季節はかくも美しい。慈愛につつまれた琳琅珠玉のハイファンタジー

冬に閉ざされた町には、見たことのない春に憧れる車椅子の少女が住んでいました。
ふたりの旅人がその町を訪れたところから物語は始まります。
温和な雰囲気の青年と、触れると壊れてしまいそうなほどの繊細な美を持つ気高い少女。
青年は「季環師」で、この氷の地の春を巡らせるためにやってきたのでした。
そして少女の正体は――

感動でいっぱいになりながら読了して、レビューをなかなか書けず数か月……考え続けました。
このお話が大好きです。美しくて、輝いていて、魅力的に息づき生きている物語です。
だからこそ、言葉にするとこの感動が陳腐なものになってしまいそうで、どのように言い表せばよいのだろうと悩みました。
己の心を震わせてくれる素晴らしいお話ほど言葉が追い付かなくて、「すごかった!」「みんな、ぜひ読んで!」としか言えなくなるのです。

【とても美しい光景を見て、とても魅力的な人たちに出会って彼らのことがすっかり好きになってきた】

大好きな物語に出会った時の大きな感動を正確に言い表すのなら、この一文に尽きる気がします。

美しく繊細な言葉づかいと描写に定評のある作者様です。今作でもそれが如何なく発揮されています。
風景や季節の植物の描写、そしてなにより少女の描写の美しいこと……。これはとても私の言葉では説明できない部分なので、ぜひ多くの方に実際に手に取って読んでたしかめて欲しいです。

『人形のように精緻なる美貌。きらりと万華鏡を模した瞳がまわる。眩暈がするほどに綺麗な神秘の瞳だ』
『首筋に散る銀糸。輝きを帯びた髪だ。性徴を表さない無垢なる胸は、壊れ物の白磁を思わせた。細い腰、しなやかな脚から続く裸足のつまさきは野生を帯びている』

こちらは少女クワイヤを描いた場面の引用なのですが、なんと儚く美しいのだろうと胸がいっぱいになりました。圧倒的な描写力に陶然としてしまいます。至るところにこういう丁寧な描写があり、独自の幻想的な世界を作り上げています。
筋書きのおもしろさももちろん大切ですが、ファンタジー小説を読む幸せは、こういう非現実的な美しい光景に出会えることにもあると痛感します。

日々の生活の様子、人々やその地の息づかい。まるで実在の地を取材して描いたかのような生活描写も、物語世界に心をすっかり引き込んでくれました。
さらに登場人物の心の動きが極めて自然な点も、この小説を生き生きとしたものにしていると感じました。筋書きのために動いているとは感じられず、彼らはみな心を持つ生きた人間であるとしか思えません。

そのような特色から異世界ファンタジーがお好きな方、とりわけ「昔ながらのハイファンタジー」「世界観のしっかりした国内外ハイファンタジー」を愛好する方に相性のよい作品ではないかと思います。

甘美な美の描写が印象的ですが、物語は時に凄惨です。登場人物たちの生きざまは、甘やかなものではありません。
それでもこのお話からは、胸の悪くなるような残酷さを感じないのを不思議に思いました。彼らはあんなにつらい運命を背負っているのに。むしろやわらかなあたたかさで心地よく読者を包んでくれます。

理由を考えてみましたが、一つ目に主要人物たちが「慈みと赦し」の心を持っているため。二つ目に、作者様の「何を描いて何を描かないかの選択」が非常に巧みであるためではないかという気がします。
その取捨選択のバランスが見事なため、「凄惨な事件が描かれていながら、あたたかで心地よい読後感に包まれる」という素敵な読書体験を頂けたのではないでしょうか。小説としての技量の高さを感じます。

いろいろと書きましたが、本当はひたすら「セツとクワイヤさん大好き! このコンビ最高! 性癖にツボる!! 綺麗であたたかくて感動するお話なのでみんな読んで!」と情熱のままに叫ぶのがしっくりくる気持ちです。
主役であるセツとクワイヤさんは、ときには想いあう恋人のようにも見え、またときには保護者と子供の関係にも似ていて、さらには幼い主と従者のようにさえ感じられもして、でも言葉で括ることのできるどの枠にもあてはまらない……すごく魅力的な関係のふたりです。

とにかく彼らが、この物語が、大好きなのです。

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