新都ニダロス
我が心、オージンの力を愛でしことあり。
今はただ、オージンの上に、
憎しみを振り撒かんとす。
我、キリストに仕えしがため。
「まだ、無駄な抵抗をしている奴らも存在するらしい」
オーラヴ王は新都の居城で、側仕えの詩人と遊戯盤を挟んで向かい合っていた。
巨大戦艦建造の進捗状況について部下から報告を受け、オーラヴ王は満悦だった。竜骨材を見つけるのに時間がかかったため建造はやや遅れ気味ではあるものの、オーラヴ王が当初想定していた範囲内なので、機嫌を悪くすることはなかった。それでも、巨大戦艦に随伴する大型の船に関しては建造が予定以上に順調だ。部下に指揮を任せている小型艦中心の艦隊も含めて、オーラヴ王の艦隊全体としての戦力が充実しつつあるのが実感できる。
「何もかも順調だ。この、ニダロスもな」
オーラヴ王が盤上の駒を前に進める。
現在オーラヴ王が居るのは、新都を造営すると宣言して造ったニダロスの町であった。ニード川の河口にあるので、ニダロスというこの名前となった。入り組んだ峡湾の奥なので天然の良港である。いまだに人口はそれほど増えていないものの、主だった建物や道や広場、港、そして複数の教会などは整備されている。オーラヴ王の居城も、豪商の屋敷よりも一回り大きいという程度の屋敷でしかないが、既に細部の装飾以外は完成している。
「あまり順調とは言えないのは、改宗の方かな。口先だけは『改宗しました』と言っておきながら、心の中ではまだ古き神々を信仰している者もいる。そうだよなあ、詩人ハルフレズ」
「オーラヴ王陛下。それは、オレに対するあてこすりですかな?」
「確かにハルフレズの詩に出てくる『オージンの力を愛でしことあり』といった一節など、アースの神々へ対する未練は苦々しく思っているが。今、俺が考えているのは、アースの神々を信奉する巫女とか巫術師とかいった奴らのことだ」
「先日も、このニダロスの町の巫術師を一人処刑したばかりではありませんか」
詩人ハルフレズは、自分の駒を、相手の駒があるマスに移した。相手の駒を一つ取ったことになる。自らの形勢の不利を悟ったオーラヴ王は眉を顰めた。が、口から出てくる言葉は機嫌が良かった。
「ニダロスは、この俺の膝元の王都だ。巫術師や巫女や、魔女やら呪術師やらを一人ずつでも潰して行けば良い。だけど俺が支配するノルウェーはニダロスだけではないのだぞ」
「改宗を推し進めるのが性急すぎやしませんかね? 民会の時には、宗教は心の問題だから急ぐつもりはない、と仰っているじゃないですか」
「あれは、今の時点ではまだ異教を捨てていない民衆が、俺に対して反感を抱かないようにするための方便だ。改宗が進むのは早ければ早い方がいいに決まっている」
オーラヴ王は白い歯を見せて笑った。幼児が悪戯を思いついた時のような、意地悪さを隠そうともしていなかった。
お互いに数手指した。オーラヴ王の駒は多くが相手に取られてしまい、残った少数の駒さえも詩人ハルフレズの駒に包囲されてしまった。
「オーラヴ王は嘘つきですな」
「俺は誠実なだけだ。キリストの教えのようにな」
「そういえばオーラヴ王は、あのハーコン侯を倒して王になった時、ハーコン侯の首を取った者には褒美を与える、と言っておきながら、実際にハーコン侯を裏切って首を取った従者には褒美を与えなかったどころか、殺してしまったそうじゃないですか。本当ですか?」
オーラヴ王は、遊戯盤の下に手をかけた。盤ごとひっくり返そうとしたのだ。だが、すぐに思い直して自分の手を指した。更に数手進んだところで、オーラヴ王の駒は全て取られて盤上から無くなった。それを見て、オーラヴ王はこころもち胸を張った。
「本当だとも。確かに俺は嘘をついた。だが、誠実にふるまっただけだ」
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