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丘の斜面

 夏は、一日の日は長いが、夏自体の期間は短い。短いからこそ、その季節をしっかりと味わっておきたい。というのが、どのような職業に就いている者であっても峡湾の民の共通した想いであろう。

 まだ太陽が昇らぬ早朝の早朝に、ゲルドは起き出した。貯水樽のところへ行き、その水で体を洗った。季節がいつであっても裸体を伝う水は冷たい。身を震わせながら、ゲルドは服を着て出掛けた。

 神殿でのお勤めを始めるより前に、巫女ゲルドはゲルドという一人の娘に戻って、お館様の屋敷がある丘の斜面に座っていた。針葉樹と苔が緑を濃くする短い夏。東の空をゲルドは一人で眺めていた。

 この村では完全な白夜にはならないので、遅い時間になれば北のヨートゥンヘイム山地の背後に太陽が隠れる。そして早い時間に払暁が訪れる。

 早朝の眩しい陽光に、ゲルドは目を細める。お気に入りのこの場所に座って空を眺めるのが好きだった。いつもの平坦な岩場。ここから眺める空が美しいことをゲルドは知っている。が、わざわざここにやって来て座る者などいないので、この場所はゲルドの指定席となっている。

 丘の麓から、一人の男が折れ曲がった道を通って丘を登ってくるのが見えた。

 目が落ち窪んでいる物乞いであるらしい。見窄らしい身なりをしているが、かなり大柄な男であった。背中に大きな袋を背負っていて、夏であるにもかかわらず冬用の滑り止め突起の付いた靴を履いている。こんな早朝に、お館様の屋敷のある丘に何の用事だろう。疑問に思いつつも、急斜面に座ったままゲルドは巫女として柔和な笑顔で挨拶した。

「おはようございます。私はゲルドと申します。この村では見かけない方のようですが、どちら様ですか?」

「おはようございます。私はハルフレズ、ただの一文無しにすぎません」

 大柄な男は足を止めて答えた。

「私はニダロスのオーラヴ王のところに出向いたのですが、キリスト教の信仰を強要されたために、こっそりと逃げ出して来たのでございます。以前に、オーラヴ王の従者を一人殺めてしまったこともありました。オップランのオッタルという名の男です。オッタルの弟のカールフが私に恨みを抱いており、地元オップランで私に復讐の機会を狙っているとも聞きます。私はオップランに住む賢者ソールレイヴ様の庇護と、事態を解決するための知恵を求めたいのです」

「オップランのオッタル、カールフといっても、よくある人名なので、誰のことだか分かりませんね。それに、オップランと一言に言っても、ミョーザ湖一帯から北側辺りにかけての広い地域のことを指します。その、オッタルやカールフがこの村の出身かどうかは、それだけ分かりませんね。それに、そのカールフという人があなたの命を狙っているのなら、そもそもオップランに近寄らない方が良かったのではないですか?」

「いえ、カールフが私の命を狙っているならば、私はどこへ行っても常に狙われる危険に怯えていなければなりません。それよりは早期解決をしたいのです。だから先見の賢者に会いたいのです」

 ゲルドは首を捻った。

 ハルフレズと名乗った大柄な男の話は、どこか要領を得ない。

 オーラヴ王の従者を殺したから逃げて来たのか? 信仰を強制されたから脱出してきたのか?

 カールフに狙われているのか? カールフを逆に探しているのか?

 ただ、賢者ソールレイヴを探していることだけは一貫しているようだ。そもそも、この丘の上に建っている屋敷に、賢者ソールレイヴは住んでいるのだから。

 その瞬間、ゲルドは直感した。この大柄な男が何者であるのか。

 賢者ソールレイヴの命を奪うためにやってきた、オーラヴ王の刺客だ。

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