第2話 限界の代償

「……間違いない。ライフ村だ」


 あの後丘の上から降り、村まで来ると、そこは確かに彼がかつて最初に訪れた村であるライフ村だった。

 細部こそ所々違えど、過去の記憶と当てはまる。

 周りを歩く人の中には見慣れた人物も何人か見受けられた。


「でもこれは一体どういうことなんだ? 着てた鎧とか装備品も無くなっているし、ソウルデータも出すことができない。ならこれは何らかの幻術効果て可能性もあるのか?」


 モンスターや魔法の中には幻術で相手を惑わせる効果を持つ物が存在する。

 だがそれであれば、キョウヤの装備品で防げるはずであり、まず掛かるはずがない。

 そもそもレベルの差からしても、装備品が無くてもそれらの幻術にかかる可能性は限りなく低いのだ。

 そこでキョウヤは何かに気づいたように顔を上げた。


「そうか……これは魔王が俺にかけた幻覚、そういうことか!」


 そうだ。それならば説明が付く。

 魔王が幻術を使い、驚異となる俺を排除しようとしているのだ。

 そうと考えたキョウヤはいち早くそこら辺に落ちていた木の枝を拾い、自らの左手にへと勢いよく刺した。


「ぐっ! 痛ってぇ!」


 幻術を解く方法は、外部からの強い刺激を受けること。

 それは体の痛みも同様であり、どんなに強い幻覚でも痛みまでは誤魔化せず、解くことが出来るとキョウヤは理解していた。

 これでこんなたちの悪い夢から覚めるはず。

 その願いは、数分が経過して打ち砕かれた。

 周りの景色に変化なく、歪むことすらない。


「くそっ! なんで! なんでなんだよ!」


 木の枝を何度も何度も手にへと指すも、ただ手の平が赤く汚れるだけであり、変化は無かった。


「……くそ、ならこれは幻覚じゃないてことかよ」


 血濡れた左手からは、脈と痛みだけが感じられる。手の脈が鳴るごとに、手の痛みを感じるごとに、ここが幻覚で作らされたものではないということを伝えてくる。


「痛ってぇ……『ホーリーエアー』」

 

 手を回復させるため、キョウヤは右手で上位回復魔法『ホーリーエアー』の光を左手にへと放った。

 ホーリーエアーを受けた左手は少しずつ怪我を治していき、皮膚を回復させていく。そう本来であれば完全に回復し終えると自動的に止まるはずだった。


「……は? なんで止まらないんだ?」


 傷が塞がってもホーリーエアーは光は止まらず、光を浴び続けているキョウヤの左手の指全ての爪が急速な勢いで伸び始め、血の生成がされているためか、どんどん赤くなっていく。


「なんだよこれはッ!?」


 即座にキョウヤは右手をあさっての方向にへと向け、ホーリーエアーを解除しようとする。

 だが解除は出来ず、むしろ強い光となって掃射し続けている。

 ホーリーエアーに当たった植物は活性化しているのか秒速で育ち、そして枯れていく。

 気がつけば、キョウヤの周りの草木は一面枯れた植物で溢れかえり、それと同時にホーリーエアーの光は弱まり、まるで電気を切らした電球のように点滅した後に消えた。


「一体……何がどうなっているんだ? 一体何が起きてるんだ?」


 だが答えは出ず、誰も答えてはくれない。


「なら、話を聞くしかなさそうだな」


 キョウヤは歯を使い、長く伸びた爪と適当な長さに切った後、村の中にへと入っていった。


 見れば見るほどに、そこは見覚えのある村の風景だった。

 間隔を開けて立つ家々。

 所々に見えてくる金具屋や八百屋など、どれもこれもが過去の配置そのままであり、人もそのままだった。

 意を決して、キョウヤは昔何回か義妹のシャーロットと買い物に出た八百屋に足を運んだ。

 店先には、収穫された野菜がまばらに置かれており売られており、店にはかつて何度か話し良くしてもらったことのある、はげ頭の店主ポムがいた。

 久々に見る彼の姿に心を撫でつつ、勇気を出して話しかける。


「す、すいません……」

「いらっしゃい。ん? 見かけない顔だな、旅人さんかい?」


 その穏やかな声が懐かしく、そして思わず泣きそうになってしまう。


「あっ、はは……そう言えばもう一年にもなるから覚えてませんよね。ポムじいさん、俺ですよ、ナカムラキョウヤです」


 その名を聞いて、先ほどまで穏やかだったポムの顔が一気に曇り、キョウヤを嫌悪するような目で見てくる。


「……冷やかしなら余所でしてくれ……生憎あの子は儂の知り合いなんだよ」

「へ?」


 その言葉が理解出来ず、キョウヤは固まってしまう。

 知らない。覚えていないのならまだ分かる。

 もしも仮に嫌われていたとしも、明らかに発言がおかしく感じられた。

 ポムの発言は、明らかにキョウヤをキョウヤと見ていないようだった。


「じょ、冗談はよしてよポムさん……! 俺はキョウヤだぜ? ほら、シャーロットと一緒に買い物に来ただろ? 俺だよ、ナカムラ・キョウヤだよ!?」

「止めてくれ……彼はもう五年も前に行方不明になったままなんだ……そんなバレバレな嘘で儂を傷つけんとくれ」

「なんだって……? それは、どういうことだよ……?」


 五年も前に。

 その言葉がキョウヤには理解出来なかった。

 一体、目の前の老人は何を言っているのだろうか?

 そんな考えが、キョウヤの頭の中をぐるぐる回る。


「お前さん……知らないのか? あの子は五年前の魔王城手前で行方不明となったままじゃ。それ以降、誰もあの子の姿を見た者はおらん」


 どういうことだ?

 だって俺がレベルを上げていたのは昨夜のことだぞ?

 それが五年も前のことだって? そんなの、ありえるはずがない……ッ!!

 必死にそれらの情報しようとするキョウヤだったが、既に彼の頭の中には理解できないことが多すぎて整理が付かない状態となってしまっていたが、彼はそのことに気づいていなかった。

 いや、目の前の現実を、到底受け入れられなかったのである。


「冗談よしてくれよ……ポムじいちゃん……あれから、五年なんてそんな……」

「世間では彼を臆病者だと非難しておるようじゃが、儂は信じておる。彼にもきっと何か理由があったのじゃ。できることならば、もう一度会ってみたいのう」

「俺は……ここに……いるのに……」

「残念じゃが、どう見てもお前さんはあの子ではない。他人の栄光を利用して生きる暇があったら、真面目に働いたらどうなのじゃ?」


 それは明確なまでの拒絶であり、それが最後の限界であり、キョウヤは膝から崩れ落ちてしまった。


「商売の邪魔じゃ。落ち込むのなら他のところでやっておくれ」

「あ……そうだ。そうだよ、なら、俺の魔法を見てくれよ」

「なんじゃと?」

「そうだ。俺はレベル99なんだ。だから魔法を見れば、すぐに分かるはずだよ!」

「世迷い言を……」

「見ててくれ、あの岩を、『サンダーインパクト』で壊すからさ!」


 ポムに呆れるつつ、キョウヤは数メートル先にあった岩にへと手を伸ばし、叫んだ。


「『サンダーインパクト』!」


 サンダーインパクトは上級魔法で有ながら、レベル99のキョウヤが発動すれば落雷にすら近い威力を発揮することができる。

 流石にそれを見れば分かってくれるだろうと発動したのだったが、いつまで経っても岩に雷は落ちず、何も起きない。


「なんでだ……? だんで発動しないんだよ……!?」


 後ろからポムの溜息が聞こえた。

 その瞬間、キョウヤの真後ろに雷が落ちた。

 

「っ!」

「なんで後ろから出たんだ? いや、でもいい、それより見てくれよ、ほら! これで俺がレベル99だって──」

「兄ちゃん、運が良かったのう。下手をすれば死んでおったぞ」

「え?」


 ポムが頭上に指を指すと、そこには雷を鳴らし今にも雨が降りそうな雨雲が村の上にへと流れてきていた。


「い、いや……! 違うんだよ! ポムじいさん!」

「もうよい、分かった。ほれ、これを持っていけ」

「あっ……」


 ポムが放り投げてきたきたのは、トマトのような見た目をしたトマトではない野菜。

 それはたまたまか、キョウヤがポムの店で始めて買った野菜だった。


「いいか、若造よ。生き方を変えるのならば、早い内がよいぞ。さもなければ取り返しの付かないことになるからのう」

「そんな……俺は……」

「どうしたんだい?」

「ああ、クレアさん」

「!」


 振り向くと、背後にはショートヘア、キツい目つきをした女性がキョウヤとポムを見ていた。

「クレア……ブレーブハートさん……」

「ああ? なんだい? 私のこと知ってるのかい?」


 キョウヤにとっては忘れもしない。

 愛する義妹・シャーロットの母親であり、転生直後餓死になって死にそうだったキョウヤを助けてくれた命の恩人だった。

 その後も三週間もの間彼の世話を見てくれて、共に暮らした。

 そんな大事な日々を、忘れられるがはずがなかった。


「俺ですよ……クレアさん! あなたなら分かるでしょ! 俺は、ナカムラ・キョウヤですよ!」

「……違うね、私の息子は、お前みたいな面はしてないよ」

「くっ!」

「今度、あの子の名前言ってみな……そん時は誰だろう容赦しない」


 クレアに明確的な殺意のある瞳を向けられて、キョウヤはいても立ってもいられぞその場から逃げ出した。

 皮肉にも、突然降った雷雨によってキョウヤの悲痛な叫びや、泣き言はかき消されて、誰にも彼の声が聞こえることはなかった。



◇◇◇



 走りに走ったキョウヤはその後、村外れにある川付近の木で雨宿りをしつつ、ポムから受け取った、トマトのような見た目をしたトマトではない野菜をかじっていた。

 相も変わらず、旨味は少なく青臭いが、何より懐かしさがこみ上げてきた、気がつけば夢中でかぶりついていた。

 そのおかげで口はすっかりと赤く染まり、腕で雑に口の汚れを拭う。

 空は既に晴れやかな青空を取り戻しており、それが逆にキョウヤの心を曇らせた。


「なんだよこれ……一体何が起きてるんだよ……誰か説明してくれよ……ッ!」

「おっけー、では説明してあげよう」

「!」


 突然した女性の声に、キョウヤは神経と尖らせた。

 だが周りには誰もおらず、隠れる場所も、川か岩石、キョウヤの雨宿りをしている木しかない。

 声の主を探すキョウヤだったが、その時、川の水が持ち上がっていき、少しずつ何らかの姿形を形成していく。

 そして最終的に出来上がったのは、髪の長い女性のシルエットだった。


「やっほー、元気にしてた?」

「……あんた、誰だ」

「ちょっとちょっと、忘れちゃったの? 女神様よ、め・が・み・さ・ま!」

「……本物か?」

「失礼ね。ちゃんとあなたのことは分かるわよ、ナカムラ・キョウヤ君」

「!」

 

 そこで確信した、目の前の人物が紛れもなく女神であることに。


「でもあんた本当に俺を送ってくれた女神様か? なんか会った時とキャラ違わなくないか?」

「私たち世界のシステムは、どうしても需要とか人のニーズの影響を受けてしまうものなのよ。あなたを送ったのが六年も前だから、それだけ経てば人々が求める女神像も変化するわけ。ちなみに、今の私はちょっとダメダメでおっちょこちょいな天然ダ女神さまよ? きゃはっ☆」

「うっわぁ、きも……」

「ちょっと、今女神様のことキモいていいました?」


 以前にあった美しき女神様本体だったならば、キョウヤも心を掴まれていたかもしれないが、何分今目の前にいるのはただの喋る水の塊である。

 萌えろということ自体に無理があった。


「せっかく、こうやって異常事態が発生したから、どうにかして教えてあげようとしたのに。あーあ、このまま帰っちゃおうかなー、チラチラ」

「本当うざくなったな、あんた……てか異常事態てなんだよ?」

「君、レベルを上げすぎたんだよ。覚えてない?」

「ああ……でも上げすぎたてどういうことだよ?」

「この世界のレベル数値の限界値は99て決まってるのよ。というよりも本来なら限界値すら到達できない。でも君はその壁を突破しちゃったのよ。限界突破。文字通りの異常事態ね。その結果、君は不具合を起こした状態で目覚めたちゃったてわけ」

「不具合……」


 その単語が何を表しているのか、すぐに理解できた。

 他人が自分の顔を認識出来ていなかったり、魔法がおかしな形で発動したり、それらは全て、不具合が起きたからだったのだ。


「だから本来は世界に干渉しちゃいけない私が、こうして現れたわけ。流石に今のままだと君も、世界のバランスも悪くなっちゃうしね」

「元に戻してくれるのか?」

「できなくはないけど、不具合を直すとなると、君そのものを作り直させることになるよ? いわば赤ん坊からやり直しなわけ」

「それは勘弁だな……このまま直すことは?」

「無理だね」


 キョウヤは溜息を付く。


「でも大丈夫、所々の調整は行えるから待っててー」

「っ! なんだこの強風は!?」

 

 女神はそう言って指を振るうと、キョウヤの体を覆うように風が巻き付く。

 数分が経ってそれはやんだ。


「これでソウルデータを出せるようになったよ、出してみてよ」


 キョウヤは右の手の平を上に向け「出ろ」念じるとと、そこから光の粒子が現れて様々な情報を記載したカードのような形の物を作り上げた。


「……なんだこれ、文字化け起こしててて読めないぞ」

 

 ソウルデータを見てみると、レベルの記載された覧には『レベル99』ではなく、『レ部ぇR壱』という不可思議な文字が並んでいた。


「これも不具合の影響だね」

「これはもしかして、レベル1て書いてあるのか?」

「そうだね」

「まじかよぉー……」

「限界値を超えたから、一周回って最低値のレベル1にへと戻ったというかわけさ」


 それは今までの苦労が水の泡となって消えたということであり、それがまたキョウヤの気力を削いだ。


「でも君はただのレベル1じゃない。ステータスの覧を見てみなよ」


 女神の言われた通りにソウルデータのステータス覧を見てみると、レベルと同じく文字化けは起こしていたが、数値が明らかにおかしかった。

 攻撃力に防御力、俊敏性からなのもかも、レベル99でフル装備の時と同じ桁数だったのだ。


「まるで訳が分からないぞ? あべこべだ、どうしてレベル1の俺が逆にこんな高いステータスを維持しているんだよ。装備品も無くなってるのに」

「君が不具合を起こしたとき、装備品のデータもまた君の体の一部として統合されてしまったわけだよ。試しにあそこの岩石を殴ってごらん。思いっきりね」

「おいおい、まさかパンチ一つで砕けちるていうわけじゃないだろう──なッ!!」


 その瞬間、キョウヤの放った拳は岩石の中にへとめり込んでいき、全体に罅を走らせてバラバラとなってあさっての方向にへと飛んでいった。


「──ワンパンマンかよ」

「これで君の努力も無駄じゃなかったてことよ。それじゃあまた魔王討伐頑張ってねー」


 女神を形取っていた水の塊は少しずつ沈んでいき消えようとしているのが分かった。


「あ、ちょっと待ってくれ女神様! ここは本当に五年後の世界なのか? キャロルたちはあの後どうなったんだ!?」

「それは君が自分の力で知るものさ」


 それだけを言い残して、水でできた女神は形を崩していなくなった。


「ちっ、肝心なこと黙りやがって……」

「あの」

「うわぁっ!?」


 背後からの突然の声に、キョウヤはバランスを崩して川にへと落ちた。

 すぐさま起き上がるも、太陽の逆光でその人物がどんな人物なのかはっきりと見ることができない。


「だ、大丈夫ですかっ!?」


 声を聞く限り女性であり、手を借りつつ立ち上がると、その顔がよく見えた。

 真っ白な美しい髪と肌に、大きく見開いたルビ色の瞳。

 キョウヤの記憶の中にいるある人物と似ていたが、背丈に関しては明らかに目の前の彼女の方が大きい。


「……そうか、本当に五年経ったんだな」

「ん? どうしたんですか?」

「いや、独り言だよ。君、俺と何処かと会った記憶はない?」

「えーっと……すいません、人を覚えるのは得意なんですけど……ちょっと思い出せなくて……」


 そうだ。確かに君は人を覚えることが得意だった。そのことをよく自慢げに俺にへと話してきて、褒めてやったっけ。

 だから間違いない。俺の顔は誰からもナカムラ・キョウヤとして認識されないのだ。

 ちょっとした期待を寄せたが、やはり無理だと言うことが分かるも、先ほど取り乱していたキョウヤとは違う。

 頭に浮かぶのは疑問ではなく、新たなスタートを切る覚悟だった。


「君、名前は?」

「シャーロットです。シャーロット・ソードハート!」


 そうキョウヤに名乗ったのは、六年前に彼と共に過ごした幼き義妹。そして六年の時を経て立派な女の子として成長したシャーロット・ソードハートだったのだ。


「それでですね、お兄ちゃんを探すのを手伝ってもらえませんか?」 

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