第6話 棺

 深夜。復元できたというテレサの視覚データの一部が、メカ子から私のPCへと送られてきた。


 時期は漂流の直前、今から一週間前と思われる。

 衝撃的な映像のため、閲覧には十分注意すること、という一文が添えられている。


 どんな映像が記録されているのか、ある程度想像がついている。真実を知るためには、目を逸らすわけにはいかない。


 私は意を決し、メカ子から送られてきた視覚データを再生した。


 テレサの目線で記録された映像が始まる。

 拾えたのは視覚データだけ。画面は無音だ。

 酷く乱れた映像には、どこか達観した様子の、痩せこけた白髪の男性が映っている。病でやせ細っているが間違いない。男性は宝田たからだ教授だ。

 映像は揺れ、周囲には海が広がっている。どうやら二人はボートに乗って夜の洋上へ出ているらしい。


 ボートで洋上へと出た二人。

 余命僅かで、水葬に憧れを抱く宝田教授。

 漂着したテレサ。


 この先の展開には想像がつく。

 

 テレサの視覚に、写真を眺める宝田教授の姿が映る。

 写真には笑顔の男女が写っている。

 画質が悪いが見間違えるはずがない。

 女性の方は若かりし頃の母だ。男性の方にも面影はある。40歳の頃の宝田教授であろう。仲睦まじい二人の姿は、恋人同士といっても差し支えない。

 

 宝田教授の口が動き、何らかの言葉を発した直後、教授が写真を手放した。

 写真は風に乗り、夜の海洋へと消えていく。

 別れを告げた、ということなのだろうか?


 教授がテレサの方を見て、何らかの命令を与えている。

 口の動きから察するに、「い・こ・う・か」と言っているように見える。


 テレサが教授の体を、抱きしめるようにしてしっかりと固定する。

 次の瞬間、

 テレサと教授の体はボートから勢いよく身を投げた。激しい水飛沫を上げ、海中へと没する。

 

 視覚データはそこで終了している。


 衝撃的な映像には違いないが、ショックはそこまで大きくはなかった。

 事態が、私の想像の範疇に留まっていたからだろう。

 

 当事者がいない以上、想像することしか出来ないが、26年前、母と教授は男女の関係にあったのだろう。しかし、何らかの事情で一緒になることは叶わなかった。

 お互いにお互いが、生涯で最も愛した人だったのかもしれない。宝田教授は独身だったという話だし……私の母も、であった。


 かつて愛した母はもうこの世にいない。

 余命よめい幾何いくばくもない教授が水葬の共に選んだのは、二人の共作であり、ある意味で母のオルタナティブ(代替)とも呼べる存在――テレサだった、ということなのだろう。


 いや、少し違うか。


 お供には違いないが、きっとそれは愛する人のオルタナティブとしてではない。

 テレサはきっと、教授にとってのひつぎ

 教授は自らをテレサに抱かせ、海中へと没したのだ。


 しかし、テレサうでは外れてしまった。

 棺は、偶然にも私の下へと流れ着いた。

 今になって思えば、私にとってもテレサは棺であったといえるだろう。

 棺は死者を収める物。

 テレサは死者の声を、母の声を秘めて、私の下へと漂着した。


 何という運命の悪戯だろうか。


 自分なりの結論を導き出したところで、ソファーに横たわらせているテレサへと視線を移す。

 ここ数時間、テレサは一切の音声は発していない。

 メカ子の想定よりも早く、機能停止を迎えてしまったのだろうか?

 

 テレサの今後の処遇についても考えねばならない。

 メカ子がいるので、廃棄の手続きには困らないだろうが、私との因縁も深いテレサをそう簡単に廃棄してしまってもいいものだろうか?

 

 私はどうするべきだ?


「テレサ、君はどうしてほしい?」


 物言わぬアンドロイドに問い掛けると、


「ワタシハ――!#%&――スイソウ――ノゾム――@+!#$%&¥……」


 力を振り絞るかのように、テレサは母と似た声で私にそう告げた。

 これを最後に、テレサは今度こそ完全に活動を停止した。

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