第5話 水葬

「こいつは難敵だね」


 端末片手にメカ子が唸る。

 何でもメモリの中から、損傷した視覚データを拾えたらしく、復元を試みてくれている。上手く復元出来れば、漂流直前のテレサの状況が分かるかもしれない。


 その間、私は可能な範囲で宝田たからだ教授について調べてみることにした。

 テレサの声が母とそっくりな理由は判明したが、何故26年前に製作された試作品プロトタイプのテレサが今、海を漂流したのか、疑問は残る。開発者の宝田教授を調べれば、何か事情が分かるかもしれない。

 

 手始めに私は、インターネットを使って宝田教授について検索した。


 先ずは簡素なプロフィールを眺める。

 宝田教授は現在66歳。テレサ開発当時は40歳ということになる。

 九十九坂つくもざか大学はすでに退職しているようだ。


 次に、教授の人柄を知れそうな情報を求める。

 私が注目したのは教授が本名で利用していたSNSだ。更新は一カ月程前でピタリと止まっている。


 教授が過去に投稿した内容を読み進めていくと、


「これは……」


 数年前に投稿に記載された一文が、私の感情を揺さぶる。


『僕は水葬に憧れる』


 どうしてここにも「水葬」の二文字が登場する?


 私の思考を遮るように、メールの通知音が鳴り響く。

 偶然にも私には、九十九坂大学に勤務する知人がおり、彼に宝田教授についての情報が欲しい旨を予めメールで伝えていた。その返信が届いたようだ。


 メールに記された内容は、私の混乱をさらに加速させるものであった。


 宝田教授は半年前に健康上の理由で大学を退職。

 知人によると、宝田教授は大病を患い、余命宣告を受けていたとのこと。

 独身で身よりもない宝田教授を心配し、定期的に関係者が自宅を訪れていたそうだが、宝田教授は一カ月前に忽然と姿を消し、現在も消息不明とのことであった。


「……宝田教授、あなたは」


 一カ月前に宝田教授が失踪し、教授の製作したテレサが今朝、砂浜へと漂着した。二つの出来事は決して偶然とは思えない。


「メカ子。君の方はどうだい?」


 今は上手く考えをまとめられそうにない。

 一度思考を切り替え、メカ子の進捗について尋ねることにした。


「今のところは何も。もし良かったら、一度メモリを持ち帰ってもいいかな? 手持ちの道具だけじゃ限界があるから」

「とてもありがたいけど、これ以上君に迷惑をかけるわけには」

「関わってしまった以上、あたしだって真実を知りたいもの。好きでやることだから気にしないで」

「すまない。それじゃあ、お言葉に甘えて、引き続き解析をお願いするよ」

「任された。何か分かれば直ぐに知らせるよ」


 力強く頷くと、メカ子は早速撤収作業に入った。


「それと、解析がてらにテレサの状態を改めて調べてたみたんだけど、元が古い型であることに加え、漂流によるダメージはかなり深刻。今起動していることでさえ、奇跡的なレベルだよ」


 テレサと端末とを繋ぐケーブルを外しながら、メカ子は背中で語る。


「限界は近い。持ってせいぜい、一日二日ってところだろうね。それを過ぎればテレサは全ての機能を停止し、ただの鉄の塊へと成り果てる」


 

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