冒険者界のやべーヤツら
第4話 盾の令嬢
「邪神竜刀流・壱の型『竜道』!」
「それただの突きィッ!」
シャーロットはクレアからもらった剣を、襲ってきたゴブリン目掛けて放ち突き飛ばした。
その後、ナナシがサンダーインパクトを放ったことで倒し、二人の体に青色の光が入っていく。
「うーん、中々レベルが上がりませんね……」
「最初はそんなものさ、敵も弱いからな」
「そういえば、ナナシさんはどうしてその《サンダーインパクト》という魔法を放つとき背中を向けるんですか? そういう魔法なんですか?」
「えーと……まあそんな感じかな?」
もちろん違う。
本来のサンダーインパクトは使用者の目の前に雷が落ちる魔法であるが、ナナシの魔法はバグってしまっており、こうなってしまうのだ。
しかも今まで覚えた魔法のいくつかは不具合の所為か使えなくなっており、攻撃はもっぱらこのサンダーインパクトのみとなっていた。
「てか、シャーロットもその邪神竜刀流以外に何か他の戦い方をしないか? 魔法を覚えてると」
「いやです。邪神竜刀流は最強なんです。これさえ極めれば後は何もいりません」
「えぇ……」
困惑の表情を浮かべるナナシに、シャーロットはノートを取り出して指を立てた。
「分かっていませんね。邪神竜刀流はこの世の真理なんですよ? それにお兄ちゃんも使っていたはずです。邪神竜刀流を。だからレベル99にまでなることが出来たんです。私も精進しないといけませんね!」
「そ、そうか……」
俺の妹が俺の黒歴史ノートにハマりすぎててヤバイ。
そんなラノベのタイトルのような悩みに頭を悩まる。
魔法を覚えるがなく、今のデタラメ剣術だけで戦おうとする妹がこの先生き残れるはずもない。
だが、クレアの娘であるために、なまじ剣の腕がある程度洗練さているため、それが返って邪神竜刀流は強いという自信にへと繋がっていた。
今の戦闘方法も、中二病ワードを叫んでただ剣を振り回す子供と変わらない。
そこでナナシは決意した。
そうだ、仲間を増やそう、と。
◇◇◇
「わぁ! わぁ! わぁ! ナナシさん! すごい門ですよ!」
「王都の入り口だからな」
ライフ村出て二日後、辿り着いたのは王都。
石作の壁と門に覆われたその国の一部がようやく見えてきたのだ。
「早く行きましょ! 邪神竜刀流・参の型『竜神移動』!」
「それただ走ってるだけだからなッ!?」
黒歴史ノートにへと記載されていた技名を叫びつつ走って行くシャーロットを追いかけつつ、門で守衛に許可を得た後、二人は街の中にへと入っていく。
そこに広がっていたのは、石造りの建物が連なる街道であり、あたりには人や馬車で溢れかえっていた。
「わぁ……! ここがお母さんもいた王都……! すごく広いですね……!」
「懐かしいな、五年もして何も変わってない」
細部に変化はなく、実は五年も経っていないのではないかと思わず錯覚を起こしてしまう。
「さてと、それじゃあ酒場に行くとするか」
「ナナシさん! 昼から飲むのはどうかと思いますよ!」
「違うよ。仲間を雇うことができるんだよ」
「へ? そうなんですか?」
「ああ、だからそこでまずは俺たちのパーティーのバランスを整える。行くぞ」
そう言って、ナナシは慣れた足取りで酒場まで歩き始めた。
「でもナナシさん、私とナナシさんがいれば旅は円滑に進むんじゃないですか?」
「油断は大敵なんだよ。俺だっていくら生身が強いといっても、一人だけじゃ対応できない場面がある。だから仲間は多いに越したことはないんだよ」
それこそ、今回はシャーロットも旅に同行している。
彼女が、キョウヤの考えた邪神竜刀流という架空の剣術に取り付かれている以上、危険にさらされる可能性は高いのだ。
だからこそ、盾持ちやガードに特化した仲間を雇いたいというのが、ナナシの希望だった。
「着いた……ぞ、てあれ、なんかでかくなってね?」
変わらない街取りを歩いてて、いきなり現れた見覚えのない建物。
そこは、ナナシもキョウヤ時代に仲間捜しの時利用した酒場であったが、明らかに建物の上がでかくなっていた。
当時利用していた時は二階建てだったのに、今では四階建てだ。
店に入ろうとすると、店の横に立てかけられた木の看板にはこう書かれていた。
『レベル99の冒険者、ナカムラ・キョウヤも利用した店! 次の英雄は君だ!』
「人の名前勝手に使いやがって……商売根性たくましいな、おい」
「へっ!? ここってお兄ちゃんも利用してたお店なんですか!? なら安心ですね!」
「まあ、確かにここでキャロルと出会ったしな」
最初の仲間であるキャロラインとの出会いはこの酒場からだった。
仲間捜しをしようと店にへと入った矢先、神官であるキャロラインが他の冒険者と口論をしていたのだ。
争いの理由は、『昼から飲んだくれいた』から。
美人だったため、ちょっと格好つけて助けようとしたキョウヤを見て、キャロラインは黒髪と目の色から彼が転生者であることを一発で見抜き、勝手に仲間となってきたのだった。
『転生者様のお役に立つことが私の勤めですから!』
この言葉を聞いたのはこのときである。
中に入ると、昼だと言うのにそれなりに人は入っており、冒険者や旅人らしき人物で溢れている。
「はぁー、儲かってるてるなぁー。さてと、掲示板は……」
「いらっしゃいませぇ♪ どのようなご用件でしょうか? お食事? 宿泊? それとも仲間捜しですか?」
そういって現れたのは、小柄で算盤を持った女性。
その顔には、満面の笑みの営業スマイルが張り付いていた。
「脅かさないでくださいよ、ラックさん」
「おや? 一度当店を利用されていましたかな?」
「大分昔にですけどね」
「そうでしたか、それは申し訳ありませんでした。ですが、おかしいですね……この私がお客様の顔を忘れるわけがないのですが」
「仲間捜しをお願いしたいんですが」
すこしだけ真顔に戻ったラックだったが、即座に顔を切り替えて、また先ほどの営業スマイルにへと戻す。
「当店をご利用いただきまして誠にありがとうございます♪ それで、ご希望通りお仲間様捜しですね♪ ちなみに、希望される職種はなにかおありでしょうか?」
「防御重視のガードナー系で一人、優秀な人間を雇いたいんですけど」
「本当ですかお客様! それならいいところに訪れましたよ! ええはい!」
「そうなんですか?」
ラックの表情がぱっと明るくなり、口調も少しだけ興奮したようなものにへと変化する。
「あ、はい♪ そ、そうなんです、丁度お客様がお求めになるガードナー系の方がお一人お仲間募集をされているんですよ♪ 少々お待ちくださいね?」
そう言ってラックは一度いなくなり、数分してまた現れ、ある席にへと誘導した。
そこに座っていたのは、金髪で左右にドリルのような回転した髪を纏めた女性だった。
背丈は高く、気品溢れる優雅な座り方で酒場には似合わないティーカップを口にへと運んでいた。
付けている装備品や盾は、辺り一面に装飾品が散りばめられており、とても美しく、ナナシは即座にそれがかなりの高価な装備品であることが分かった。
女性はティーカップを優しく置いたことで、ようやくその素顔が見えた。
それは、何処かの令嬢と言われてもおかしくないほどに美しく、彼女は自信ありげに口元を上げた。
「あなた方が、私を雇いたいと言った方々ですね?」
「な……ナナシさん……ものすごい綺麗な人ですよ……」
鏡を見てこい、鏡を。シャーロットだって負けてないぞ。
そんな反論を心のしつつ、ナナシもそれに同意した。
これだけ美しく、そして装備品も揃っているのだ。さぞ名の知れた冒険者であることは間違いないと、ナナシは考えた。
「は、初めまして。僕はナナシと申します。お名前をお聞かせしてもらってもよろしいでしょうか?」
「よろしいですけど、座ってくださらないかしら? 落ち着かないわ」
彼女に指摘されて、二人はようやく席にへと座り、それを確認すると、彼女は満足したように笑い答えた。
「
「ではナナシ様、どういたします? 仲間にいたしますか?」
「……ちょっと待ってくださいよラックさん、今何か隠しましたね?」
「いえ何も隠してませんよ?」
営業スマイルを崩さず、平然とそういいのけるラックだが、ナナシもそこは引かない。
「いいえ、あなたは根っからの商売人だ。だから必ず損になることはしない。シャーロット、ラックを取り押さえててくれ」
「わ、わかりました!」
「ちっ!」
シャーロットがラックの口を塞ぎ、再度ナナシはベルルートの名を聞いた。
「さあ、教えてください。ベルルートさん。あなたのお名前を」
「私の名は、ベルルート・カーチマン。カーチマン家の一人娘ですわ!」
「カーチマン家……だって……!?」
「あーあ……いっちゃいましたねぇ……」
驚愕するナナシと、落胆するラック。
ナナシはそれを聞き、ラックと問い詰めずにはいられなかった。
「なんで隠してたんですか!?」
「いやー……だってですねぇ?」
「カーチマン家て言ったら、代々王に仕える、有名な親衛隊騎士の名家じゃないですか! どうして教えてくれなかったんですか!」
そう、カーチマン家は由緒正しき王にへと仕える親衛隊騎士団の名家。
王の最重要防衛ラインである一端を任されている家柄だったのだ。
ソウルデータで名前を見せてもらったが、確かにそこにはベルルート・カーチマンの名が刻まれている。
ソウルデータは魂の記録、偽装はできない。
「も、もしかしてあなた……あの話をご存じない?」
「なんですか?」
「い、いえ! なんでも! そうですか、ならお話しします、はい。このお方はカーチマン家の一人娘、ベルルート・カーチマン様でございます。応募条件は、魔王討伐だそうです」
「ええそうよ。ようやくあなたから紹介してくれたわね?」
「え、えぇ……まあ」
ラックのげっそりした顔には何か引っかかりを感じたが、家柄的にも能力が高いのは確かであり、好都合にも彼女の目的も魔王討伐。
ナナシにとってもカーチマン家には縁があり、何体目かの幹部を倒した時に行なわれたパーティーでカーチマン家当主から、直々に剣の戦いの基礎を教え込まれたものだ。
もはやナナシは運命すら感じていた。
「いやーにしても懐かしいなぁ……お父さんにはよくお世話になりましたよ」
「あなた、父とお知り合いなのかしら?」
「あ、いえ、こっちの話です。でもカーチマン家のお嬢様が何故魔王討伐にあなたを出されたのですか?」
「これも父が私の実力を見いだしてのことでしょうね」
「絶対に違うと思いますけどね……」
「なにか仰いまして?」
「ともかくカーチマン家の方なら任せられます。これからよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそよろしくお願いするわ。ナナシ」
◇◇◇
「前言撤回。ベルルートさん、働いてくださいよ」
それは今後の戦いとレベル上げのため、酒場で軽めのクエストを受け、王都近くの森にへとやって来たときに起きた。
今回のクエストの目的は『マジックサニー』と呼ばれる、森の特定の場所でしか実らない木の実の収穫。
森を通っていくため、当然モンスターと戦うことになるのだが、戦闘が始まって早々に、ベルルートは前にへと出ず、ナナシとシャーロットの後ろへと位置を着いた。
最初こそ、ナナシもポジションに拘りがあるのだろうと思い戦闘を続けていったのだが。
ベルルートは一行に戦闘にへと参加する気配がなく、ついにしびれを切らしたナナシが、前述の言葉を言ったのだ。
本来であれば盾持ちのガードナーの役割は、サーポト。つまり護衛対象の前にへと出ることである。
ナナシたちのパーティーであればそれはシャーロットであり、その件でベルルートと話し合っていたのだが、一つの問題が浮上した。
ベルルートが、シャーロットを守ろうとしないのだ。
その理由が、
「嫌よ、どうしてこんなにも美しい私が戦わなくちゃいけないのかしら? 本当なら、あなた方が私を守るはずでしょ?」
「……へっ?」
「だから私は言ったじゃない、『お願いする』と」
「……もしかして武器に盾を選んだのも?」
「私を守るために決まっているでしょ?」
「畜生! ラックさん、はめやがったなッ!?」
客観的に見れば、ナナシのリサーチ不足が原因である。
家柄だけで判断したのが間違いだったのだ。
「で、ですけど、それでもいざとなれば助けてくれますよね?」
「そうねぇ、気分次第ですわね」
ベルルートは髪で遊びつつ応えいる態度からして、かなりいい加減だ。本当にナナシたちを見捨てかねない。
「はぁ……残念だけどベルルートさん。それなら交渉は決裂だ。俺たちはやっていけな──」
「逃がしませんわよ?」
ベルルートは目にもとまらぬ早さでナナシの手を掴み離さない。
「そもそもどうしてそんな性格でどうして魔王討伐なんて出ようとしたんですか?」
「知りませんわよ。ただちょっとお金を使いすぎて、嫁ぎ先もないことをよしとしなかったお父様が、『魔王を討伐するまでは家の敷居はまたがせない!』と言ってきたのですわ」
「それ、遠回しな絶縁宣言なんじゃ……?」
「私は必ず魔王を倒し、家にへと戻ってあの豪華絢爛の日々を取り戻す。だからあなたたちの力が必要なのよ」
「かっこよく言われても、内容的はどうかと思うぞ?」
だがそれで理解した。
ベルルートの性格が災いし、18歳というこの世界の結婚適齢期にも関わらず、誰も彼女を嫁としてもらいたがらないことに頭を悩ませた当主は、彼女の性根をたたき直すため無理難題をふっかけたのだろう。
「なんてことだ、まさかこんな貧乏クジを引くなんてな……」
「何を言っているのかしら? これほどまでに美しい私があなたみたいな冴えないパーティーに入ってあげたのよ?これ以上ないくらいの当たりくじでしょう?」
「わぁーお、これは自己愛の塊ですわ」
「ともかく、私をパーティーに入れたからには、責任をもって私を守ってもらいますkらね?」
「ペットかなにかかよ……」
そうげっそりして、頭を抱えたナナシだったが、森を奥にへと入っていく内に、状況に変化が訪れた。
「なんで! どうして私ばかりに寄ってきますのよ!?」
先ほどまで余裕の笑みを浮かべていたベルルートだったが、現在では虫のような見た目モンスターに集られて、必死に盾でガードを繰り返していた。
カーチマン家の令嬢ということもあり、その動きは卓越しており、無駄がない。
「素質はあるってことか」
「何故こうも私に寄ってきますのよ!? 助けてナナシ! シャーロット! 私ここで死んじゃいますわっ!?」
「そんな目立つ装備品してたらモンスターが狙ってくるに決まってるだろうが! 王都に帰ったら変えろよそれ!」
「い、いやですわ! 私のために特注して作らせた装備品ですのよ! 死んでも離す物ですか!」
「そうですかよ。たく、行くぞシャーロット、ベルルートの周りの敵を叩くぞ。あれだけ倒せば経験値も山ほど手に入るからな」
「は、はい! 行きます、邪神竜刀流・二の型『竜神乱舞』!」
「それただ剣振り回してるだけぇッ!!」
ベルルートがデコイになっている間、彼女の周りに貯まるモンスターをなぎ払い倒し、ナナシ、シャーロットに経験値が入っていき、ひたすらモンスターの攻撃に耐えていたベルルートにも経験値の光が追加されている。
すると、シャーロットとベルルートの体が青く光り始めたのだ。
「な、なんですの……?」
「ナナシさん、これって……」
「ああ、二人ともレベルアップだ」
「や、やったー!」
ソウルデータを見てみると、シャーロットはレベル13。ベルルートはレベル15に上がっていた。
ナナシは以前、レベル1のままだ。
「なんで俺だけ上がらないだ? これも不具合の影響か?」
「これがレベルアップなんですね! わくわくします!」
「も、もう嫌ですわ……お家返りたいですわ……」
「さぁ、後もう少しで木の実である場所だ。もう少しの辛抱だから頑張れよ」
「ひぇっ……!」
ベルルートの悲痛な叫びも空しく、ナナシはどんどんと森のお国へと歩いて行く。
すると木のない草原が広がる開けた場所にへと出た。
森の中に空いた小さな空間。その中心には、太陽の光と大地の魔力を帯びて実のなる木の実・マジックサニーが実っていた。
オレンジ色の実が、太陽に照らされてみずみずしく色を放っている。
「あ! あれですね! クエストで書いてあった木の実は!」
「ああ、それじゃあ、さっさと取って戻るとするか」
「さ、賛成ですわぁ……」
三人はマジックサニーのなる木にへと近づき、ナナシは実を一つ外した。
瞬間、突如森から雄叫びが上がり、雷が上がった。
「ちょっと、なんなんですの、今の声は……?」
「まずい……あの声、雷てことは!」
「へぇ? なんですか?」
森の奥底に見える青い光。それは少しずつ見える面積を増やしていき、そして姿を表した。
白い毛並みの上に、青い電流をしましま模様のように体に纏わせる虎のようなモンスター。
「サンダータイガーッ!」
ナナシに呼ばれた直後、真っ先にサンダータイガーはベルルートにへと襲いかかった。
「だからなんで私ばかりですのよ!?」
「だから装備品が目立つからなんだよ!」
ベルルートは即座に盾でガードするも、サンダータイガーはしましま模様のように体に纏わせていた電気を動かし始め、ベルルート目掛けて放つ!
「ベルルート!」
「ひっ!」
電流は直撃。
サンダータイガーとベルルートは青い光の電流にへと包まれた。
普通の人間ならば感電しも真逃れない。
「ひゃーッ! 何、何なんですの!? 目がチカチカしますわよ!? 怖い! 怖いわお父様ッ! 助けてお父様ッ!!」
だがベルルートは平然としており、泣きながら叫んでいた。
「耐電仕様! そうか、ここにきて装備品が役に立ったてことか……!」
装備品には単純に身を守る以外にも、魔法陣を内側にへと刻むことで様々な効果を発動することができた。
その一つが今のような耐電であり、装備にさえ刻まれていれば、例え顔などを守っていなくても、防ぐことができるのだ。
「だけど装備品もいつまでも保つわけじゃない……!」
装備品も所詮は物であり、負荷を与えられすぎれば壊れる。もしベルルートの装備品が破損し、刻まれた魔法が効果を失えば、平均レベル20のサンダータイガーの電流にレベル差で耐えきれず、彼女は感電死してしまうだろう。
「ベルルートさん!」
「シャーロットは下がってろ! 今のレベルじゃ確実にやられる!」
「ですけど、ベルルートさんが!」
「そのために俺がいるんだよ!」
シャーロットを下がらせて、ナナシはベルルートとサンダータイガー目掛け走って行く。
「そぉいやーッ!」
「がふっ!?」
そして勢いをつけてサンダータイガーの顔面目掛けて跳び蹴りを噛ました。
「どんなもんだががががっ!?」
サンダータイガーにへと付けた足から伝わってくる、ナナシの全身を通る微量な電気。
それは全身で静電気を連続的に感じるに等しく、跳び蹴りを噛まして吹っ飛んだサンダータイガーと同様、ナナシも体に伝わる感電で倒れてしまった。
「ナナシさん!」
「だ、だじじょぶだだ……ででも、がんでんだいぜいはのごっでながががだっんだが……」
ナナシは装備品が無くとも、レベル99の時に装備していた時のステータスがそのままとなっており、彼は、それならば鎧の効果も一緒に付与しているはずだろうから、電気系の攻撃も無効かされているだろうと考えたのだ。
結果は今のように大失敗。
ステータス上のレベル差から感電死はしないものの、電気で体が痺れて倒れてしまう。
「じぐじょう……これもバグの影響がよ……所々で不便だなおい……!」
ナナシに蹴られたサンダータイガーも起き上がり、こちらを睨んでくる。
どうやら蹴りかたが甘かったらしく、そこまでのダメージは受けなかったようだ。
だが足取りはところどころ拙い。
「しぶどいな、今すぐ倒して……いや、待てよ」
そこでナナシはある考えを思いつく。
この状況、かなりのボーナスポイントではないのかと。
そこで距離を置き、シャーロットとベルルートにある計画を耳打ちをした。
「い、いやですわよ!? そんなこと!」
「今、三人であのタイガーを倒せるチャンスなんだよ! そうすれば経験値も大量に獲得できるんだぞ?」
「それでもまたあのビリビリするのは嫌なんですわよ!」
「あの豪華な暮らしいに戻りたくないのかよッ!」
「!」
「ベルルート、お前が望んでたのはこんな暮らしなのか? 違うだろ? 本当はこんな危険が危ない泥臭い冒険者なんかじゃなくて、優雅で楽で自堕落で、周りがチヤホヤしてくれる。そんな生活を送りたかったんじゃないのかよ……?」
「そ、それは……」
「これはチャンスなんだ、お前の送りたかった豪華絢爛の日々をいち早く取り戻すために必要な事なんだ!」
「……そうでしたわね、忘れていましたわ。ありがとうナナシ。私、いち早く魔王を倒して、またみんなにチヤホヤされる堕落的な生活に戻りたいですわ!」
「ああ、なら行こうぜベルルート! その手であの日々を取り戻すんだ!」
「ええ、ベルルート・カーチマン、行きますわよ!」
そう言ってベルルートは目の前から迫るサンダータイガーを真っ向から挑み、その動きを止めた。
「よし、ベルルートがデコイになってる間に、倒して経験値を三人で獲得するぞ」
「ベルルートさんもあれですけど……ナナシさんも相当な悪人ですよね……」
愛する義妹のそんなドン引き宣告に兄として新鮮さを感じつつ、シャーロットと一緒にサンダータイガーにへと突っ込んだ。
シャーロットの剣はすかさず、動きを止めたサンダータイガーにへと、ミスリル仕様の剣を突き立てた。
剣の端から電気が逃げていき、シャーロットの持つところまで届かない。
これはミスリルが高品質の銀であるためであり、元々伝導率のいい銀の最高峰であるミスリルならば、伝導率が高すぎて剣全体に電気を通す前に外にへと逃がしてしまうのである。
いわば、透明な器に水を入れようとするのと同じなのだ。
だからこそ、シャーロットの手まで電流は流れてこないのだ。
おまけに彼女の鎧はかつてクレアが装備していたものであり、あらゆる効果に耐性を持っていた。
両端を囲まれたサンダータイガーは、もう身動きが取れない。
「それじゃあちょいとばかし、キツいのお見舞いするぜ? サンダータイガー?」
ナナシはサンダータイガーに向け立つと、手から青い電流を流し、叫ぶ。
「《サンダーインパクト》!」
「ガガッ!」
ナナシの背後にへと落ちた青色の電流。それは文字通り光の早さでサンダータイガーを貫いた。
それをくらい倒れたサンダータイガーからは青い光がゆっくりと上がって、三人の体にへと入っていく。
その瞬間、本日二回目となるシャーロットとベルルートの体の発光が見えたのだ。
この戦闘により、シャーロットはレベル15。ベルルートはなんとレベル17にまで上がった。
だが以前ナナシに変化は無く、文字化けしたレベル1のままである。
「変化なしか」
「すごいですよナナシさん! 今日でレベルが3も上がるだなんて、すごすぎませんか?」
「すごいなシャーロット、最初は上がりやすいものだが、確かに一日3も上がるのは珍しいな」
「な、ナナシ。あなたのおかげで、私、目が覚めましたわ」
先ほどの傲慢な態度とは裏腹にベルルートは、畏まった口調でナナシにへと語りかけた。
「今までの私は家を追い出された維持で、必死に色々なことを我慢していましたわ。でも、あなたの言葉で気づいたのです……もう変なプライドは捨てようと!」
「……そうか」
あれほどまでに自己愛の化身のようだったベルルートが変わってくれたことに、ナナシ自身も嬉しく感じた。
これで、少しはまともなパーティーにへとなるだろう。そう胸を安堵させる。
「ええ、だからこれからは自分らしく生きようと思います。だから、このパーティーに居続けてもよろしいですか?」
不安げに聞いてくる彼女の言葉にナナシは笑顔で応えた。
「ああ、なら改めてよろしくな!」
「ええ、こちらこそ」
そうして二人は硬く手を結び、改めてパーティーを結成したのだった。
◇◇◇
「ナナシ、今度はあの魔法化粧水が欲しいですわ。買ってきて頂戴」
「……お前な、目が覚めたんじゃないのかよ!」
王都にへと帰り、クエスト報酬を受け取ると、ベルルートは買い物に行きたいと言い出し、そのまま二人はそれに着いった。
のだが、次から次に店を回り、様々なものを買い出し、現在ナナシとシャーロットはその荷物持ちをさせられていた。
「な、ナナシさん、マジックサニーのクエスト報酬がもうなくなちゃいましたよ……?」
「なら、ナナシ、あなたのお金で買ってきて頂戴」
「はいぃ!? ふざけんなよお前!」
「ナナシが言ったのでしょ? 『優雅で楽で自堕落で、周りがチヤホヤしてくれる。そんな生活を送りたかったんじゃないのかよ……?』て。そうです。私が求めていた生活はそれ。だから私も今まで我慢していたことを止めて、自分らしく欲望に忠実に生きようと決めたのです」
「がぁー! 俺はなんて余計なことをッ!」
「これは高くつきましたね……」
「私をこうしたのはあなたのの所為なのよ? だから責任、取ってもらうわよ?」
「いや、今の場面で言われても全然ときめかないからな、その台詞」
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