次なる対処法
二人だけが残された礼拝堂で、ソールレイヴは額に手を当てて、溜めていた息を吐き出した。
「改宗を拒絶したらその場で殺す、と言われたらどうしようかと思っていたよ。あんな体の大きい奴と戦ったって勝てるとは思えなかったから」
ソールレイヴは賢者として知恵を出すのは得意だが、体もあまり大きくないから戦いで命のやりとりをするのは避けたかった。ゲルドの顔には渋い表情だけがあった。
「私たちの完敗ね。キリスト教について色々知ったつもりだったけど、意味が無かった。相手は教義の議論に応じずに力押しで改宗を迫って来たわ」
静かな口調。語られる事実。賢者ソールレイヴは自らの見通しの甘さを認めないわけにはいかなかった。
「た、確かに、僕の戦略の失敗だったね。ただ、同じアイツが来ると分かっていたからこそ、そういう道を選んだんだし、他に有効な方法も無さそうだったし。まさかゴリ押しで来るとは予想もつかなかった……」
あまりにもソールレイヴが意気消沈しているため、ゲルドの方が慌てた。
「違うのよ。別に責めているんじゃないの。ソールレイヴの言う通り、ああいう力押しに対しては、私たちの対処法なんて無かったし。それよりも気になったのが、もし宣教師が、改宗しなければこの場で今すぐお前たちを殺す、と言っていたら、どうするつもりだったの?」
息を呑んでソールレイヴは黙った。ゲルドの青い瞳はは瞬きすらせずに、ソールレイヴのハシバミ色の瞳を覗き込んだ。
「どうも、僕の思っていることは見透かされているようだね。もしあの時、その場で殺すと言われていたら、改宗に応じるつもりだったよ」
「どうしてよ!」
日頃は温厚なゲルドが声を荒げた。
「その場でゲルドも僕も殺されてしまうよりはマシだからだよ!」
ソールレイヴも激しく言い返した。
「私は改宗するくらいなら死んだ方がいいわ。改宗したいならソールレイヴが一人ですればいいじゃない」
「僕だって改宗したいわけじゃないよ! 今、アースの神々に殉じて僕やゲルドが死んでしまったら、アースの神々の教えをどうやって後世に残して行くんだよ。その場では改宗したフリだけして、心の中ではアースの神々を信じ続けるのも一つの方法だよ!」
「フリでも、改宗なんてごめんだわ」
「ゲルドは、自らの信仰だけで満足してしまっているんじゃないかな。考えてくれ、巫女のゲルドが殉死してしまったら、この村の信仰はどうなるんだ? ただでさえ、キリスト教に乗り換える人が増えてきているのに。まだアースの神々を信じている人だって、礼拝堂に来ても巫女が居なくて占いもしてもらえないし、語りも聞かせてもらえない。そうなったら、尚更キリスト教が優勢になるだけだよ。キリスト教の勢いを食い止めて、アースの神々の教えをどうやって伝えて行くかが問題じゃないのか」
「そ、それは……」
賢者と呼ばれるだけあって、ソールレイヴの方がゲルドよりも賢い。真っ直ぐ猪突猛進するだけのゲルドの主張は容易に頓挫した。
「まあいいわ。仮定の話で口論していても始まらないしね。改宗を拒んだことで、私たちを処刑するための戦士がオーラヴ王により派遣される、ってあの宣教師が言っていたわね。これについてはソールレイヴはどう思う?」
今度は賢者ソールレイヴが言葉に詰まる番だった。巫女も賢者も、知恵や知識で闘わなければならない。肉体的暴力に対抗する有効な方法は持っていない。
「時期は分からないけどいずれ、戦士が来るだろうな。それが、十年後になるか、二十年後になるか。あるいは、来年の夏に来るかもしれない」
「それ、今度はキリスト教の教義を勉強して対処できるものではないわよね? どうしよう? 村の腕利きの戦士の人に護衛を頼む?」
それも一つの方法だ。だがソールレイヴは否定した。
「無理だな。腕利きの戦士は、村に居て農園で働いてなんかいないだろう。船に乗って外に出て、交易に勤しんでいるはずだ」
峡湾の民にとって交易というのは、状況によっては腕っ節に訴える海賊行為も含む。だからこそ交易商人は優れた航海技術と強い戦士団、換言すれば海賊団を有していなければならない。
「宣教師が今からニダロスの新都に帰って、それからオーラヴ王の戦士が派遣されるとしたら、すぐにこの村に到着できるわけじゃない。早くても来年の夏だろう。上手く行けばもっと遅くなる。遅くなれば、強引な政策や改宗に反感を抱く誰かがオーラヴ王を倒すかもしれない。あのオーラヴ王、なんというか、太く短く生きるというか、あまり長生きできるような人ではないような気がする。だから、いたずらに慌てたりしないで落ち着いて対処法を考えよう」
ソールレイヴはなるべく明るい声で、前向きな発言をした。しかしどんなに目を凝らして前を見ても、賢者と巫女の未来は五里霧中で、有効な対処法は見えてきそうになかった。
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