錆び、朽ちゆく貴女を、私はどのように送り出せばよいのだろう?
湖城マコト
第1話 漂流者
砂浜で彼女を見つけたのは、日課としている朝の散歩の最中であった。
心臓が止まるかと思った。
それが初見時の心境。
女性の形をした物が漂着しているのだ。誰だって水死体だと思うだろう。
怖いものを見たさで少し近づいてみると、直ぐに彼女は人でないと知れた。
うつ伏せの彼女は、水死体にしては体が原型を留めているし、何よりも印象的だったのが、体の所々に発生している
女性の正体は水死体などではなく、鉄の体を持つ、女性型のアンドロイドだった。
死体でないと分かれば、恐れよりも好奇心の方が強くなる。
直接素手で触れ、うつ伏せのアンドロイドの姿勢を、仰向けへと変えさせた。
錆びは顔の右頬全体にも浸食している。人間そっくりの顔をしていることもあり、驚いて一瞬、顔を背けてしまう。
……よく見ると、とても美しい顔をしていた。
錆びに浸食された顔にも徐々に慣れてきて、じっくりと観察するだけの余裕が生まれる。
外見は、金髪碧眼の20代前半くらいの、色白な若い女性。人工物だからというのもあるだろうが、顔立ちはとても端正なものだ。
服装はノースリーブの白いワンピースで、海水に濡れて張り付いた生地からは、下着のラインが透けている。足元は裸足だ。あくまでもイメージだが、コーディネートから考えると、足元はサンダルが似合いそうな印象。もしかしたら漂流する中で脱げてしまったのかもしれない。
しかし、このアンドロイドはどういった経緯で漂着したのだろうか?
廃棄場所に困った何者かが、海へと投じる形で不法投棄した?
漂流によるダメージを除けば、身なりなどはしっかりとしている様子。持ち主と一緒に船旅でもしている途中で、誤って海に転落した?
どちらの可能性も考えられるが、それを考えることにあまり意味はないだろう。私は警察でもなければ、アンドロイドの専門家でもないのだから。
錆びた女性型のアンドロイドが砂浜へと漂着した。
ただ、その事実が存在しているだけだ。
「こういう場合は」
これだけ大きな漂着物を放置するわけにもいかないし、私以外の誰かがこのアンドロイドを発見した際、死体と勘違いして腰を抜かしても可哀そうだ。
とりあえずは、役場に連絡して回収してもらえばいいのだろうか? なにぶん初めてのことなので、かってがよく分からない。
腕時計型の携帯端末を通話用のディスプレイモードにし、役場へと電話をかけようとすると、
「#$%&@+*――ウミ――べノ――!#$%&?――」
通話開始の操作を、思わず止めてしまった。
完全に壊れ、機能停止しているとばかり思っていたアンドロイドが突然、ノイズ交じりの音声を発したのだ。
「……えっ?」
私が驚いたのは、アンドロイドが突然言葉を発したことよりも、酷いノイズの合間に聞こえる、澄んだ美しい女性の声を耳が拾ったからだ。
気のせいだ。気のせいに違いない。
「ウミべノ――マママチチ――!#$%&@*+――」
先程よりも長く、よりはっきりと女性の声が聞こえた。
勘違いなどではない。この声は……。
どうしてたまたま漂着したアンドロイドから、あの人に似た声がする?
「メメザス――ショ……ネンノ――!#$&@*?」
「母さん……」
私のアニマに最も影響を与えたであろう女性。
アンドロイドの発した声が、4カ月前に亡くなった最愛の母の声と重なる。
何が起こっているのか、確かめなくてはならない。
漂着物の横領は気が引けるが、役場に報告してこのアンドロイドが回収されてしまっては、真実を確かめる機会は失われてしまう。
私は漂着したアンドロイドを、自宅へと連れ帰ることにした。
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