第10話 五年後の再会

「どうしてお前が、魔王側にいるんだよ……この五年の間に何があったていうだよ…………キャロルっ!」


 空にへと浮かび、月に照らされた一人の女性。

 魔王幹部だったシュラを助けてのは、五年前のかつての仲間にして、最初の相棒。神官のキャロライン・ホーリーライトだったのだ。


 月の光によって、その全身像をようやく確認することができた。

 清水のように美しかった青色の髪は、毛先から赤く浸食されており、二つの色が共に所々で混じり合う歪な色をしていた。

 顔には鮮血のような赤いラインが浮かび上がっており、氷のように冷たい真顔を通している。

 衣服は以前の白い神官服とは真逆の、黒色の衣服を纏って、手には禍々し杖を持っている。


 五年前とはあまりに違う容姿に驚くも、何よりも驚いたのは彼女が魔王側にへとついていたことである。

 あの人類の驚異であった魔王を何よりも憎み、倒したいと思っていたはずのキャロル。

 それが、たかが五年で、立場が逆転していたのだ。驚くなという方が無理である。


「──気安く呼ばないでください。誰ですか、あなた」

「そうだろうな……俺のことが分からないんだよな」


 別にショックはない。分かりきっていたことだ。

 だが、それでも俺は聞かなくちゃいけない。キャロルが魔王軍に堕ちた理由を。


「あんた、見たところ神官みたく見えるが、どうして魔王軍なんかに入ったんだ?」

「それを他人のあなたに答えるとでも?」

「誰かに見捨てられたか? 弱虫な転生者様によ?」

「っ! ──あなたが何を知っているというの」

「いいや知ってるさ! 噂に聞いたぜ? 五年前、あんたたちはのパーティーはある一人の仲間に捨てられた。だが何故だ? 何故魔王を倒そうとしていたあんたが、魔王軍についている!」

「違う──っ! キョウヤは私たちを見捨ててなんか──いえ、そうよ。確かに私達はある仲間によって見捨てられたわ。それも魔王にへと挑む直前にね──!」


 一瞬だけ真顔だったその顔を崩したキャロルだったが、すぐさままた元の真顔にへと戻った。

 だがキョウヤに対してと思われる激高には、声の圧が掛かっていた。よほど、ため込んだものがあるのだろう。


「だから私は魔王討伐を諦めて魔王様の元に組み伏すことにしたのよ。今では魔王幹部の一人。さぁ、これで満足かしら?」

「……待ってください、今、キョウヤと言いましたか?」


 キャロルのキョウヤという発言に反応したのは他でもない、シャーロットだ。

 彼女は先ほどとは打って変わって、口を開けて、キャロルを見ている。


「あなたは、ナカムラ・キョウヤの……お兄ちゃんの仲間だったんですか……!?」


 当初からの彼女も目的は、ナカムラ・キョウヤを見つけ出すことであり、ここに来てそのヒントを得られたことに何か期待したのだろう。

 シャーロットはすがるように、キャロルに対して質問を続けた。


「あなた──キョウヤの妹さん、なのですか──?」

「お願いします教えてください! キョウヤお兄ちゃんは何処に行ったんですか!?」

「──彼は逃げたのです。魔王様と戦うのが怖くなって、直前で逃げ出したんですよ。きっと、もう死んでますよ」

「そんなの嘘です! お兄ちゃんは私と約束してくれたんです! 絶対に魔王を倒すんだって! 絶対にそんなことはしません!」

「ですが、キョウヤが持っていた魔法の鍵もあのときに砕けて弾け飛んだ。それはつまり、彼が死んだということです……」

「そ、そんな……そんなの……嘘ですよ……っ!」


 かつての仲間であるキャロルにその事実を突きつけられ、シャーロットは崩れ落ち、目から涙を溢れさせた。

 そいうことか、俺が魔法の鍵を持った状態で不具合を起こした所為で、魔法の鍵は分裂。弾け飛んで、また鍵を集める状況に戻ったてことだったのか。

 これは、俺もかなり余計なことしちまったようだな……。

 でもだからって、泣いてる妹をほっとけはおけないだろうよ!

 

「アイツは、生きてるぜ」

「な、ナナシさん……っ?」

「──言動には気をつけなさい」

「いいや、キョウヤは生きてる! 確実にな! かけてもいいぜ! あいつ今、:生きている!」


 なんせ俺がそのキョウヤなんだからな!

 俺が死んだ? ふざけるなよキャロル、俺自体、まだ死んでなんかいない。それをお前に分からせてやるぜ……!


「キャロル、お前、覚えてるか? 最初に王都であった日、お前は『転生者様のお役に立つK斗ガぁ、くそ、やっぱり駄目か……!」


 やはり過去の記憶は喋れない。だが直接的なエピソードを避ければ……。


「キャロル! おい汚れ神官! 本当に中まで汚れちまったのかよ!」

「──」

 

 微かだが、キャロルが反応したのが分かった。 どうやら、狙った通りの単語は引っかかったようだ。


「闇堕ちにでも興味惹かれて魔王軍についたのか? なんだよそのエロゲシチュエーションは! ならやっぱりお前はムッツリ神官だな! 神官なら神官らしく聖純でいろよ! あ、でもそれもこれも全部俺の所為か? なぁ? おわッ!?」


 突如空から堕ちてきた光りの槍が、俺の足下にへと突き刺さった。

 その攻撃は他でもない、キャロルのものだ。

 先ほどの冷酷で冷たい感じとは違い、顔は赤く、酷く興奮しているようである。


「あ……あなた一体なんなんですか……! ど、どうしてそんなあの人が言いそうなことばかりを的確に……っ!」


 その表情は昔の怒ったキャロルそのものである。

 しめた! このまま畳みかければ俺がキュウヤだってことも分かってもらえるはず!

 だがどうする? 名前を言っても文字化けしたような言葉になるのがオチだぞ?

 そうだ!


「見とけよキャロル! 俺の渾身のギャグを!」


 現代にいたときに流行った芸人の一発ギャグ。

 俺はよくそれを酒の席で披露して、周りから爆笑を獲得してきたのだ! もちろんキャロル見ていたから覚えているはずだ! 冷めた目をしてだったが……。

 だがこれをすれば、確実に俺がキョウヤであるということが分かるはずだ!


「行くぞ! 画ェIツぅ卯1!」


 言葉は文字化けを起こしたが今回はポーズも取っている! 完璧だ!

 さあキャロル! 俺はキョウヤだ! 俺はナカムラ・キョウヤなんだぜ!


「……な、ナナシさん、その全身がぼやけたような姿は、何かの魔法ですか?」

「これは『モザイク』というものですね。よくお父さんがわたしに見せられないものがあるとこんな風に隠してましたよ?」「つまりなんですの? 今のナナシは見てはいけないような姿なっているということですの?」


 そんな一言を発して、ベルルートが俺をまるで汚物を見るかのような目線で見てきた。


「え、ちょっと待って、俺今全身モザイクなの!? おいこらふざけるなよ世界! 人を有害指定物扱いしやがったなッ!?」


 なんてことしやがる!

 これじゃあ、まるで俺がいかがわしいものみたいじゃねぇかよ!?


「くそ、こうなったらもっと他のアプローチで! おっわッ!」

「雑魚相手だからと侮っていましたが、あなたを見過ごせなくなしました──だからここで殺します──!」

「わっわっ! 待てってば!?」


 大地には一面の光りの矢が突き刺さり、俺たちはすぐさまベルルートの構えた盾の中にへと入って、それをやり過ごす。


「け、結局私が頑張ることになるのですわねッ!?」

「頑張れベルルート! この経験でより強くなれるぞ!」

「全くもって嬉しくないですわよッ!?」

 さすがオーダーメイドで作らせたと言うだけの盾である。

 キャロルの攻撃を物ともせず、槍が当たり弾く音がけたたましく響いている。

 だが、このままではまずい……なんとかして打開策を考えなければ。

 そう考えた矢先、森の方に光る何かが見えた気がした。


「これでは埒があきません──シュラ、あなたも出なさ──」

「今だ! 放てー!」

「!」

 

 その号令は俺の声ではない。

 声と共に森から放たれたのは、光り帯びた魔法の矢。それらは一斉にして真っ直ぐキャロルとシュラの方向目掛けて飛んでいった。

 夜空をバックに飛ぶ光りの矢たちは、流れ星を思わせる。


「っ! 《ホーリーキャッスル》!」


 キャロルは魔法を詠唱し杖を振るうと、彼女たちの周りを薄白い色をした城が覆いつくし、向かってきた矢をすべてはじき返した。


「誰ですか──? 邪魔するのは──!」


 森から出てきたのは数多くの冒険者たち。

 よく見るとそれはアルバの街で復興作業のために残っていた冒険者たちであり、再びキャロルに向かって魔法の矢を構えた。


「二発目斉射ッ!」

「くっ──!」


 流石のキャロルもいくら弱い相手とは言えこの手数には少々手が折れるようであり、苦虫を噛んだように、顔をしかめているのが分かる。


「なら俺が行くとするかぁ? キャロル?」


 空から響いたもう一つの声に、俺は無意識に体をこわばらせた。

 シュラが来るだって……!?

 もしそうならまずい……! もう一度今の疲労した状態でシュラと戦ったら、確実に勝てない。今度こそ全滅だ!

 だがこうなった以上、やるしかない……!


「ミライ! 今すぐ俺に回復魔法をかけてくれ! 早く!」

「そんなのよりもポーションの方が早いですてば、はいどうぞ!」


 ミライから受け取ったポーションを、なりふり構わず一気飲みする。

 口の端からも液体は零れ落ちるが、気にしてなどいられない。

 ポーションを飲み干すと、体からはみるみると力がみなぎり、筋肉が盛り上がって、元気が湧き上がってくるのを感じた……!

 これはすごい……! これならもう誰とでも戦えるような気がするぞ!


「ふふふぅー! これこそがわたしが改良に改良を重ねて作ったポーション! 名付けてモンスタードーピングポーションです!」

「な、ナナシさん……すごい筋肉ですよ……!」

「で、でもこれ……体格まで変わってませんこと……?」


 その風格は最早、とぐろ弟か、本気モードの亀仙人と同じである。

 これならばシュラとも対等に素手で戦えるはずだ!


「さあ、決めようぜ! 最後の決着を──」

「撤退しますよ、シュラ。この手数ではいくら私たちでも少々分が悪いです。それにいつまでも遊んでいるわけにはいきません、行きますよ」

「ちぃ、もう一度あいつと戦いたかったんだがなァー」


 その声を最後に、二人は空の彼方にへと飛んでいった。


「……あれ?」


 せっかく力がみなぎってきたのに……この力はどうすればいいだ……?

 もしかしてポーションの飲み干し損か……これ?


 残された大地には、空しく立つ筋肉ムキムキとなった俺のごつい影が映っていたのだった。



◇◇◇



「あの男は何者ですか? シュラ」


 ナナシたちの元から飛び立ったキャロラインは、飛行中、シュラにそう問いかけた。

 あの呼び方、あの口調、そして自分のことを『汚れ神官』などと呼ぶ人間を、彼女は一人しか知らなかった。

 だがその人物は、先ほどの男とは明らかに顔が違い過ぎていた。

 いや、正確にいえば、まずナナシの顔自体を上手く認識できなかったのである。

 輪郭を捕らえようとしても、すぐさま忘れてしまい、一行にその素顔を掴むことができない。

 それを地味で覚えにくい顔と言ってしまえばそれまでなのだが、キャロラインの中で何かが引っかかっていた。

 まるでなにか重要なことが見えていないような、そんな違和感を。


「あいつはナナシだよ。ナナシ・ナガ……なんだっけかッ? まあとにかくナナシだ、ようやく見つけた俺の好敵手だぜッ?」


 シュラがあの人物を好敵手と呼んでいることに、キャロラインは顔には出さないまでも、内心ではえらく驚いていた。

 シュラのレベルは低いが、生まれた頃からの鍛錬により、最速で魔王幹部の座にと上り詰めた男だ。

 その根元からの強さは本物であり、単純な肉弾戦だけでいうなら、魔王幹部の中でも一、二を争うほどの実力者なのだ。

 魔法の鍵を取られ一度は幹部の座を降ろされることになるが、どうせまたすぐに他の誰かから鍵を奪い、幹部の席に戻るだろう。

 そのシュラに好敵手とまで言わせたナナシに、キャロラインは今までにない驚異と同時に、強い関心を抱いていた。


 あの口調に発言。あの人物はもしかしたら──、


「──あり得ませんね……あの人なわけがありませんもの」


 そんな誰にも届かない独り言を零した後、キャロラインとシュラは地平線の彼方にへと消えていったのだった。

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元レベル99の転生者 バグってレベル1に戻されて、現在魔王討伐やり直し中 黒鉄メイド @4696maidsama

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