第9話 自らの素質
「待てコラッ!!」
「ひぃいッ!!」
俺は過去の栄光である、レベル99の俊敏さをフルに生かし、後方のシュラから逃げ回っていた。
うっそうと木が茂る森の中のため、いくら根っからの戦闘能力と、運動性を兼ね備えてシュラでも簡単に追いつくことはできそうになかった。
このまま逃げている内に何か良い案が思いつけばいいのだが、未だに俺の頭にアイデアが振ってきそうな兆しはない。
すると、俺の背後を追いかけていたシュラが足を止めた。
その顔は素肌よりも赤くなっており、青筋ならぬ赤筋を立てている。
「くっそ面倒くせぇ! もう追いかけるのはやめだッ! ウオオオオオッ!!!」
シュラが唸ると共に、彼の背中の筋肉が変形して形状を変えていく。そこから伸びていく六つの筋肉の塊を見て、俺は戦慄した。
それは紛れもない手。シュラは、背中から新たな手を六本生やして、手を八つにまで増やしたのだ。
新たに生やした六つの手にも、どこから出したのか、両手に持つ剣と同じ物を出して持ち握った。
これにより、シュラは八刀流となってしまったのだ。
「そらそらそらそらァッ!!!」
「くっ! なんて風と強さだ! まるで一つの台風じゃねぇかッ!?」
持った剣を縦横無尽にへと動かして、隣の木を、周りの土を、風ずらも巻き込んで切り刻み、そこにあった森を更地にへと変えていく。
残ったのは、切り刻まれて全てが崩れ去った森の一部。そして俺とシュラだけが立っていた。
「よう、ようやく見つけたぜ……ッ! ナナシィッ!!」
狂喜乱舞するその瞳に、俺は体が固まってしまう。
どうやらこれ以上は逃げられそうになさそうだ。となると、一つだけ思いついていたあの方法を試す以外に、俺が生き残れる手段はなさそうだ。
「ははッ! 俺に八本腕まで出させたんだぜ? だからよォ、お前も全力で来てくれよッ! その方が楽しいからよッ!!」
「ちょっと待て、シュラ。勝負の内容について一つ提案がある」
俺にへと突撃してきたシュラの前に、俺は即座に手を上げた。
次の瞬間、シュラは俺の目の前にへと立っており、器用にも俺の全身を切り裂こうとしていた剣を直前で止めていた。
刃先と皮膚までの距離はわずか数センチ。
これも根っからの戦闘バカだからできる芸当だろう。おかげで死なずに済んだぜ。
「あぁッ? なんだよ、早くやろうぜ、体がなまっちまう」
「シュラ、お前俺とたっぷり戦いたいんだよな?」
「そうだって言ってるだろうがッ! だから早くやりあおうって──」
「なら、拳同士の殴り合いの方が、長く楽しめるんじゃないか?」「──面白そうじゃねぇかよッ?」
シュラはわくわくしたような顔を見せ、その表情は新たな遊びを教えられた子供のように笑っている。
どうやらうまく釣れたようである。
「武器無し、魔法無しの正々堂々の殴り合いだ。これなら長く戦いが楽しめると思うんだよ。俺も体そのものの強さには自信があるしな」
「ははッ! いいじゃねぇか! 面白ぇッ! 乗ったぜその話ッ!」
シュラは先ほど持っていた剣を全て消して、八本の手全てを素手にへと戻した。
よし! 武器は無くした! これで俺にも少しだけ勝機が見えてきたってわけだ!
「ルールは簡単だ。俺とお前、どちらかが気を失うまでひたすら戦う。それでもし俺が勝ったら、お前の持っている魔法の鍵をもらうぞ、いいな?」
「ああ、それでいいぜッ! なら俺が勝ったらどうするかなァー? そうだ、お前俺と一緒に来いよ、そうすれば毎日戦えるからよぅッ!」
先ほどまでの見てきたシュラの行動から、少なくとも約束を違えるようなヤツではないと見て取れる。
憶測だけで考えるのは危険かも知れないが、現に今はやつは剣を仕舞い、素手にへと戻した。
だからピンチになって突然、剣を出すような真似はしないはずだ。なら、勝つ見込みはある!
とはいえ……負けるとこの筋骨隆々の筋肉魔族と一緒に朝から晩まで殴り合って過ごすことになるのか……? うへぇ……絶対に勝とうっと……。
シュラは軽く手足を振るってから、全身から生える手と足を構えた。
俺も軽く準備体操をした後に、動きやすい態勢で立ち、両者ともに準備はできたようだ。
「それじゃあ、開始の合図はオレ様このコインが落ちた時だ、いいなッ?」
シュラはまた再びどこから銀色のコインを出して、それを俺の有無を確認せず、上空にへと放った。
空を舞うコインが夕暮れの日差しに当たり赤く光る。
それが見て数秒後、金属がぶつかる音が響いた。
「ぐふぅあッ!?」
「ぶべらはッ!?」
先に拳を当てたのは、両者共にだった。
俺とシュラは同時に互いの顔を殴って、互いに相手の攻撃によって吹き飛んだのだ。
だが俺が一発なのに対して、シュラは八発。
俺の体にはシュラの拳の痕が刻まれて、俺の方が派手に飛んだ。
「がふっ!? ぐあぁ……あぁっ……!!」
地面に落ちた衝撃と、シュラの八発の拳の威力により、頭の中がふらふらする……。てか気持ち悪い……。
刃物などでの攻撃は、体を切り刻まれてしまう危険性があり、防御力がいくら高くても出血多量で死ぬ時間が延びるだけの話しである。
だが拳での勝負ともなれば、それは攻撃手段限定に繋がる。だから、元からある膨大な防御力を後ろ盾にすれば、肉体を損傷せず勝負が出来るはずなのだ。
現に今、俺は全身にシュラの拳を浴びたはずだが、骨折一つした様子はない。
そう考えての殴り合いの提案だったのだが、でもやっぱりあれだ……すごく痛い……っ!
そうだ。いくら防御力が高くなっていようが、痛みを軽減することできない。結論を言えば、痛いものは痛いのである!
俺がなんとか立ち上がると、同時に向こうの土煙の中からシュラが起き上がる。
どうやら仕留め損なったようだ。
「いいもん持ってるじゃねぇか……だが、なっちゃいねぇなッ、ただ力が強いだけで腰から殴ってねぇなッ!」
「くっ! ぐえッ!!」
再びシュラの八つの拳が、俺の全身を襲う!
今度は吹き飛ばさないようにしているためか、威力は先ほどよりも半減している。しかしそれも蓄積されていけば、結果的強いダメージと疲労感を生み出すことになる。
必死にやり返そうにも、こちらの腕は二本しかないため、拳が相手に届く前にシュラの攻撃を食らってしまう!
「ぐぇッ! ガハッ! ゲぁッ!?」
「ほらほらほらほらッ! どうしたどうしたッ!」
素手でなら攻撃力でごり押しできると思ったが、思い違いをしていた。
どんなに強い力を持っていても、当たらなければ意味がないのだ。
そんなの当たり前のことを殴られてる間に思い出しながら、俺の意識は何度か飛んだ。
いや、きっと死の境界線にへと立ったんだと思う。
何発かに一回、視界が暗くなるのだ。
そして次の攻撃を食らいまた目が覚める。その繰り返しだ。
やはり駄目だ。今まで魔法に頼りきっていた俺では、根本的戦いの基礎が入っているシュラに叶うはずがなかったのだ。
クレアさんとの戦いで、それを自覚するべきだったのだ。
そう心が折れかけた時、何度目かの視界のブラックアウトに変化が訪れた。
白く薄い生地の服を着た、背中から天使のような羽を生やした金髪の女性が立っていたのだ。
まるで計算され精密に作られたようなその顔は、俺に柔らかく笑いかけて、口を動かして、声を発した。
『よっすよーっす☆ キョウヤくん改め、ナナシくんおひさー☆』
「あ、あんたは女みぐへッ!?」
「どうしたッ! なんか言ったかッ!?」
即座にシュラの拳によってブラックアウトから戻されたが、あれは紛れもなく女神。俺を異世界にへと送り、特殊スキルをくれた人物である。だが何故今見れるのだ?
「かずばッ!」
『結論から言うとねぇ、今君は殴られて生と死と行き来してるんだよ』
「あぐがぁっ!」
『でもこうして、私は君とコンタクとすることが出来たってわけ』
「めげみッ!」
『と言っても、これもかなり規則違反ギリギリなんだけどね? きゃはぁ☆』
「だくでふぅ!」
どうして女神様が見えたのは分かった。だが早く要件を言ってほしい。こうしていつまでも殴られているわけにはいかないんだ。おおっ! これまたキツい一撃が……!
『はいはい、分かったよ。単刀直入にいうと、君をここで死なせないために、アドバイスにしに来たんだよ』
アドバイスだぁ? そんなものよりももっと覚醒能力でもくださいませんかね? 女神えりふぅッ!?
『それこそ違反中の違反だよ。私が女神じゃなくっちゃう~☆』
いい加減、そのキャラ受け狙った口調は止めろ。流行らねぇぞ。あいりふぅッ!
『何をー! と言っても時間もないし、その話はまた今度ね。ナナシくん、特殊スキルが何の力だったか。覚えてる?』
確か転生者の根源に繋がる話だったか? それとこれと一体なんの関係がぎゃろめッ!
『そう、今この状況を乗り越えられるのは、君の元々ある素質。そして過去だよ。それが、この状況を打開できる唯一の方法なの』
なんだよそれは? 抽象的すぎてわかんねぇぞ! ゆんゆぅあッ!!
『私に言えるのはそこまで、後は今戦っている相手が誰に似ているのか考えてみて』
その言葉を最後に、俺はシュラによって吹き飛ばされ、後方の木何本か折って地面にへと倒れ込んだ。
体中が熱く、痛みはとうの昔に痺れて感じなくなっている。
このような状況で生きてられるのは、ひとえに防御力のおかげだった。
が、もう体力的にも、精神的にも余裕が残っていない。
一体何なんだ、女神の言っていた打開策てのはよ……。
「なんだ? もう終わりか、張り合えないな? さっきの一撃、もう一度撃ってこいよ! ほらよォッ!」
うるせぇな、もうそんな体力残ってないつーの。
視界も霞んでよく見えないんだからよ。
「見た感じ、お前戦いには慣れてけど、喧嘩はど素人だろ? だが十分に光る物があるぜ! 基礎さえ入ってたら今の一撃で、俺もお陀仏だったろうによッ!! はははッ!!」
自分のことでもないのにもかかわらず、シュラは心底に笑い、そして歓喜している様子だった。
その姿は戦闘狂そのものであり、そこで俺は、シュラをある人物と重ね合わすことができた。
「……そういえば、ブルックとの戦闘もこんな感じだったけな」
かつての仲間にして戦友でもある、最狂戦士ブルック・ハードスト。
出会った時のあいつは、静かな戦闘狂として有名であり、訳あって戦い、最後にはこんな風に泥試合の殴り合いに発展したっけ。
あのときは俺がブルックに勝てるくらいにレベルを上げて、底上げした攻撃力を生かしたパンチでブルックを圧倒。だが、トドメの一撃を放つ直前で俺は立ったまま気絶しまい、勝負は付かなかった。
その後、気絶から起きると散々キャロルに叱られ泣かれて大変だったが、ブルックは俺の根性を勝ってくれて仲間にへとなってくれたのだ。
──そういうことかよ、女神様。なるほどな、確かに俺にはまだ武器があった。
女神からも言われた、俺の根源。俺を表すもの。
「そうだったな……俺に出来ることなんて初めから、コツコツと積み重ねていくことしかなかったんだよな……!」
そうだ、足りないなら補え。
達成するまで突き進め。
あのときと同じく、積み重ねろ。
今度はレベルじゃない。シュラが言ったあのアドバイスを、俺は今積み重ねる!
俺は腰から力を入れて大地を蹴り上げ、シュラ目掛けて跳躍する。そのままの体勢で限界まで腰をひねり、その先にある拳にへと力を込める。
シュラは避ける様子もなく。ただただ俺の拳を今か今かと待ち望んでいるかのように、笑いながら迎え入れるように立っていた。
俺はそこに、ありったけの一発を放つ──!
「うあああああああああああああッ!!!」
「────────────────ッ!!!」
大地が砕け、木が吹き飛んでいき、風は針路を変えてある一歩方向にへと向かって進み、土煙を空高くまで舞わせた。
意識を取り戻すと、俺の拳の先には直進の道が出来ており、立っていた大地は大きく削れて小さなクレーターが出来ていた。
出来た道の先をよく見ると、山で出来た壁に体をめり込ませるシュラが立っており、それを確認して俺は膝から崩れ落ちた。
「あの女神様、本当、何なんだよ……」
女神様のアドバイスを聞いたおかげで、俺はどうにかして勝つことが出来た。
だが今だに彼女の意図が分からない。規則違反ギリギリまでして俺を生かす理由とは、一体なんだろうか?
しばらく考えた後、俺は結論を出した。
「うん、間違いない。俺に惚れてるな」
ならば仕方がない、これもチート主人公としてのお約束というやつだ。つらいわー! モテる主人公特性つらいわー!
それもこれも過去の積み重ねのおかげである。サンキュー過去の俺!
そんな自画自賛に頭の中で語ってはいるが、体にはもう余裕はなく疲労困憊だ。
普通漫画とかだったら、この威力のパンチは連発できるものなのだろうが、実際やってみるととんでもない。
一度放ったら動けなくなってしまうし、今回もたまたま上手く出来ただけだ。次再現できるかどうか分からない。
「もう少し体力付けたらいけるかね……?」
そう新たな目標を立てつつ大の字で寝ていると、視界に影が表れた。
シャーロットたちが来てくれたのだろうと目だけを動かすと、そこに立っていたのはなんとシュラだった。
「よおぉ? ナナシィ……!」
「あ、オワタ」
シュラは満足そうな笑みで俺を見下ろしていた。
女神様、あなたのアドバイス空しく、俺は死ぬそうです。
さようなら読者諸君。これで俺の冒険は終わりだ。文句はこんなクソ展開にしやがった作者にでも言ってくれ。俺にはもうどうすることもできんからな。
……なんてな。馬鹿らしい。
作者だなんだのと、そんな現実逃避をしていてもしょうが無い。今俺の目の前にあるのは、どうしようもない現実なのだ。
あーあ、次転生するとしたら何がいいかな? 金持ちの家の猫にでもなるか。飼い主がなんでもしてくれて楽そうだしな。
そんなこんなと次の人生設計を考えていると、シュラは握った右手を出して、俺の頭上で開いた。
「いった……ん? なんだこれ」
俺の胸に落ちてきたのは小さな鍵だった。 ……鍵だった? ──鍵だった……ッ!?
「完敗だぜ、いいパンチだった……ぜッ……!」
それだけを言い残すと、シュラは俺の横にへと倒れて気を失ってしまっていた。
「──助かりましたわ、女神様……」
そんな棒読み口調を、空にいるかもしれない女神様に投げかけた。
どうやら根っからの戦士さん故に、わざわざ約束を守るためだけに俺の元まで頑張ってやって来たらしい。
本当、敵だというのに律儀なやつである。ますます昔の仲間を思い出しちまうじゃねぇかよ。
「でも、これでようやく一個目だな……」
どうやらアルバの街まで来たのも、無駄ではなかったようだ。
「ナナシさーん! どこですかぁー!」
近くから聞こえたその声は、今度こそ俺の聞き覚えのあるものだった。
間違えようもない。それは大切な俺の妹であり、今の俺の大切な仲間。シャーロットの声であり、俺は体に残った微かな力を振り絞って声を出し、彼女と合流することとなった。
「すごいです! すごいです! 一体何を使えばこんなことが出来るんですか!?」
「ほ、本当にこれ、ナナシさんがやったんですか……?」
「えっと、まあたまたまそうなったていうか……」
シャーロットたちが来て早々、当たりの状況を見た一同はその壮絶な戦いの跡地に驚き、そして生きていた俺と鍵を見て驚愕した。
結果として、今このようにミライから質問攻めにあっているといった状況だ。
本当に口がよく回る子である。
「なんだか嘘くさいですわねぇ……本当にあなたが倒したんですの?」
「お前……同じパーティーの仲間なんだから信じてくれてもいいだろうが……」
「ならどうしてボスキメラの時にその力を発揮してくれませんでしたのよっ!? あのときにナナシが頑張ってくれれば、私があそこで死ぬ思いもせず、レベルも35まで上がることはありませんでしたのよッ!? 全部ナナシの所為ではありませんのッ!!」
「無茶言うなよ、ボスキメラの時は爪ていう刃物と、炎の翼ていう飛び道具に、ウロボロスの鞭の三種の神器状態だったんだぜ? そんなの素手で殴ろうとした瞬間にどれかにやられるに決まってるじゃねぇかよ」
それこそウロボロスの毒は輪廻転生しても残ると言われているくらい強力なものである。素手で殴るなんて誰がするもんか。
「とにかく倒したんだからいいだろ? それよりベルルート、俺をキャンプまで運んでくれよ」
「はぁ? 私がどうしてそのようなことをしなくてはいけませんの?」
「一番体力があるからに決まってるだろうが。吹き飛ばされてたお前の代わりにシュラの相手をしてたんだぞ? それくらいしてくれてもいいだろうが」
「私だって大変でしたのよっ! 吹き飛ばされた後、寄りにも寄って森の中で一番高い木に引っかかって、つい先ほどまでぶら下がっていましたのよっ!?」
だからシャーロットたちの帰りが遅かったのだろう。なら後で疲れた妹と、頑張ったミライにはなにかご褒美をやらないといけないな。
「おまけにあなたたちの戦闘で風は吹き荒れるわ、地面は揺れるわ、何度木から落ちそうになったものか……!」
ベルルートは先ほどのことを思い出したのか、体を抱いて震えている。どうやら当分は高いところ行けそうになかった。
「ナナシの実力が分かった以上、今後はもっとあなたに戦ってもらいますからね!」
「はいはい。分かったから早く運んでくれ。俺も疲れてるんだよ」
ベルルートが俺を持ち上げようと近づいてきたとき、彼女の背後に何かが立った。
それは、白目を向いたシュラ──!
「ベルルート!」
「ぎゃッ!?」
ベルルートを弾き飛ばし、シュラから遠ざける。
「な、何するんですの……よ……っ!?」
彼女も状況を把握したようであり、文句も消えてなくなる。
倒したと思ったが、まだやるのか? いや、でも鍵はもうシュラみずから渡してくれたはず。決着は付いたはずだ。
だがそのままシュラは何の行動も起こさず、空にへと持ち上がっていき、それに釣られて俺達は空を見上げた。
空はもう既に星を散りばめた夜空を写し、月がその丸い輪郭を光らせて浮かんでいる。
そのまっさらな月の中心を、一つの人影が黒く汚していた。
そこにへと引き寄せられるように、シュラの体は運ばれて人影の手にへと渡る。
「まったく、どこで油を売っているのかと思えば、こんなところで遊んでいたのですか。しかも大事な鍵まで取られてまあ──哀れなものですね」
遙か上空にいるにも関わらず、しっかりと聞こえるその声は、女性のものだった。
口調からして仲間のようだが、まだはっきりとは分からない。
女性は浮いたシュラの体の上に手を当てて、丁寧に言葉を紡ぐ。
「《ホーリーエアー・ライトニング》!」
女性の手からは光りの布のようなものが現れて、シュラの体を包んでいく。
だが、その布の所々にはどす黒い赤色の線が入っており、俺の知るその魔法とは少し違った。
布は数分経過した後取り払われ、中から現れたのは体に刻印のような模様が刻まれたシュラの姿だった。
既に意識を取り戻しており、何かを確認するかのように、拳を握っては開いている。
だがそのシュラの刻印以上に、俺には気になることがあった。
《ホーリーエアー・ライトニング》は俺も取得している、《ホーリーエアー》の上位互換。通常の《ホーリーエアー》の能力である、体の傷全て治療に加えて、状態異常や病気などすらも治療してしまうことの出来る、最高位魔法の一つである。
そんな最高位魔法である《ホーリーエアー・ライトニング》を覚えている人間を、俺は一人しか知らなかった。
月の移動によって少しずつ、影となった女性の顔が姿を現し、俺の目に焼き付いた。
「あなたたちが、私たちの仲間をやった冒険者たちかしら?」
「どうしてお前が、魔王側にいるんだよ……この五年の間に何があったていうだよ…………キャロルっ!」
それは俺のかつての仲間にして、最初の相棒。神官のキャロライン・ホーリーライトの姿だった。
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