第7話 明るく無慈悲なマッドサイエンティスト

 早朝から出発し、アルバ村にへと着いたのは午前頃となった。

 付近の森からアルバ村を見てみるが、村の入り口にはバリケードが敷かれている以外、特に魔族やモンスターがいる様子はない。

 

「というか、誰もいなさすぎるんだよな……」

 

 いくら何でも静かすぎる。

 前に来た時はもっと人が行き来し、賑やかな街だった記憶がある。

 それを見ると改めて戦略されてしまったということが分かる。


「えらく静かなところですね」

「そうですね、この席に魔法の実験場が広がってるとなるとわくわくしますね!」

「なにを楽しんでますのよ! ど、どんなおぞましいものと遭遇するかも分かりませんのに……わ、私やはりここで待ちますわ……」

「バカなこというなお前は俺たちの大事なおと……ガードナーじゃねえかよ」

「今確実に囮て言いましたわよね!? そうですわよねッ!?」

「お、指示が来たな。それじゃあ村に入るぞ」

「嫌ですわぁ~ッ!!」


 半泣き状態のベルルートの背中を押してながら、アルバの街にへと潜入を開始する。

 俺たちのグループは街の西方向から攻める形で歩いて行く。

 他にも北側、南側、東側のグループにへと別れて、囲むようにして街を攻略するのが今回の作戦となっていた。

 雑な人間が多い冒険者にはぴったりの作戦である。

 尚、行動も配置と入るタイミング以外は独自行動のため、次々と他のパーティーが我先にと街の中にへと入っていく。


「私たちも急ぎましょう、ナナシさん!」

「落ち着けシャーロット。ちょっとだけ様子見だ」

「怖い……怖いですわ……!」


 俺たちは街にある建物の影にへと隠れて様子をうかがう。

 街に入ると、多くの店と、牧歌的な雰囲気を醸し出す牧場などが見えるが、相変わらず誰もいない。

 その中を、先に入った冒険者たちの何人かが走って移動していく。


「どうして早く行かないんですか?」

「いくら何でも怪しすぎるからだよ。ここが魔王幹部によって占領されてたっていうのなら、必ず何かを罠があるはずだ」

「そうですわね、では帰りましょう、今すぐ帰りましょうッ!?」


「ぎゃー!?」


 そう話していた時、道の向こうから叫び声が聞こえた。

 見てみると、先の通路を塞ぐようにして立っていたのは、ライオンようなたてがみと体に、鳥のような羽を背中にへと付け、お尻からは蛇を生やした、顔には仮面を付けた生物。


「あれはまさか……キメラか!」


 それが本当に俺の知っているキメラかどうかは定かで無かったが、ここまでテンプレートな作りでこられればそう呼ばざるおえないだろう。

 だが気になるのはあの顔の仮面である。

 白色でライオンのような顔の形をしているが、何のために被せてあるのだろうか。それが分からなかった。 


「ちっ! 化け物がッ!」


 前方に立つ他の冒険者がキメラに攻撃しようと剣を振るうも、キメラは素早い動きでそれを交わして、手に生えた極太の爪を武器に、冒険者たちを切り裂いていく。


「がはっ!?」

「こいつ! 囲め! 囲むんだ!」


 一人ではかなわないと分かると、冒険者たちは瞬時にキメラを塞ぎ、魔法を放った。


「《ファイアアロー!》」

「《アイスソード》!」


 炎の柱と、氷で出来た剣。両方がキメラにへと襲いかかる。

 だがキメラはそれを避けず、全身で炎の柱を体にへと浴びた。

 それにより、キメラの体は炎とにへと包まれて、飛んできた氷の刃を刺さる手前で溶かされていき、その刃を体にへと突き立てることは無かった。


「はっ!? そんなのありかよ!?」

「おっし! これで一体目だな!」

「お前炎は汚いだろうが!」

「早い物がちだっての! さあ、この調子でじゃんじゃんと倒してこうぜ!」


 キメラを炎で丸焼きにし、喜ぶ冒険者たち。

 だが何かがおかしい。いつまで立っても、炎に包まれたキメラが倒れないのである。

 すると、キメラは体を振るわせてその炎を振り払い火を消したのだ。火の消えた体には、煤どころかやけどの一つすら見当たらない。


「へっ……え?」

「不味い、逃げ──!」 


 言葉を伝えるよりも早く、キメラの爪が目の前の冒険者たちを切り裂き血を飛ばした。

 傷を負った冒険者たちは即死こそ真逃れたが、立つことが出来ずに地面を這いずり回っている。

 それを見て分かった。あの今あのキメラと戦ったら確実に負けると。


「ここは迂回するか? いやでも他の場所にもキメラがいないなんて確証はないしな……」

「な、ナナシさん、あの人たちを見捨てる気ですか!?」

 

 信じられない物を見る顔で俺にそう言ったのはシャーロットだった。

 既に抜いた剣を構えて怪我を負った彼らのもとにへと走りだそうとしている。


「冒険者て職業はどこまでも自己責任なんだよ。だからもし助けられないと判断すれば見捨てるしかない」

「そ、そんなの嫌です!」

「分かってくれシャーロット、下手すればここで全員死ぬかもしれないんだぞ?」

「っ!」


 俺だって元々は普通の高校生。助かられるもの助けたいさ。

 だが、今のパーティーの現状で、ここで助けに入っても結果は見えている。

 なら、ここは安全な道を通って魔王幹部を目指すのが一番安全な道だろう。

 他の人間の死と聞いて、シャーロットは俯き黙りこくるも、再びナナシに向かって顔を上げた。


「それでも……それでもっ! お兄ちゃんなら絶対に、あの人たちを助けます!」

「!」

「お兄ちゃん……キョウヤお兄ちゃんはいつだって私を守ってくれました! それにキョウヤお兄ちゃんが旅をしている間、色々な活躍を風の噂程度に聞きました。そこにはやっぱり私の憧れていた……大好きなお兄ちゃんがいて……とても誇らしかったんです……」


 シャーロット……お前はそんな風に、俺のことを思っていてくれたのか……?

 そんなにも……俺のことを見ててくれたのか…?


 決意に満ちたシャーロットの瞳が、俺を真っ直ぐに射貫く。


「だから私は、ここであの人たちを見捨てて逃げるなんてことは出来ないんです! だって私は、少しでもあの人に近づきたいから!」

「……そうか」


 ずるいぜ、シャーロット。

 そんなこと言われたら、俺は何も言い返せないじゃないかよ。


「……シャーロット、君の熱意は伝わった。俺の負けだよ。だから、あの二人を助けよう」

「な、ナナシさん! はい! 絶対に助けましょう!」

「あ、あの……盛り上がっているところ悪いのだけれど……あれ……」

「ん?」


 なんだ、ベルルート?

 せっかく妹と名シーンを形成していると言うのに無粋なやつだな。一体何が……ぇあえれぇッ!?」


 思わず心の声が途中で出てしまうが、そんなこと気にしてはいられなかった。だって……だって……! 倒れている冒険者の真横に立っていたのは……!


「ふんふん、爪の大きさは約五センチ程度。冒険者の筋肉を一瞬にして切り裂くとこを見るに、なかなかの腕力がありますね。あなた」


 そう言って目の前のキメラにへと話しかけたのは、他でもないミライだったのだ。


「何やってんのあの子!?」


 即座に俺たちも建物の影から出て、ミライとキメラ冒険者の少し後方で止まる。

 もちろんベルルートとシャーロットと二人で押しながらである。

 

「はい、これで痛いの痛いの飛んでけしましょねー」

 

 ミライはそう言って《リーフライト》を冒険者たちにへと当てて、傷口を塞いでいく。


「ミライ! 危ないから下がれ!」


 一体何を考えているのだろうか、あの子は……?

 好奇心が強すぎるが故に、見たことのないモンスターに興味を持って見に来てしまったということだろうか?

 ならさぞ恐ろしい、これが小さな子供を持つ両親の気持ちというやつか……!


「あ! ナナシさんたち遅いですよ! もう待ちきれませんので、先に実験始めちゃいますね?」

「実験? 何言って──」

「あ、よいしょ!」 


 俺の疑問には答えず、ミライは四次元リュックの中から出したのは、大きなサイズのピッケルような見た目をした工具であり、見たところ様々なパーツが付けられた機械のようだった。


「それでは、行きますよキメラさん、わたしの実験に付き合ってください!」


 そういうと、ミライはそのピッケルを両手で持ち、キメラ目掛けて走り出した。

 真っ正面から向かうミライに、キメラも容赦はせずその自慢の爪でミライを切り裂こうとした。


「ミライッ!」


 助けようにも、今の俺には《サンダーインパクト》以外の有力な攻撃方法は持っておらず、それを放てば確実にミライにまで当たってしまう!

 必死に走る俺たちだったが、ミライはキメラの爪をピッケルにへと当てて、飛ばされて、地面に軽やかにへと着地した。


「ふぅ、中々そううまくは刺させてくれませんか……」


 どうにかミライが無事なことに一息付く。

 そうしてキメラの方を見ると、キメラの顔に変化が訪れたのだ。いや、正確に言えば仮面にである。

 炎を浴びて脆くなったのか、ミライとぶつかった衝撃で地面にへと壊れ落ちる。すると、仮面の下から現れたのは、虚ろな目をした人間の顔だった。


「あばばば……! や、やはり人間も実験に使われているというのは本当の話だったのですわ……!!」

「べ、ベルルートさん!?」


 それを見てSAN値理性埋葬されたベルルートは口から泡を吹いてしまい、真っ直ぐ立ったまま地面にへと落下した。

 直前になんとかシャーロットが受け止めてくれたため、怪我した様子はなく、気絶して目を回している。


「まさか噂話じゃなかったなんてな……これはかなりやりにくいぞ!」

「な、ナナシさん……あの人は……助けられるでしょうか……?」

「……無理だ。ああなったからにはもう、元に戻すことはできない」

「そんな……っ!」


 これではっきりした。あれは正真正銘のキメラだ。

 それも、とびきり悪趣味な代物の類いだ……ッ!!

 ああなってしまったらもう、元の姿に戻すことはできない。少なくともそんな魔法を俺は知らない。

 なら、やれることは一つしか無い。


「例えるなら別々の飲み物を混ぜた状況と同じだ。一度混ざってしまえば、分解することは難しい。ああなった以上、殺してあげる以外に、助ける方法はない」


 そうだ、思い出した。

 戦いとは常に、残酷で、理不尽な選択を迫られるものなのだ。

 だから俺は……あの……人間を……!


「いや、助けられますよ?」

「……ミライ、今なんて言った?」

「いや、だからようはくっついた生き物をバラしてあげればいいだけですよね? なら出来ますよ、わたし」


 ……ん? え? いやいや、何言ってるのこの子?

 え、だって俺キメラは一度合体したら元には戻せないという宿命を背負った悲しき生き物だって漫画とかで散々見たよ? それを戻せるて言いました、この子?


「先ほどは様子見でしたからね。えーと……どれにしようかな……と」


 ミライはそう言って、胸元に着いた小瓶を左手で選びつつ、中から一つを選びピッケルの先端の歯とは逆の背面側にへと差し込んだ。


「そーれ!」


 ミライはピッケルを高く振りかぶり、思い切り地面にへと叩き付けてから、ピッケルに付いたトリガーを引いた。

 ピッケルは煙を上げ瓶に入った液体を減らしていくと、地面からは銀色の板が形成され、上空に上がった太陽の光を反射してキメラにへと掃射された。


「──!」


 突然の光に視界を奪われて、たじろうキメラの隙を、ミライは見逃しはしなかった。

 小柄であることを生かし、素早くキメラの上空へと飛び上がると、持ったピッケルを高く掲げて、今度こそキメラにへと突き刺したのだ。


「捕まえましたよ! さあ! あなたのその成分、いただきます!」

 

 ミライは再びピッケルのトリガーを引くと、ピッケルはけたたましい音を立ててキメラから何らかの液体を引き抜いていく。

 すると、キメラの体は少しずつ崩れていきバラバラとなって、別の姿にへと変わった。

 現れたのは、獅子モドキに、ハゲズギィタカ、ゴムヘビと、そして裸の人間だった。


「ふっふーん! 成分調達完了と!」

「ミライ……一体何をしたんだ?」

「ああ、わたしが作ったこの、成分採取も可能な機械式ピッケル『ビートイット』を使って、キメラとして他の生き物たちを繋いでた成分を取りだして、体をバラバラにしてあげたんですよ。ようはつなぎ止めていた接着剤をこのピッケルでとってあげたというわけです」

 

 ミライは先ほど出した銀色のいた板にピッケルを刺すと、いた板はみるみる内にピッケルの先端の中にへと入っていって、新しく取り付けられた殻の瓶の中にへと収まった。


「にしてもすごい技術ですねぇ! どんな魔法構築をすればこうなるのでしょうか? 調べるのが楽しみです!」

「……もう君一人だけでいいじゃないかな?」


 こうして見せ場を取られた俺は、ミライを唖然と見るしかできなかったのである。

 


◇◇◇


 

 街の中央広場に存在する教会の扉を蹴破ると、その中央には、白衣のような服を着た、頭に角を生やした魔族がおり、こちらを振り向いた。


「なに!? 冒険者たちだと! 貴様ら、あのキメラの群れをどうやって切り抜けてきたというのだッ!?」

「えっと……主にこの子がやりました……」

「わぁ! わぁ! すごいですねここ! 実験設備がこんなにもッ!!」


 その当の本人は、教会に張り巡らされた魔法装置を前に、ここ一番にテンションを上げたいた。 

 あの後、ミライの好奇心に火が付いてしまい、道中他のキメラたちからも成分採取をしてキメラをバラしていったのだ。

 ここにたどり着けたのも、キメラにされた人たちが見聞きした情報を頼りにし、結果、こうして割と簡単に魔王幹部がいるとされる場所にまで辿り着くことができたのである。


「そのようなガキがやっただと……? デタラメを抜かせ! そんなことが信じられるかッ!」


 ですよねー。俺も信じられないです。はい。

 だが本当である。ミライがキメラから成分を抜き取りバラしていったことで、次々と倒していき、いつの間にか俺たちのパーティーを先頭に他の冒険者たちも集まって、こうして大所帯で教会にへと流れ込んだというわけだ。


「これだけ冒険者が集まってるんだ!」

「観念するんだな!」

「早く魔法の鍵を渡せ!」


 周りの冒険者がはやし立てるも、目の前に立った魔族の男は、特別動揺したりはしなかった。

 むしろ薄気味悪い顔を浮かべ、俺たちの方を見てくる。

 確実に何かを隠し持っている。


「ふ、ふふふっ……浅ましい人間たちだことよ。キメラ共もに食われれば、もう少し楽に死ねたものを、更なる苦しみに自らを追い込むとなッ!!」


 魔族の男性は右手を挙げて指を鳴らすと、後ろの上空から、巨大な黒い影を落ちてきたのだ。


「ハ────ッ!!!」


 それはシルエットからしてキメラだったが、明らかに今までの物とは様子が違った。

 黒光りする鉱石で覆われた体。

 漆黒に燃えるたてがみに、背中からは燃えさかる赤い炎の羽を生やし、尻尾には禍々しいヘビを付けている。

 強靱な筋肉の付いた手足を地面にへと着けて、俺たちの前にへと立ち塞がったのは恐ろしき魔物だった。


「はっははーァ!! 我こそは魔王様の配下にして、最も優秀で最高峰の魔法研究者、ドロデレ! 貴様らは私の作り上げたこの地獄の権化のようなキメラによって屠られ! 殺されるのだ!」

「ハ────ッ!!!」

 

 けたたましい雄叫びが、教会の壁にへと反響してやかましく鳴り響く。

 その声は強者を示すかのように力強く恐ろしい声音色をしていた。まさにキメラのボス。ボスキメラだ。

 それを表すかのように、声を聞いただけで体を振るわせて逃げだした冒険者が視界の端に見えた。

 もちろん、ベルルートはいち早く羽交い締めにして捕まえた。


「嫌ですわッ!? 目覚めて早々に何なのですのあれはッ!? もう嫌ですわ! お家帰りますわッ!!」

「待て待て! 装備品的に逃げたら確実に狙われるのはお前なんだぞ!」

「うわぁーん! もう冒険者なんて嫌ですわーぁ!!」


 どうにかしてベルルートを宥めている間、他の冒険者たちは一気にボスキメラにへと魔法を放った。


「《ファイア》!」

「《サンダーボール》!」

「う、《ウォーターカッター》!」


「はははッ! なんだそのしょぼい魔法はッ! そんなに遊びたいのか、こいつとッ!」


 冒険者たちの攻撃を、ボスキメラは羽の一振りでなぎ払い、同時に炎までも飛ばして攻撃してきた冒険者たちを襲い、火が燃え移る。

 それが終わると、キメラは壁際目掛けて尻尾を振り伸ばした。すると、何もないはずの空間をヘビが口で掴んだ途端、人間の声が上がった。


「がぁッ!?」


 姿を現したのは、レザー素材で出来た服を着た暗殺者を思わせる冒険者であり、ヘビはその冒険者を掴んだまま、教会の壁にへと叩きつけた。


「無駄だ、そいつにステルス魔法などという姑息な手は通用しない」

「《サンダーインパクト》!」

「っ!」


 ドロデレに背を向けて、俺はすかさず最大威力でそれを打ち出した。

 教会の天井を砕き、青い閃光がドロデレ目掛けて光の速度で駆け巡る!

 よし、取った!


「──ッ!!」


 だがドロデレにへと当たる直前、ボスキメラは即座に尻尾をドロデレの上空へと伸ばし、それを弾いて回避した。


「ちっ! あと少しだったのに……!」

「ふ、ふふ……危ない危ない、こいつの反射神経がなければやられていたわ」

「そ、そんな……あんなに早い攻撃でもダメなら……一体どうすればいいのですわよ……ナナシ!?」


 俺の隣で泣きじゃくるベルルートだったが、今は構ってられる余裕がない……。

 《サンダーインパクト》は仮にも高レベルで取得が出来る最高位魔法の一つだ。

 不具合を起こして背中から出てくるとはいえ、その速度と威力には変化はないはず。つまり俺唯一の切り札といってもいい魔法を、あのキメラは防ぎきったのである。

 こうなってしまえば、ここであのキメラを倒せる手段が見つからない……!

 ミライのピッケルに頼ろうにも、あのボスキメラはあまりにも先ほどのキメラとは勝手が違う。目くらませ程度の方法で勝てる相手ではないだろう。

 なら……どうすれば……!?


「これで私の作り上げたキメラの完成度が分かってもらえただろう、哀れな人間たちよ? そこでだ、交渉をしようではないか」

「交渉……だって……?」

「そう、今答えたお前! 貴様が先ほどの《サンダーインパクト》を撃ったのだろう。そうだろう?」

「……それがどうした」

「だから交換条件だ。貴様が私の実験実験材料となると言うのならば、他の人間たちは見逃してもいい。どうする?」

「!」

「《サンダーインパクト》は最高位魔法の一つ。レベルの限界を超えた者にしか覚えられないその魔法を何故貴様のようなひよっこが持っているのか、誠に不思議だ」

 

 しまった……!

 《サンダーインパクト》は最高位魔法故にマイナー。つまり、威力などは強くても誰も彼もが知っている魔法ではないのだ。

 だが目の前に立つドロデレは、先ほど魔法研究者と言っていた。

 知っていても当然だ。先ほど仕留め損なった時点で、俺の負けは確定していたのだ。


「……分かった。それでいい」

「ナナシさん!」

「ありがとうナナシッ!! あなたのことは一生忘れませんことよッ!!」

「お前! せめて引き留めるフリくらいはしろよなぁ!?」

 

 なんて薄情なやつだ、助かったら覚えてろよ……。


「ダメですよナナシさん! だって……だってナナシさんは私と一緒にお兄ちゃんを探してくれるんじゃなかったんですか!?」

「シャーロット、短い間だったが楽しかったよ。残念だけどここでお別れだ」

「そんな!」

「みんなの顔を見て見ろよ」

「……っ!」


 そこにあったのは、助かる期待と退路を断たれるかもしれない不安。その両方が入り交じった顔だった。


「残念だが、あのキメラには勝てない。だからここは俺が生け贄になるのが正解なんだ」

「そんな……でも……」

「大丈夫だ。俺もむざむざと実験材料になりはしないさ。隙を見て逃げ出してやるさ。だからここは、引いてくれ。なっ?」

「……必ず助けにきますから、それまで待っててください」

「ああ、楽しみにしてるよ」


 覚悟を決めて、俺は前にへと出た。

 これで少なくともシャーロットが助かる可能性が増えたのだ。ならそれだけで御の字だろう。

 

「わかったぜドロデレ、お前の要求を飲──」

「何言ってるんですか? ダメに決まってますよナナシさん」


 ひょこりと俺の横から現れたのはミライだった。

 どうやらあらかたの魔法機械を見終わって、今の状況を把握したらしい。本当、なんというか、色々とマイペースな子である。


「ミライ、分かってくれ。俺がアイツの実験材料になればみんな助か──」

「だから先にナナシさんを調べるのはわたしだって言ってるんですよ! ナナシさん程の探究心の塊を、あんなしょぼい男に横取りされるなんて我慢なりません! 激おこですよ!」

 

 両手で拳を作り、顔の前で構え怒りを表すミライに、俺は困惑してしまう。

 どうやらミライさんも俺のこと実験対象と見ているらしい。なるほど、これがフラグ建設ということか。いや多分違うな。

 ミライの発言が気に障ったのか、先ほどまで気色の悪い笑みを浮かべていた顔にわなわなさせて、体を震わせている。


「しょぼい……今しょぼいといったか貴様……ッ!?」

「しょうぼいですよ、せっかくわくわくして見に来たていうのに、あったのは結局キメラを作るだけの装置ばかり。ただ生き物同士を合体させることしかやってないじゃないですか。もっと能力を向上させるとか、遺伝子を組み替えて新たな生物を作り出すとかしててくださいよ。魔王幹部なんでしょ? 正直、がっかりすぎますよ、本当。あーあ、ざんねーん」

「きっ、貴様ッ!! キメラよ! そこにいる人間どもを皆殺しにしろ! だがあのガキと隣にいる男には手を出すなッ!! 私が手ずから実験材料として使ってくれるゥッ!!」

「おいバカ! 刺激するなよ! みんな早く逃げろ!」


 即座に教会の外にへと逃げ出す冒険者たちだが、ボスキメラはそれを狙い、羽を降って炎を飛ばした。

 

「ひゃ~!? 飛んできましたのよッ!?」


 一緒に逃げようとしたベルルートの頭に炎が舞い降りて、必死に盾でガードしている。

 その間入り口は火で塞がれてしまい、閉じ込められて教会の中に残ったのは俺たちだけとなってしまった。


「に、逃げ遅れましたわよ!? 私たちッ!!」

「ミライ、どうするんだよ。あのキメラ相手にどう戦うてんだ!」

「簡単ですよ。さっきと同じく成分を抜き取ってしまえば済む話しです」

「でも俺の《サンダーインパクト》にすら反応したんだぞ? いくらミライが素早いからって斬り殺されちまう……」

「なら。動きを止めればいいですよ。わたしに考えがありますから聞いてください」

 

 ミライは俺たちに耳打ちすると、まっさきにベルルートさんが声を上げた。


「嫌ですわ! そんなの無理ですわよッ!!」

「大丈夫ですって、わたしの作ったステータス上昇のポーションをかけますから。そうじゃないと死にますよ?」

「ベルルート、もうこうなった以上、生き残るとしたらこれしかないぞ。それにだ、もし成功すれば、皆がお前のことを褒めてくれるぞ、チヤホヤしてくれるぞ。多分」

「べ、ベルルートさんの活躍、私見たいです!」

「うっ……わ、分かりましたわよ……や、やればいいでしょう! やればッ!」

「それじゃ、死ぬ気で行くぞ、みんなッ!」


 全員が首を振り、俺たちはミライの指示通りのフォーメーションを取った。

 盾を持ったベルルートを先頭に、その後ろをミライ、シャーロット、そして俺の順番に、一列にして並ぶ。

 そしてミライは、即座にピッケルのスロットにあるを装填した。


「何を企んでいるのかは知らんが、纏めて蹴散らせ! キメラよッ!」

 

 襲いかかるキメラの強靱な攻撃を、ベルルートが即座に受け止めて、そして耐えた!

 

「怖い! 怖いですわぁ!!」

「すごいぞ! ベルルート! その調子だ!」

「ベルルートさんすごいです! まさしく戦う令嬢てな感じで憧れます!」

「そ、そうかしら……? ふふん! これしきなんとも無いですわよッ!」


 どうにかしてベルルートの機嫌を取り、次々とキメラの重い一撃を耐え忍んでいく。

 そうして、キメラがベルルートに集中している間に、ミライがピッケルを床に突き立ててトリガーを引いた。

 すると、キメラはバランスを崩して、床の中にへと沈んでいく。


「ハァ────ッ!?」

 

 ミライの話していた展開通りにことが進んだため、俺は思わず口元が緩んでしまうが、まだだ、まだ作戦は半分、ここからが勝負となる。 

 だがそれを見たドロデレは何が起こったのか理解出来ず、顔に皺を寄せていた。


「何故地面が沈んで……まさか貴様ッ!?」


 流石、彼にも魔法科学者を名乗っているだけあってすぐさま理解したらしい。

 一応、優秀と言う話は本当だったのだろうが、ミライの方が一枚上手だったようだ。


「分かりましたか? 先ほど採取したキメラを形成する上で必要な接着剤としての物質を使って、そこのキメラと地面を合体させたということですよ。これでもう、そのキメラは動くことはできません!」


 床と合体してしまったため、ボスキメラの体は完全に床の中にへと埋まってしまい、パニックを起こしているかのように、体を動かそうとするも、ビクともしない。


「小癪なッ!」

「これで終わりだ、ドロデレ。キツいの一発お見舞いしてやるよ! 《サンダーインパクト》ッ!!」


 再び落ちた《サンダーインパクト》が、ドロデレにへと向かって落ちる。


「バカが! 学習しなかったのか! キメラの体は埋まっていても! まだ尻尾のウロボロスは残っているのだぞッ!!」


 ドロデレの言葉に従うように伸びたヘビの頭は、迫り来る雷にへ向かう。


「邪神竜刀流・必殺奥義『邪神竜破』!」


 だが、ウロボロスの頭が雷に届くことは無かった。

 ウロボロスの頭は、シャーロットの持つミスリル製の剣によって貫かれてしまったから。


「なにぃッ!? がぁッ!!!」


 頼りにしていた守りを失ったことでドロデレは《サンダーインパクト》の体が青い閃光によって光り、一瞬にして体を焦がし、その場にへと倒れた。

 シャーロットは、邪神竜刀流・三の型『竜神移動』ただ早く走るを使ったため、少しだけ息を荒くするも、笑顔でこちらにへと手を振ってきた。


「ナナシさーん! 見てましたか! これが邪神竜刀流・必殺奥義『邪神竜刀破』です!」

「それ、ただの突きだろが」


 そうは答えはしたが、俺の顔は素直に笑っていた。



◇◇◇



「が……ごげが……ぎげげぇ……はれぇ……」

「ひぇっ! 生きてますの……?」

「まあな、ぞうじゃないと鍵の在処が分からないからな」


 そう、結局ここに来たのも、魔法の鍵を得るためであり、それが見つからないのであれば本末転倒である。

 だから死なない程度の《サンダーインパクト》をはなち、体を少しだけ丸焦げにする程度で許してやったのだ。

 ミライのおかげでキメラにされた人も戻ったし、殺さなくてもいいだろうと言う判断もある。


「ほら、鍵は何処にあるんだよ。早く出さないともっときついの堕とすぞ?」

「ま! 待ってくれ! 私は幹部では無いんだ!」

「おいおい、そんな見え透いた嘘つくんじゃねえよ? こっちは確証が会ってきたんだよ。ほら、早く話して楽になんな」

「信じてくれ! 確かにここは魔王幹部の方が占領したが、私ではなくシュラ様というかたなのだッ! 私はあくまでもこの拠点の運営を任されていたにすぎないんだよッ!!」


 必死に答えるドロデレに、嘘を付いている様子はない。

 といっても、だからと言って信用出来るはずもない。

 どうしたものか。嘘を判別する魔法なんて持ってないし、これ以上体に聞いても衰弱してまともに口も聞けなくなってしまうだろう。

 そう困っていると、ボスキメラから成分を解消していたミライが戻って来た。


「どうですか? 魔法の鍵の場所は分かりましたか?」

「いやそれが、こいつは幹部じゃないっていうだよ。嘘ではなさそうなんだが、だからって信用も出来ないしで、困っててな」

「そうなんですか。なら一層のこと、この人の頭の中の記憶、全部出しちゃいましょうか?」


 ミライはそんな物騒なことを言って、ピッケルの先端をドロデレの額にへと当てた。


「ひぃいいッ!? な、何をする気なんだッ!?」 

「いえだから私の『ビィートイット』を使ってあなたの頭から記憶の成分だけを抜き取るだけですよ。大丈夫ですって、後でちゃんと元に戻してあげますから」

「止めてくれッ!! 話す! 何でも話すからッ!! 私から知識を奪わないでくれッ!! 何も知らないまま死にたくないッ!!」

「そうだ、実験のこともついでに見させてもらいますね! あなたの研究、しょぼかったですけど、この接着剤として使ってた成分には興味があるんですよ! 楽しみですぅ……!」


 好奇心に満ちた子供は、時としてどんな悪人よりも残酷である。


 そんなことを再認識しつつ、俺は流石にミライのその行為を止めた。

 ミライは心底不満そうにしていたが、流石に幼女が喜びながら脳みそを弄くり回すのは、例え字面だけだとしても不味いと思ったらである。

 その後ドロデレは言った通りなんでも話してくれて、魔法の鍵や、魔王幹部の情報を事細かに話した後、意気消沈して冒険者によって捕らえられ、王都にへと連行されることとなった。


 俺たちパーティーは改めてミライの認識を改めつつ、今回のクエストを終える事となったのである。


「あーあ、せっかく色々見られると思ったのに残念です……そうだ! この埋め合わせは、ナナシさんの謎を解くことで埋めることにしましょう! 楽しみです!」


 そんな無邪気で可愛い笑顔に、俺は心底戦慄したのだった。

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