第7話 錆び、朽ちゆく貴女を、私はどのように送り出せばよいのだろう

 三日後の夜。

 私は洋上でボートを操っていた。

 完全に機能を停止したテレサと、「最後まで付き合う」と言ってくれたメカ子も同乗している。


 私はこれから、機能停止したテレサを海中へ沈めようとしている。

 アンドロイドの不法投棄。犯罪だが、今の私にとってこの行為は、罪と知ってなお実行したいものだ。


 これは私にとって不法投棄でない。

 私はテレサを、水葬で送り出すことにしたのだ。


 もちろん、厄介事になれば責任は全て私が負う。

 メカ子には絶対に迷惑はかけさせない。


 ボートを停め、私はテレサの体を持ち上げた。

 アンドロイドのテレサはそれなりに重いが、メカ子の持ってきてくれたアシストスーツのおかげで、一人でもテレサの重量を支えられる。

 テレサの体を静かに海面へと付ける。手を離せば、テレサの体は海中へと没していくだろう。


 テレサの水葬には様々な意味がある。


 一つ目は、棺を教授かれの下へとお返しすることだ。

 望んだ水葬とはいえ、一人ぼっちはきっと寂しいから。


 二つ目は、テレサ自身が水葬を望んだこと。

 水葬を望むテレサの言葉は、教授かれのプログラムによるものかもしれないけど、一応はテレサ本人がそう言った以上、望みは叶えてあげたい。


 三つ目が、一番自己中心的な理由。

 母が望んだかもしれない水葬を、母のオルタナティブともいえるテレサに行うことで、自分自身を納得させることだ。

 テレサは母ではない。これはあくまでも身勝手な代替行為でしかない。それでも、母の死を割り切り、スランプを振り切り、芸術家アーティストとして生きていくために、私にとってこれはきっと重要な行為だ。

 生と死、相反する目的ながらも、テレサをオルタナティブとする点は教授かれと一致している。私は教授かれているのかもしれない。


「さようなら……」


 私は静かに、テレサの体から両腕を離す。

 テレサの体が静かに海中へと沈んでいく。

 自己欺瞞じこぎまんかもしれないが、沈みゆくテレサの表情は私の目に、とても穏やかなものに映った。


 私とメカ子の立ち会ったテレサの水葬は、しめやかに終了した。

 

 〇〇〇


 酒の席で母さんが発した「水葬に憧れる」という発言。その真意を確かめる術を私は持たない。恋人だった教授かれ同様に、本気で水葬に憧れていたのかもしれない。やはりただのジョークだったのかもしれない。

 けれど此度の一件を経た私は、新たに一つの可能性に思い至った。母さんは表現者だ。あれはもしかしたら、かつて愛した人へと向けて不意に零した、詩的な愛情表現だったのかもしれない。


 水葬とは、海中へと沈みゆくことでもある。

 愛した男の名は、宝田たからだ大海ひろみ

 母の言う水葬という言葉は、もう一度、愛する男の胸に、大海たいかいに抱かれたいという、そんな思いの表れだったのかもしれない。

 

 これはあくまで私の想像だ。ただの都合の良い解釈かもしれない。

 だが、私は芸術家アーティストだ。想像力を働かせて何が悪い。




「これからどうするんだい?」


 何事もなく陸地まで戻ってくると、私を心配するようにメカ子が問い掛けてきた。

 

「少しずつでも、作品製作を再開しようと考えている。生活のためにも、何時までも停滞しているわけにはいかないからね」


 良くも悪くも、今回の出来事は私に大きな刺激を与えた。

 どんなものであれ、刺激は芸術の糧となる。

 今の私なら、スランプを払えるかもしれない。少なくとも、もう逃げはしない。


「構想とかはあるの?」

「具体的にはまだ。タイトルだけは、考えてあるけど」

「どんなタイトル?」

「錆び、朽ちゆく貴女を、私はどのように送り出せばよいのだろう」




 了

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錆び、朽ちゆく貴女を、私はどのように送り出せばよいのだろう? 湖城マコト @makoto3

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