噛み合わぬ議論

「ふふふ。哀れな子羊よ。勘違いしているようだな。私は、キリスト教の優劣を語ったり宗教論議をするために来たのではない。異教の巫女が改宗するのか、しないのか。それだけを問いただしに来たのだ」

「議論する気が無いだって? それは、議論をしても勝ち目が無いから諦めたということか? ならば、やはりアースの神々の教えこそが真実であると認めるんだな?」

「そなたはこの地の賢者であったかな。それにしてはあまり賢いとはいえないな。私は改宗せよと言っているのだ。改宗すれば、いくらでも教義について語ってやるとも」

「キリスト教の教義について語るっていうなら、今、ここで語ってみろ。全部、僕とゲルドで論破してやるから」

「どうも物分かりの悪い賢者と巫女らしいな。では言葉を変えよう。おとなしくオーラヴ王に従って改宗するか。それとも、異教徒として殺されたいのか。どちらなのだ?」

 言いながら宣教師は一歩前に踏み出した。引き潮のように、ソールレイヴとゲルドは思わず一歩後退してしまった。

「オーラヴ王は慈悲深い方だから、異教を捨てるかキリスト教を選ぶかの選択肢を与えてくださったのだぞ。本来ならば、未だに古くさい異教にしがみついている不逞の輩など、問答無用で処刑しているところだ」

 巨漢の宣教師は、まさに上からの目線で異教徒の二人を睨めつけた。

「キ、キリスト教には、原罪、という考え方があると僕は聞いた。もし改宗したら、その原罪を背負うことになるのではないか? 宗教というのは救いを与えるものであるはずなのに、信者に罪を背負わせるというのは、おかしくないか?」

「改宗しないならば、それはオーラヴ王に従わないという罪だ。そこに待っているのは死だけだぞ。悪い話ではないはずだ。さっさと改宗せよ」

「待ってください。キリスト教には博愛という考え方があると聞いたことがあるわ。あなたのその強硬に改宗を迫る態度は、とても博愛とは思えないです。それに、キリスト教の同じ宗派同士でも、仲間内や親兄弟などで争い合って血みどろの殺し合いをすることもあるそうですね。それは博愛の精神と矛盾するのではないのですか?」

 ゲルドの主張に対しても、宣教師は冷笑を返しただけだった。

「改宗しないというのなら、オーラヴ王によって処刑されて死ぬだけだ。改宗すれば生を全うできよう。この場における博愛とは、改宗する、ということだ。違うかね」

 二人が何を言っても無駄だった。結局のところ宣教師は改宗せよの一点張りだ。オーラヴ王の威光を笠に着て改宗を強制するだけ。宣教師の肩書きの意味すら有名無実化している。

「質問だが、もしここで僕たちが改宗に応じる、と言ったら、どうするつもりだ?」

「素直なのは良いことだ。その場合はこの場で洗礼の儀式を行って、キリスト教徒として迎えてあげようではないか」

「ならば、あくまでも改宗を拒否する、と言ったらどうする?」

 宣教師は目を細めた。まるで、鎖を引きちぎって咆吼する狼のガルムのようだ。

「その場合は、約束された死だ。といっても私は宣教師だ。私自身が直接手を血で汚して殺すわけではない。オーラヴ王が手練れの戦士を派遣して処刑を実行してくれる」

「そうか。じゃあ僕の答えを言おう。改宗は断固拒否する」

 宣教師は一瞬不機嫌そうに唇を歪めたが、すぐに余裕の表情を取り戻した。

「まあ良い。その返事を、オーラヴ王に報告しておこう」

 巨体を揺らしながら、宣教師は去っていった。嵐は去ったが、それは即ち、より大きな次なる嵐の到来が決まったということだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る