予言の成就
闇の中から、硬い突起が木材を踏む足音が三人に迫ってきた。
「見つけたぞエイリーク侯! 我が友にして我が君主であったオーラヴ王の敵として、討ち取らせてもらうぞ!」
全く詩的ではない台詞内容だったが、賢者と巫女には聞き覚えのある声だった。
「ふっ、オーラヴの残党か? 私が一人でいる時を狙ったのは賢いと褒めてやるが、海賊王たるこの私の腕前を甘くみるなよ!」
エイリーク侯は落ち着いていた。ハルフレズの戦斧による大振りの一撃を軽く回避すると、ベルトに提げた短刀を抜いて応戦した。
やっかい詩人ハルフレズが、女好きハーコン侯から贈られた戦斧で力任せの一撃を更に放つ。
父親が詩人に授けた斧が、今、息子を襲っているのだ。
だが、大味な攻撃なので簡単に避けられてしまう。更に、戦斧を振り回そうとした時に短刀での反撃を受けて、怯んだハルフレズの手から戦斧がすっぽ抜けてあさっての方向に飛んでいってしまった。
「くそっ! まだ、オーラヴ王からもらった剣が」
ハルフレズは慌てて、腰に佩いている剣を鞘から抜いた。剣も鞘もオーラヴ王からの贈り物だ。しかし既にエイリーク侯が懐に入り込んでいて、短刀の間合いだった。
闇夜を切り裂くような鋭い弧を描いた短刀の軌道を、ハルフレズは避けきれなかった。剣を持つ手を斬りつけられて握りが緩んでしまい、剣もまた手放してしまった。飛んでいった先には、今度はゲルドが居た。夜の暗闇に包まれた中での戦闘なので、自分の方に剣が飛んでくることに気付くのが遅れたゲルドは、自らの腹に刃が吸い込まれて行くのを為す術無く見守るしかなかった。
ゲルドは悲鳴をあげた。あげようとした。が、腹に剣が刺さったので腹に力が入らず、大きな悲鳴にはならなかった。後ろに倒れ込みながら、代わりに口から吐き出したのは血だった。
「ゲルド!」
ハルフレズの乱入に驚いて何も行動を起こせずにいたソールレイヴは、ようやく凍結が解けたかのように叫んだ。
「な、なんと……」
手を斬られて動きを止めた詩人ハルフレズに対して、とどめを刺す絶好の機会だったが、エイリーク侯はゲルドの方に意識を向けた。つられてハルフレズもまた、負傷した手を押さえながらゲルドの方をうかがった。
「わ、私は、女を傷つけるようなことはしたくないと思っていたのだが……。暗くてよく見えないが、この傷は、もしや、内臓にまで達しているんじゃないか……?」
エイリーク侯はそれでもまだ冷静さを保とうとする口調で分析した。そのような言葉など、ソールレイヴは聞きたくなかったし、聞いてもいなかった。
「ソ、ソール、レイヴ、……ご、ごめんね。わ、私の甘い、か、考えで、こんな、……ことにな、って……」
「やめろゲルド! しゃべるな!」
詩人ハルフレズがオーラヴ王の刺客としてオップランにやって来た時以上に、ソールレイヴはゲルドに縋り付いて慟哭していた。波の音を掻き消すほどのソールレイヴの大きな泣き声だけが響く。
「オー、ラヴ、王、と、……た、戦って、死ぬなら、ほん、もう、だよ……」
オーラヴ王から詩人ハルフレズに贈られた剣がゲルドを刺した。だからオーラヴ王がゲルドを刺した、という見方なのだ。
かつて、巫女として予言した通りだという安心感が、朦朧とした意識の中でゲルドの心を満たす。
「何を言っているんだ! アースの教えを守って、後世にも残すんだろう! 僕たちの本当の戦いはこれからじゃないか!」
ソールレイヴは更に激しく涙を流して泣いた。泣くと、潰れた右目が妙に痛くなるので、片手で眼帯の上から押さえて痛みに堪えながらも泣き続けた。
「死、は、ノル、ン……の、さだめ、だから。……私も、女、だけ、ど、……ルハラ、……行って、みたい、……か、な……?」
「死ぬなんて言うなよ! ゲルドが死んだら、僕はどうすればいいんだ!」
長蛇号の後ろの方が騒がしくなってきた。船の上で散々騒動を起こしたのだ。巡回の兵士たちが気付いて、蝋燭を持って駆けつけてきたのだった。
「い、いま、ま、で、……あ、りがと……」
ゲルドが目を閉じた。
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