖をつきながらも、両足が折れていたはずなのに自力で歩いていた。あれから二日しか経っていない。


「ほらっ!あそこ!見張り台が見えるだろう。トヨも始めて見るんじゃ無いか?」

「おおッ!立派そうな建物…」

「ョッ……」


 常に〝とろーん〟としているトヨの目が、少しだけ見開いた。

 人が数人立てそうな、屋根付の高いやぐらが二つ見える。

 敵の襲撃を監視する為に建てられた物だ。


〝ゴォーン…ゴォーン…〟


「お!?鐘か?」

「…ああ、銅鐸どうたくだ。客が来たときに鳴る。招かざる客の時にも鳴る仕組みだ…」

「えっ?」

「昔は鐘を木に吊して、人が近づいたら自動的に鳴るようにしていた…」

「今違うか?」

「対抗する国が襲撃の際に外してしまうから、今は見つからないように地中に埋めてある」

「土中、埋めても鐘鳴るか…術の力…凄い」

「ああ、それでも地中の鐘の音さえ止める敵の術者も居るがな。だから鐘はもう祭事さいじの時さえ、余り使わなくなった…」


 スセリは軽い溜め息を一つついた。


「まぁ元々は私の国を象徴しょうちょうするような祭具だ。ここいらで使うのはヒメミコだけだ…」

「ああ…スセリ、根のこくと言ったな。鐘は根の国王こくおうの趣味か?スセリ、身なり良い。根の国王こくおうの娘か?」

「……ああ…残念だがそうだ」

「?」


 スセリは少し暗い表情を浮かべた。

 だが…


「ほら!田んぼだ!田んぼ!稲が見えてきたぞ!」


 自分で悄然しょうぜんたる表情をかき消すように明るく叫んだ。


 スセリ達の行く手の緩やかな山麓さんろくに、広大な棚田たなだが現れた。

 反対側には大豆や瓜などを作っている段々畑も見える。

 そして前方に茅葺き屋根の竪穴式住居の集落が目に入って来た。


「おお…ヤマト国…」


 左右に延々と繋がる土塁どるいと柵に囲われた集落の奥には、沢山の住居だけで無く、神殿や高床倉庫などの木造建築物もくぞうけんちくぶつも幾つか見えた。

 広場には水を溜めている井戸、小屋にはイノシシや鶏などの家畜、辺りには柿の木や栗の木が何本も生えていて、この国が豊かなのがうかがい知れる。

 広さも人口も華やかさも、流石はヤマト連国三十カ国の頂点に値する規模であった。


 三人はヤマトの国の入口の前に並び立っていた。

 いや、正確には一人は地面に立たずに浮いている。


「あれ?鐘鳴ったのに出迎え無いか?」

「……皆、畑仕事で忙しいんだろ。入ろう」

「ああ…」


 チョウは不思議に思った。

 田畑に数十人の人影を見たが、誰もこちらに来なかった。

 今もこれだけ大きな国なのに、姿を見せて来る者が居ない。

 いや、居た。よく見ると住居の中から顔を少しだけ出し、此方をみて様子を覗っている。

 木や建物の影に隠れてヒソヒソと会話している者達も居た。

 チョウはどういう訳か聞きたく、スセリに問おうとしたが、その時…


「なぜ娘は死ななければならなかったのですか?!!!」


 いきなり三人の前に老婆が飛び出して叫んできた。

 スセリはその場に止まって老婆を見つめた。


「娘は何も悪い事はしておりませぬ。ただはたっておっただけです。気立てが良い優しい娘でした…なのに何故あのような惨い死に方をしなければならなかったのですか?!」


 老婆の言葉を黙って聞いていたスセリが急に動いた。

 ただ頭を深々と下げただけなのだが…


「ひぃっ!!!」


 スセリが動いた瞬間、老婆は悲鳴をあげながら後ろに倒れて後退あとずさりをした。

 途端に二人の男が飛び出してきて老婆を抱えた。


「おばぁ!何してるんじゃ…あのスサノオの娘じゃぞ!分かってんのか?!」

「ひぃぃぃ…」


 腰を抜かした老婆は二人の男に抱えられながら連れていかれた。

 その間スセリは微動だにすることなく、深々と頭を下げていた。


「スセリ…?」


 チョウが声を掛けた時、どこからともなく小石が飛んで来て、頭を下げたままのスセリに当たった。


「誰だ!!石投げたの!私、魏の武官チョウ・セイだ!魏皇帝の使いで来たのだぞ!無礼だろ!!」


 近くで隠れているヤマトの民達がざわついた。

 緑の衣は所々破れてボロボロだったので、それが異国の衣だと気付かなかったみたいだ。


「違う!この石は私に宛てたものだ。チョウ!怒らないでくれ…」

「し、しかし…」


 スセリがチョウをなだめていると、スセリ達とヤマトの民達の前に人影が…


「怒っていいよ!なんだい…客人が来てるのにコソコソしやがって!文句はアタイが聞いてやるよ!言ってみな!!」

「ウズメさん!」

「はーい!スセリ!おひさぁ!あっ、チョウさんだっけ…何か大変だったみたいだね…ごめんね、うちの旦那だんなが道案内出来てれば…」


 真ん中から分けた長髪のままの頭にテイカカズラを巻き、首にはヒカゲカズラを巻いた、少しふくよかな女性が険悪な状態の所を割って入った。

 この国では位が高いのか、裳の上に緋色に染めあげられたしびらを巻いていた。


「スセリ、このご婦人は?」

「あっ!はじめましてぇ~アタイはウズメ。儀式の時の踊り子やってまする。よろしくっ!今、出迎えが来るからまってておくれ」


 動作も喋り方も滑稽こっけいで、何とも場を和ませるのにけた女性であった。


「おっ!そのわらしがトヨちゃんだね!お利口そうなだね~。後でオバチャンがあま~い柿をあげるからね………おや?どこ行くんだい?」


 トヨは話の途中で黙って柿の木の方に飛んで行く。

 そして無言で実をもいで、コリコリかじりだした。


「コラ~!勝手に食べるんじゃないよ!!この餓鬼ガキ!!」

「ウズメさん…チョウに何が有ったかもう知ってる?ヒメミコにトブヒは届いたかな?…」


 上空にいるトヨを叱っているウズメの後ろからスセリが聞いた。


「ああ、ヒメミコは知らせを受けて、スセリ達の光景を見たみたいだよ。あ、あとムナカタのタギツもクマソの連中に襲われたって…」

「タギツねぇが!!無事なのか?!」

「何か裸にされて捕まってた所を、サヨリがちょうど帰って来て助けたらしいよ。変な薬を嗅がされていたみたいだけど今は禊ぎして元気にしてるって」

「良かった…」


 スセリは胸をなで下ろした。

 ムナカタの三姉妹は大陸から来る脅威の砦で有る。

 彼女らの力は絶大で、争わずして攻め込みを止められる。

 一人でも欠ければ争いは加速するのだ。


「でもお気に入りの衣が破かれたって…ベソかいてるらしいよ」

「衣ぐらい私が又織ってやるよ!」

「失礼、ご婦人、イト国からムナカタ国、仲間向かったはず。皆無事か?」

「ああ、ムナカタに居る人達は皆無事だよ、安心しておくれ」

「謝謝」


 隠れて見ていたヤマトの国の民達は、仕事に向かったのかいつの間にか回りには居なくなっていた。

 畑仕事も手伝えない位の小さな子供達だけが残り、柿の木の下から上空をフヨフヨ浮いている少女を好奇の目で眺めていた。

 トヨは柿をもいでは一人づつ子供達に渡してあげていた。


「そういえば猿じぃは?何でチョウ達の迎えに行けなかったんだ?」

「うちの旦那は今、ミモロの方のヤマトに居るよ。何かオモイカネのジジイに呼び出されてさぁ…」

「ヒメミコの子孫方のとこ?向こうでも何か有ったのかな?」

「ちょっと待つ!ミモロヤマトって何だ?ヒミコ、子供や孫居るのか?」


 スセリとウズメは二人して『しまった!』という顔をした。


「いや…あ、あの離れた所にヤマトの分国が有ってね。まだ小さいんだけど…」


「こらっ!!ウズメ!!!」


 木造建築物が建ち並んだ方角から、木と皮でできた短甲みじかよろいを纏った数十人の男達がスセリ達の方に歩いてきた。


「何を喋ってるんじゃお前は!」


 一番前の一際ひときわがたいの良い大男がウズメを睨めつけている。


「チョウ殿失礼致しました。おいはヤマトの国の戦闘隊の隊長を務めておりもす、タヂカラと申します。出迎え遅れた御無礼、何とぞお許しを…」

「タヂカラ言うか?それよりヤマト二つ有るのか?子供も居ない聞いてたぞ?皇帝に嘘ついてたか?」

「いや…そのことは…ヒメミコの弟君おとうとぎみのツクヨミ様からご説明を…ささっ、ご案内致します」

「〝敵を騙すなら味方から。ミコ様守る為に近隣諸国に黙っておこう〟ってオモイカネってジジイの発案だよ~ん!」

「ウズメッ!!」


 ウズメはあさっての方角を向きながら喋った後、最後にペロッと舌を出した。


「とりあえずツクヨミに事情聞く。恩人のスセリ、石投げたことも許せない。場合によっては…」

「チョウ!石の事は私が悪いんだ。気にするな」

「スセリいい人だ。なぜ石投げる?…」

「チョウ…私は人をあやめないと言ってたが、一人だけどうしても倒したい奴がいる…」

「えっ?!」


 スセリのキツい目つきが眉間に皺を寄せて、更にキツくなる。


「そいつはかつて、このヤマトの国に住んでいた…傍若無人ぼうじゃくぶじんの限りを尽くし、罪の無い人を殺しまくって皆に追い出された…」

「そいつがクマこくの王か?」

「違う…そいつはヒメミコの弟で、今も暴れまくり争いの火種をまいている」

「えっ?今から会うツクヨミか?」

「いや…ヒメミコにはもう一人弟が居る…そいつは今、根のくにの王をしている…」

「まさか…」


〝キッ!〟っと、唇を一度噛み、スセリは意を決したかのように、大きな声で叫んだ。


「名を『スサノオ』と言う!!私の父親オヤジだ!!私は倭の国の争い事を無くす為に、奴を殺す方法を常に画策がさくしている!!」


 チョウはスセリの目に絶対的な意思をみた。

 ウズメとタヂカラはスセリの言葉を、もの言いたげな顔をしながら俯いて聞いていた。

 しばらくの間その場は誰も言葉を発さず、静粛した。


「「「わあああぁぁぁぁぁああ!!」」」


 沈黙の中に突然歓声が上がった。

 子供達の声だ。

 スセリ達ら全員がそちらの方を見る。

 そこに沢山の子供達の笑顔が見えた。

 笑顔の元は柿の木で、せいぜい二十個位しか成って居なかったはずの柿が、なぜか千個位の実を付けていた…




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