第2話 スランプ

 私の職業は、いわゆる芸術家アーティストだ。

 絵画から現代アートに至るまで、幅広く作品を製作。

 地道な活動が実り、目標であった芸術家アーティスト一本で生計を立てられるようにもなった。


 感情と共鳴し、アイデアが次々から次へと湧き上がってくる。それをひたすら形にし続ける。楽しいとは思っても、苦しいと思ったことは一度たりともない。これは私の天職で、作品を生み出す手を死ぬまで止めることはないと、そう確信していた。


 それなのに……私の手は、止まってしまった。


 今現在、私は酷いスランプの真っただ中にいる。

 

 もう半年近くは新作を発表していない。

 蓄えがあるので今のところは生活出来ているが、何時までもこのままというわけにはいかない。これまでハイペースで作品を発表し続けていたこともあり、長期間の休業は芸術家アーティスト生命にとって致命傷となりかねない。近年、芸術家アーティストは飽和状態にある。世間に忘れ去られる前に健在ぶりをアピールする必要があるが、思いとは裏腹に、新作のビジョンがまるで浮かんで来ない。


 スランプの原因は自分でも分かっている。


 私の手がピタリと止まってしまったのは、4カ月前に母が急死した直後からだ。

 当時製作中だった作品も、あろうことか自らの手で破壊してしまった。


 最愛の母を喪った悲しみは、子としての私だけではなく、芸術家アーティストとしての私にも大きな傷を与えた。

 私にとって母は、表現者としての師でもあったからだ。


 私の母は童話作家であった。

 作品を発表するだけではなく、持ち前の美声と表現力を活かし、朗読劇の語り手としても積極的に活動。私が芸術家アーティストを志した理由は、そんな表現者としての母の背中を見て育った部分も大きい。朗読劇の台本を読み上げる母の美声は、私にとっては最良の子守歌だったから。


 私が芸術家アーティストになる夢を語った時も、険しい道のりであるという現実を示したうえで、決して反対はせずに、あなたの決めた道ならばと、私の背中を押してくれた。

 あの時の、「表現者の先輩として、私ももっと頑張らないとね」と言ってくれた、母の優しい笑顔は忘れられない。


 苦しい時代もあったけど、私も芸術家アーティストとして一定の成功を収めるに至った。

 そのことを、母もとても喜んでくれた。

 親子としてはもちろん、表現者として意見を交わす機会も増えた。

 互いに切磋琢磨し、これからも表現者としての道を邁進していく。

 

 その道がどこかで交わり、いつか共同で一つの作品を仕上げてみたいねと、そんなビジョンを二人で語り合ったこともあった。


 決してありえない話じゃない。

 その夢はいつか絶対に叶う。

 そう信じて疑わなかったのに……。


 母は4カ月前に他界した。

 不慮ふりょの事故だった。


 あまりにも唐突な別れ。

 事故死故に、心の準備など当然出来てはいなかった。

 最愛の母と表現者としての私の師。

 私は同時に、大切な存在を二人も亡くしたのだ。


 ……その衝撃は、私の想像の遥か上をいっていた。


 絶対に止まることはないと思っていた、制作の手を止めてしまうまでに。

 感情的にアイデアを紡ぎ出す私にとって、心は創造の器官。

 心が錆びついてしまった今の私には、新たな作品を生み出すことは出来ない。


『私はね。水葬に憧れているの』


 亡くなる半年ほど前。母は酒の席で私にそのような言葉を漏らした。

 母の創作する童話には、海をテーマとした作品が多い。

 海が好きだから海をテーマに創作していたのか、海をテーマにしていくうちに海に惹かれていったのか、それはもう自分でも分からないと、苦笑を浮かべていた。

 母が海に魅入られていたのは事実だろうが、酒の席だったこともあり、「水葬」に関しては一種のジョークだったのだと思う。

 まさか死期を悟っていたことはあるまい。病気で余命宣告をされていたわけではないし、死因も自殺ではなく、突発的に発生した事故なのだから。


 母は火葬された。

 遺骨は先祖代々の墓に眠っている。


 母の口にした「水葬」の二文字を思い出したのは、母の葬儀が終わった一週間後のことだった。

 

 酒の席で発した一種のジョークと受け取っていたが、あれは本当にジョークだったのだろうか? 真実を知るのは、今は亡き母ただ一人だ。


 遺言として残されていたわけでもない。

 今更答えを知る術もない。


 割り切って、前へ進むべきなのは分かっているけど、母の死という事実と共に、この4カ月間、「水葬」の二文字が私の頭の中から離れてくれない。


「ススィ――ヘイセセン――!#$%&@*+?」

「君は一体、何者なんだ?」


 最愛の母とよく似た声を持つアンドロイドが、母の魅入られた海から漂着し、私の前へと姿を現した。

 ただの偶然と言ってしまえばそれまでだが、私はどこか運命めいたものを感じずにはいられなかった。スランプ中とはいえ、私は芸術家アーティストだ。状況を感情的に捉えて何が悪い。


 先ずはこのアンドロイドが何者なのかを知る必要がある。

 私に専門の知識は無いが、知識を持つ友人には心当たりがある。

 アンドロイドに詳しい彼女なら、このアンドロイドについて何か知っているかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る