■1000■
スヴォルドの嵐
秋の遅い日の出の頃には、噂はすっかり村全体に広まっていた。信じられないような尾鰭が付いた説も多数派生している模様だった。だがそれも仕方ないかもしれない。大元の報せが、信じがたいものだったから。
「ソールレイヴ、この噂は本当なの?」
「細かい部分は別にして、核心部分は本当、じゃないかな、たぶん」
「あなた、先見の賢者でしょ? そのオージンの隻眼で、今回の出来事を見通せなかったの?」
「そんなの無理だよ。賢者と呼ばれていても、千里眼じゃないし万能じゃないから。そりゃまあ、オーラヴ王は太く短く生きる人だろうと思っていたから、そんな長生きはしないとは考えていたけどね。でも今、この時に戦死というのは想定していなかったよ。……そっちこそ、巫女の神秘の能力で予言できなかったのかい?」
「無理難題言わないで。オーラヴ王がこんなに早く死ぬなんて、予想もつかないし、吹雪だって白夜の太陽だって、そんな荒唐無稽な予言は運んで来ないわよ」
ソールレイヴは眼帯を着けた右目に右手の掌を当てた。詩人ハルフレズによって右目の光を奪われて以来、こうすることが賢者ソールレイヴが思考する時の癖となっていた。アースの神々の中でも最高神とされるオージンもまた、知識を得るための代償として片眼を失った隻眼の老人である。オージンにあやかって、泉のように知恵が湧いてくるような気がするのだ。
「オーラヴ王が死んだ。戦死だ。飛び交っている噂の部分を切り捨てて、事実と思われる部分を僕なりに纏めて推測してみると、こんな感じかな」
隻眼の賢者ソールレイヴは、巫女ゲルドに対して静かに語り始めた。
オーラヴ王は、ノルウェーだけでなくスウェーデンも含めてスカンジナヴィア全体を支配することを夢見た。これは、本人が言っていたのを聞いたから、たぶん間違いない。
単に武力だけでスウェーデン王国を屈服させるのは困難だ。そのため、政治的手法を繰り出した。
オーラヴ王は、スウェーデンの王太后に対して結婚を申し込んだのだ。
王太后であるから、現国王の母親だ。年齢もかなり高い。もちろん、愛し合っての結婚ではなく政略結婚だ。当然ながらオーラヴ王には、既に別の妻がいる。王であるからには複数の妻を持つのも不思議ではない。
国を跨いだ結婚話は纏まりかけたが、結局ご破算になった。オーラヴ王のキリスト教信仰拡張的政策に対して、いまだに異教を信奉するスウェーデン王太后が態度を硬化させたらしい。
「なんか変な話よね? 結婚するなら、最初に宗教思想信条については意識を共有しているものじゃないかしら?」
「そんなこと言われたって困るよ。こっちだってあくまでも聞いた話からの推測を述べているだけなんだから」
「アテにならないわね。賢者さまの政情分析、本当にちゃんと合っているの?」
そうは言われても、ソールレイヴの片眼は今ここに居る現地だけしか見ることはできない。語るのはあくまでも、噂話を統合したものだ。
……かくてスウェーデンはオーラヴ王の敵に回った。いつかオーラヴ王を倒そうと、虎視眈々と狙うことになった。
そのスウェーデン王太后はデンマーク王と結婚した。よってデンマークもまた、ノルウェーのオーラヴ王と敵対関係となった。
そしてもう一者、オーラヴ王に父と弟を殺されたため強い恨みを抱いている者がいた。女好きのハーコン侯の息子、エイリークである。エイリークは海賊行為と通商により富と力を蓄え、父と同じ侯という称号を名乗った。
スウェーデン、デンマーク、エイリーク侯、この三者を中心として、あと幾つかの勢力が打倒オーラヴ王を旗印に手を結んだ。
オーラヴ王は、巨大戦艦長蛇号を旗艦とした艦隊でエイストラサルトの海、すなわちバルト海へ遠征に出た。その帰り道、連合軍の艦隊による待ち伏せ攻撃を受けた。
場所は、スヴォルド島の脇の細い水道だった。岩が両側から迫っているだけではなく潮の流れも速いため、海の難所として知られる海域だ。
オーラヴ王の艦隊は大艦隊ではあったが、狭い水域なので一列縦隊になって進まなければならない。舳艫相ふくんで単縦形で進むオーラヴ王の艦隊に対し、数で劣るエイリーク侯を中心とする連合軍は、旗艦の巨大戦艦、長蛇号だけを狙っていた。
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