■0997■
やっかい詩人
巫術師の男は必死に抗戦した。
が、詩人ハルフレズと名乗っていた相手は戦士らしいがっちりとした体格で力も強く、銀細工の施された立派な戦斧を持っていた。
戦斧の柄が巫術師の側頭部を激しく打ち付ける。膝から崩れ落ちた巫術師は、まだ意識を失ってはいなかったが、抵抗する腕の力は既に弱々しかった。
「どうだ、この斧は。ハーコン侯の頃に侯を賞賛する崇高な詩を詠んで、褒美として授かった物だぜ。まあ今は、そのハーコン侯を打倒したオーラヴ王のために斧を使っているけどな」
黒みがかった眉とやや不格好な鼻、栗色の髪のハルフレズは得意満面の表情だった。巫術師の背後に回り込み、腰に提げていた麻縄の束を解いて手早く巫術師を縛り上げた。
「これで、王手、だな」
「くっ、……殺せ!」
「言われなくても殺してやるから安心しろ。ただし異教の巫術師の男を楽に死なせては、やらないぞ。オレは厄介な詩人なのでな」
そう言って詩人ハルフレズは、縛り上げた巫術師を海辺へ引きずって連れて行った。
巫術師とか巫女とか魔女とか、それに類する妖しい術者。そういった超常の力を使う者を普通に殺してしまうと、殺した者に術者の呪いが降りかかってしまう。その呪いを緩和するための一つの方法として、魔力が弱まるという「境界線」を場所として選ぶ。海と陸の境界線である海岸線は術者を処刑するのに適した場所だ。
丁度干潮の時間であった。ゴツゴツとした岩と岩の間に、取り残された僅かな海水が溜まっている。岩には海藻が付着していて迂闊に足を載せたら滑りそうだ。力持ちのハルフレズは巫術師の男を担ぎ上げて運んでいく。
「この辺がいいかな。遊戯盤でいえば一番隅っこって感じだな。王手をかけて、そこに敵を追い詰めていくのが快感だ」
ハルフレズは、岩に付着している海藻の様子を詳しく観察した。海藻が貼り付いていない岩の頂上部分は、潮が満ちても冠水しないということだ。
場所を決めると、ハルフレズは巫術師の男を岩の低い部分に縛り付けた。
「これでよし。もう、どういうことか分かっただろう? 数手後には詰みが見えた。お前はもう既に死んでいるんだぞ」
「ほ、ほどけ! どうせなら、一思いに殺せ!」
「異教の神に殉じて死ぬんだ。もしかしたらヴァルハラに行けるかもしれないぞ。良かったな」
巫術師は体に力を籠めて、縄をほどこうと足掻いた。
峡湾の民は優れた航海術を誇る。船の扱いは得意であり、当然ながら縄の使い方に長けていた。詩人ハルフレズもまた、縄の扱いに隙は無かった。
「あばよ。異教徒さんよ。親切心で一つ忠告しておくと、楽に溺れ死ぬことができるとは思うなよ? お前は両目の光を失う。ここは魚だけの餌場ではないってことだ」
「ま、待ってくれ! 分かった。改宗する! キリスト教に改宗する! だから縄をほどいてくれ! オージン様、あ、いや、異教を捨てると約束する!」
「ふん。どうせ、助かりたいためだけの一時的な嘘だろう。オレは今までにも何人も、異教徒を処刑してきた。異教徒の連中は処刑されそうになったら、みんなお前と同じようなことを口走るんだよ。一瞬、オージン様、って言っていたじゃないか。口先だけ改宗すると言って、心の中では全然改宗する気が無い証拠だ」
立ち止まったけど、巫術師の方を振り返ることなく、詩人は散文を述べた。
「意地汚い卑怯な厄介なヤツらだよ、あんたら異教徒は。異教を信じるなら信じるで中途半端な嘘で改宗しますなんて言うんじゃなくて、最後まで異教への信仰を貫いてみろってんだ。あるいは、本気で改宗するならキリストへの誓いの言葉を述べてから言っててみろよ。改宗しますなんて言いながら、心の中では相変わらずオージン神を奉じて、キリストに対して犬のように後ろ足で砂を掛けている。オレは、そんな不誠実な異教徒には既にもう飽き飽きなんだよ」
言うだけ言ったハルフレズは、もう巫術師の次の言葉を待たなかった。
大柄な体躯ながらも、ハルフレズは身軽な動きで岩から岩へと跳び移って陸地へ去っていった。
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