第3話 新たな旅路
「お兄ちゃんを探すのを手伝ってもらえませんか?」
そう、シャーロットに言われたキョウヤは考える。
お兄ちゃんというのはすなわち俺のことであり、探すとは旅に出るということである。
それらを踏まえた上で、キョウヤは答えた。
「ダメです」
「えええええええええっ! なんでですか!?」
「えーと……」
だって俺がナカムラ・キョウヤだから。
そう言っても、今までと同じくシャーロットは信じてはくれないだろう。
そしてキョウヤにとって、可愛い妹を危険な旅に出すなど考えられず、とにかく注意を逸らすため、色々と誤魔化すことを決めた。
「いや、君みたいな可愛い子が旅に出るのは危ないよ。怪我とかしたらどうするんだい? お兄さんもそんなことは望んでいないはずだよ」
「どうして私の兄が村の外にいるて分かったんですか?」
「そ、それはあれだよ、ほら……わざわざ赤の他人の俺に頼るなんておかしいと思ったんだよ。つまり俺の推理によると、君のお兄ちゃんは村の外で旅をしているというわけさ!」
「す、すごいです! そこまでお見通しなんて……!」
まあ本当は、本人で目の前にいるんだけどね。
そう心の中で言っても、伝わりはしない。
いや、待てよ……そういえば、まだ俺がナカムラ・キョウヤだって伝える方法があるんじゃないか?
キョウヤが思いついたことは、名前では無く個人個人の思い出や秘密を話すこと。そうすれば、例え顔を認識出来なくとも自分のことをナカムラ・キョウヤだと分からせることが出来るのでは無いか?
そんな一筋の望みをかけ、キョウヤはシャーロットに言った。
「き、聞いてくれ、シャーロット。俺は君と一緒に丘の上D井図ぅレR──、っ!?」
「え? すいません、後半が聞き取れなかったんですが……?」
「だから、丘のU絵dE尾ぇ他でi場──!! ……ダメか」
どうやって話そうとしても、肝心なところが文字化けを起こしたような言葉となって不愉快な音を口から吐き出す。
どうやら、世界はどうしても俺のことをナカムラ・キョウヤだと分からせたくないらしい。
そのことがはっきりした瞬間だった。
「ごめん、突然変な言葉話して。忘れてくれ」
「わ、分かりました……」
「話を戻すけど、やっぱり君は旅に出ない方がいい。本当に旅は色々と危険なことが一杯なんだ、君のお兄さんも絶対に帰ってくる。だから信じて村で待ってあげなよ」
そのためにはいち早くこの不具合を直す方法を見つける必要がある。
「優しいですね……でも私、どうしても行かなくちゃいけないんです──そう言えば名前は、なんと仰ればよいですか?」
「ナカム……いや、今は名無しだよ。名無しのゴンベさ」
「ナナシノ・ゴンベさんですね、変わった名前ですね」
「違う! 名無しなんだって! 名がないの!」
「ナナシ・ナガナイノ?」
「あー……もういいやそれで、ぱっと思いつくものもないし」
「それではナナシ・ナガナイノ、これからよろしくお願いしますね!」
この瞬間、彼の名前はナカムラ・キョウヤからナナシ・ナガナイノにへと変わった。
「とにかくナナシさん、私なら大丈夫なんです! お兄ちゃんは私に『邪神竜刀流』を残していってくれましたから!」
「ん?」
『邪神竜刀流』。そのフレーズに聞き覚えを感じたナナシだったが、脳がひたすらに思い出すことを拒んでいる。
あれれ~おかしいな~? なんだか嫌な予感がするぞ……?
ナナシが額から汗を流す中、シャーロットは一冊のノートを取り出した。
それは異世界ならば珍しいが、ナナシの住んでいた現代日本ではおなじみのA4ノート。
ノートを見た瞬間、ナナシは固まってしまい、過去の記憶を必死に思い起こさないようにしている。
ノートの表紙には『世界記録基盤(アカシックレコード) 創世者:ナカムラ=キョウヤ』と書かれており、即座にその目を逸らした。
「あ……あのシャーロットさん……それは……」
「ふふふぅー! これはお兄ちゃんが残してくれた魔道書、この世の真理が記されたいわば経典なんですよ!」
違う! それ単に俺がノリと勢いと妄想で書いたノート! ただのノートッ!!
そう、それはかつてナナシのが多感な中学二年生頃に書いていた黒歴史ノートであり、今となっては羞恥心の塊のような代物だった。
それを見せられるだけでも辛いのに、シャーロットは次々とノートの中身を読み上げていく。
「この世界の深淵には邪神竜が眠っていて、この本にはその邪神竜と契約して、力を経由する方法が載っているんです! だから大丈夫なんです! 私は邪神竜刀流の使い手ですから!」
「しゃ、しゃ、シャーロットさん……そんなにすごい本なら……他人においそれと話しちゃしけないよ……? もし誰か悪い人にでも奪われそうになったらどうするんだい……?」
「大丈夫です。私は邪神竜刀流の正統な契約者。生半可な相手では私には勝てません! これで分かってもらいましたか?」
「分かった! 分かったから、もうそれ以上言わないでっ!」
シャーロットにノートを仕舞わせて、どうにかして事なきを得たナナシは、汗を拭った。
まさかここにきて過去の亡霊と対決することになろうとは思っても見なかったため、焦りが止まらない。
「とにかくその……えーと、邪神竜刀流を身につけて、それでお兄さんを探す旅に出たいのは分かったよ。でもどうして俺なんだ?」
「先ほど、あの岩を破壊する姿を見かけたんです」
「ああ……」
それで納得がいった。
確かにあれだけの力を見れば、誰だってナナシを仲間に引き入れたいと思うはずである。
「この村ではお母さん以上にお強い方はいらっしゃいません。だからあなたを見かけた時は、お兄ちゃんに感謝しました。これもお兄ちゃんが私に探してほしいていう証拠なんだって」
「いや、違うと思う」
「とにかく、それだけ旅が危険だというのならば尚更ナナシさんには着いてきてもらいたいんです! そうじゃないと、お母さんを説得できません!」
「クレアさんか……」
先ほどの苦い記憶を思い出して、苦い顔になってしまう。
「私のお母さんをご存じなんですか?」
「まあね、ちょっとした有名人だから、クレアさんは」
「そうですか、なら話は早いですね! それじゃあ行きましょう! 家へ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
なんだかんだとシャーロットに引っ張られるまま彼女の家にへと連れて来られると、玄関先に誰かがいた。
「シャーロット……帰りが遅いわよ……?」
「ひぇっ……お、お母さん……!」
眉間に青筋を立てたクレアが仁王立ちをして立っていたのだ。
その光景が懐かしくて笑うナナシにクレアは目が行く。
「シャーロット、誰か連れてくるなら事前に……ちょっとあんたさっきの……」
「あ、お母さん、ナナシさんと知り合いだったんだ。なら話は早いね。私、この人と旅に出るから」
「……またその話かい。いいか、キョウヤはもういないんだ。いい加減に認めなさいよ」
「お兄ちゃんは絶対に魔王を倒すて言ってたんだもん! だから私が絶対にお兄ちゃんを見つけ出して、一緒に魔王を倒すんだから!!」
「いつまでも甘ったれたこと抜かしてるんじゃないわよッ! あんた程度のひよっこが、魔王を倒せると本気で思ってるのかいッ!?」
「だからナナシさんだっているし! 私には邪神竜刀流があるの!!」
「そんなデタラメな剣術が役に立つわけがないでしょがッ!!」
ぐぅ~……。
「あ、すいません……」
それはナナシのが立てた腹の音であり、シャーロットもクレアもそれで我に返りここがまだ家の外であったことを思い出す。
「……ふん、飯、食っていくかい?」
「え? いいですか?」
「腹鳴らしたのはあんただろうが」
そう言って、クレアは家の中にへと入っていった。
家の中に入ると、六年も経っているためか、物の配置が変わってはいるものの、構造自体は変わっておらず、懐かしさがこみ上げてきてほっとした。
クレアは鍋に作っておいたシチューを三人分持ち付けると、パンと一緒にそれを出して、机にへと並べて全員席にへと着いた。
その後、軽い祈りを済ませた後、全員手を付け始めた。
「……」
「……」
「……」
先ほどの空気も引きずっているためか、終始無言の重苦しい雰囲気が支配し、最早食事とは呼べず、ただ物を口を運ぶだけの作業とかしていた。
やばい……すごく気まずい……!
どうにかして雰囲気を変えようと話題を探すナナシ。
「あんた、何者なんだい」
しかし、それよりも先にクレアがナナシに対してそんな問いを聞いてきたのだ。
「お、俺は……ですね……まあただの旅人ですよ」
正直に答えてもどうせ文字化けを起こした言葉となるため、簡単な言い訳をして誤魔化そうと在り来たりな単語を出すも、それを聞いて微かにクレアの目が細くなる。
「……なら、どうしてキョウヤの名を語ってたんだい?」
「んぐっ!?」
食べていたシャーロットもその話に喉を詰まらせた。
だがもちろんそれにも正直には答えられない。
「……ちょいと英雄様の気分を味わってみたかっただけですよ」
「本当にそれだけかい?」
「ええ、もちろん」
真剣に見つめ合うナナシとクレア。
ナナシの瞳に何を見たのか、クレアは目を閉じ、そして立ち上がった。
「よし、分かった。なら着いてきな」
クレアに連れられて来たのは、家の裏庭。
その納屋から、木で出来た剣を二本取り出して、一本をナナシにへと投げた。
ナナシがそれを持ったと同時に、クレアはナナシに対して持った剣を向けた。
「勝負だ。魔法無しの単純な剣だけで私に勝てたら、シャーロットと一緒に旅に出ることを許可するよ」
「本当!? お母さん!」
「騎士に二言はない」
「冗談でしょ……だってクレアさんは、元王都の騎士団長じゃないですか」
クレア・ソードハートは元王都にて騎士団を率いており、騎士団長を務めていた人物だ。
その後、平民の男性と結婚してこの村にへと引っ越して来たと、かつて共に住んでいた時にナナシは聞いていた。
「おや? 知ってたのかい。なら話は早いね」
「……どうしてそんなこと言い出したんですか。シャーロットさんはあなたの一人娘でしょ。彼女を旅に出せば、クレアさんが一人になるていうのに」
「バカ息子から聞いた、『可愛い子には旅をさせろ』と言う言葉を思い出しただけさ、ほら行くよッ!」
「くっ!」
突くようにして放たれたクレアの木剣を、ナナシは剣で横にへと流して距離を取った。
だが、クレアはすかさず駆けだして、ナナシを翻弄するように動いた後、瞬時に懐にへと入り、横腹にへと斬りかかった!
「クソが!」
だが一手のところでナナシは自らの横腹にへと剣を滑らして、クレアの剣とぶつけ、ナナシの体は勢いよく後方にへと吹き飛ばされた。
「ほう、他人の名を語っていたコソ泥野郎の癖に、中々やるじゃないか」
「はぁ……はぁ……クレアさん、強すぎるでしょ……本当に現役引退したんですか?」
「ははっ、これでも女で一つで娘を守らなくちゃいけなくてね!」
数々繰り広げられるクレアの連撃。ナナシは圧倒され、未だに隙が見えない。
「剣だけだとこうも戦えないなんてな……!」
魔法を使っての戦いならば、ナナシも、今までの冒険で散々経験をしてきたはずだったが、単純な剣のみの戦いとなると、指で数えるほどしかなく、ほぼ経験がないに等しかった。
今二人の勝負がイーブンで進んでいるのは、ナナシの異常なステータスと、クレアの熟練した経験がぶつかることでバランスを保っていた。
だがこのままでは確実にナナシはクレアの剣の前にへと屈してしまう。
「どうしたんだい? もう終わりかい?」
正直に言えば、ナナシもシャーロットが旅に出るのは反対であり、このまま負けた方がお互い都合がいいとすら言える。
でも、
「んっ……あぁ……!」
不安そうにナナシを見てくるシャーロットの顔を見て、ナナシは立ち上がり、そして剣を構えた。
「ほう、どうやら本気になったようだね?」
「妹の願いは叶えてあげたいですから……」
誰も聞こえない、微かに唱えた決意の言葉。そしてナナシは目を瞑り剣を構えた。
「……なんのつもりだい?」
「心眼てやつですよ。これであなたの動き掴むんです」
「そうかい、ならやってみなよ!」
聞こえた声と共に、クレアは真っ直ぐナナシにへと剣先を突き立て進む。
が、その瞬間ナナシは地面に足をたたき込み、目にもとまらぬ早さでクレアの真下にへと入りこんだ。
息を呑むクレア。
だが持つ剣はナナシの背後にへとあり、防御するのには間に合わず、ナナシの持つ剣が彼女の喉元にへと突きつけられた。
「なっ……んで……」
「騎士であるクレアさんが、相手を背後から襲うはずがないですから」
本当は、クレアさんの性格からそう考えたことだけど。
そう、クレアと共に過ごしたナナシだからこそ、クレアが狡と不正を嫌い、何事も正々堂々と性格だと知っていたからこそ、彼女の行動を読むことができたのだ。
そうすれば後は簡単だった。
先ほどソウルデータで俊敏性はレベル99のままだったため、それを生かしてクレアの不意を突ける速度で入り込めば勝てると踏んだのである。
「……負けだよ、降参だよ」
「すごいです、すごいです! ナナシさん! まさかお母さんを倒しちゃうなんて!」
向こうでぴょんぴょんと跳ね回るシャーロットを見て、ナナシは疲労でその場にへと尻餅をついた。
「約束だ、シャーロット。旅に出ることを許可するよ」
「ありがとうお母さん!」
そう言ってクレアにへと抱きつくシャーロットの姿は、まさに仲睦まじ親子の姿であり、ナナシにとってその光景は、かつての懐かしい光景の一つだった。
「にしても、あんたあんな実力隠してたなんてタチが悪いね。あそこまで早く動かれちゃ、こちとら追いつけやしない」
「不意打ちでも狙わない限り、クレアさんほどの騎士様には勝てませんよ」
「ははっ! 口が上手いじゃないか! ……こんな会話をするのも懐かしいねぇ。本当、家の
「……必ず帰ってきますよ、きっと」
「だといいけどねぇ」
そこで自分だと答えられないことが悔しく。だがナナシはただクレアを慰めることしか出来なかった。
「さぁ、それじゃ冒険するのなら準備をしないとね。シャーロットはこっちに来な。ナナシ、あんたも疲れたろ、そこの納屋を使っておくれよ。なに、前もそこに寝ていたやつがいるから安心しなよ」
クレアは伝え終わったのか、シャーロットを連れて家の中にへと入っていった。
「確かに……昨日から色々ありすぎて眠気が……」
せっかくな月日を言えば五年前なのだが、ナナシにとってはつい昨日の出来事である。
そこの遠い間隔を抱きつつ、納屋にへと入り、重たい瞼を閉じた。
意識を失うのは早く、すぐさま眠りにへと着いたのだった。
◇◇◇
翌朝、納屋から目を覚まし、ソードハート家の中にへと入ると、そこには白色の鎧を着たシャーロットの姿があった。
「あ! 起きましたか、ナナシさん!」
見た目だけなら何処に出しても恥ずかしくない立派な冒険者であり、煌めく白銀の鎧が、窓から入ってくる朝日の光に照らされて輝いている。
「そんな良い鎧、どこから持ってきたんだ?」
「私のお古だよ。手入れして閉まっておいたのさ」
クレアはそう言って、朝食のパンとスープを出してきた。
「ほら見てください、ナナシさん! この剣も、お母さんからもらったんですよ!」
剣は平均的長さの物であるが、素材はミスリル製と上質な物が使われている。
「これで私にできることはした。後はナナシ、あんたに任すよ」
「わかりました」
昨夜戦ったことが原因か、昨日までの敵意はもう無くなっており、ただの普通の母親としての態度だった。
「もしシャーロットと何かあったら、あんたを見つけて八つ裂きにしてやるから覚悟しときな……?」
「あ、はい……肝に銘じておきます……」
「それと、シャーロット」
「何、お母さん?」
「旅に出るからには、絶対にあのバカを見つけて連れて帰ってきなさいよ」
「うん、分かった!」
ソードハート家で取る最後の朝食を終えた後、クレアに軽い挨拶をした後に、街の外までシャーロットと一緒に歩いて行く。
その道中ではシャーロットが道行く村のみんなから、様々な餞別をもらっていき足を止めて中々前にへと進むことができなかったが、それだけシャーロットが村の人間に愛されていること、ナナシは改めて感じた。
「さぁ! ここから始まるんですね! 私たちの旅が!」
「ああ、そうだ。新たな始まりだな」
シャーロットにとっては始めて出る旅であり、ナナシにとっては新たなやり直しの旅だ。
そして二人は意を決して、新たな冒険にへと足を踏み出した。
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